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第25話 洋館アパート さくら館

 ウツロ、真田龍子(さなだ りょうこ)南柾樹(みなみ まさき)の三人は、河川敷(かせんじき)を西へ横断して、坊松区(ぼうのまつく)のとなり蛮頭寺区(ばんとうじく)へ入り、彼らが住む洋館アパートの(へい)沿()って南下(なんか)していた。  建物(たてもの)の名前は『さくら(かん)』――  かつては旧・花菱財閥(はなびしざいばつ)別邸(べってい)だったが、厚生労働省の外局(がいきょく)――もちろん非公式ではあるが――日本におけるアルトラ使いを管理・監督する公的機関・特定生活対策室の朽木支部(くちきしぶ)として、改装されたものだ。  旧財閥の持ち物だっただけに敷地は広く、濃緑(のうりょく)のツタが縦横無尽(じゅうおうむじん)(から)まった白壁(しろかべ)の道は、永遠に続くかのように長かった。 「お」  彼らがやっと入り口の付近にさしかかると、(もん)の奥の壁に横づけする形で、ブルーのスポーツカーが止まっていた。 「488スパイダーかよ、すげえな」  南柾樹はうおっと(うな)った。 「スパイダー?」  真田龍子がキョトンとして聞き返した。 「フェラーリだよ、龍子」  ウツロはさらりとそれに答えた。 「あんな車、乗ってみたいもんだぜ」 「がんばって買えばいいよ、柾樹」 「あのな、簡単に言うなよ。相場(そうば)知ってんだろ?」 「ほしいもののために努力する、いいことじゃないか」 「ちぇ、概念(がいねん)は人間の敵だとか、誰のセリフだったけなー?」 「俺も少しは丸くなったんだ。概念と人間、そのバランスのいいところを保てば大丈夫だと思うよ」 「ああ、そうですか」  こんな感じで、二人がなかよくケンカをしはじめたものだから、真田龍子は合わせて笑っているしかなかった。  しかしウツロが、『人間の世界』なじんできているのを痛感(つうかん)し、ただそれがうれしかった。  車はスモーク・ガラスになっていて、中に人がいるのかどうかすらわからない。 「お客さんかな?」  真田龍子は場にそぐわない雰囲気(ふんいき)をいぶかった。 「少なくとも、俺らの知ってる特生対のスタッフの車じゃねえな。かといってあんな高級車、ただもんってことはねえと思うけど」  南柾樹も同様に不審(ふしん)がった。 「謎の組織」  そうつぶやいたウツロに、二人はギョッとした。 「(みやび)が言っていた、謎の組織……この国を影で掌握(しょうあく)しているというその組織が、早くも刺客(しかく)(はな)ってきたのかもしれない……情報を得てしまった、俺たちを始末するためにね」  彼のセリフはナイフのように二人の胸を(えぐ)った。 「そんな、ウツロ……」 「いや、ウツロの言うとおりかもしれねえ。そんなにやべえ組織だっていうんなら、可能性としてはじゅうぶんにある」  信じられないとうい気持ちを南柾樹にさえぎられ、真田龍子は強い不安を感じた。 「おめえら、念のため、アルトラを出す準備はしとけよ。日本を支配してる組織だっていうんなら、それこそ俺らの想像もつかねえアルトラ使いを、山のようにかかえてるだろうからな」 「ああ、わかってる、柾樹。龍子、もしも敵が(おそ)ってきたときに備えよう」  彼女はにわかにこわくなってきて、体が(ふる)えてくるのを(かく)しきれなかった。 「……っ」  真田龍子の手を、ウツロが(にぎ)った。 「大丈夫だ、龍子。君は俺が、絶対に守る……!」  そのまっすぐで力強(ちからづよ)いまなざしに、彼女の心はすぐに落ち着いた。  見つめる彼の顔に、彼女は(だま)ってうなずいた。  そうだ、何もこわくない……  ウツロが、柾樹がついている。 「よっしゃ、いっちょドンパチやらかしますか」    笑う南柾樹に、二人はやはりうなずいてみせた。  こうして三人はブルーのフェラーリを横目(よこめ)に、決然(けつぜん)としてアパートの門をくぐった。 (『第26話 さくら(かん)面々(めんめん)』へ続く)

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