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第48話 外来談話

 ウツロと氷潟夕真(ひがた ゆうま)が戦いをはじめたころ。  黒帝(こくてい)高校からほど近い、黒龍館(こくりゅうかん)大学病院の精神科外来。  診察時間も終わり、人気(ひとけ)のなくなったそこに、二つの人影(ひとかげ)があった。  診察室でコーヒーをすする科長・星川皐月(ほしかわ さつき)、そして差し向いに座っているのは、内閣法制局長官・黒水小鷹(くろうず こだか)だ。 「皐月、朱利ちゃんと夕真くんが、あなたのかわいい(おい)っ子をいじめているようだわよ?」  黒水小鷹ははねた黒髪で大気を切り裂くように、悠々とする女医に向かって顔を寄せた。 「そのようね」  星川皐月はあいかわらず悠々としている。 「ずいぶん余裕だわね。かわいそうなウツロくん、彼女を人質に取られてさ、おまけに殺されるかもしれないってのに。まったく、冷たい伯母さんだわよ」  黒水小鷹は大げさに手を開いて、あきれるしぐさをした。 「わざとらしいわね、小鷹。はっきり言ってこの程度、試練にすらならない。もしウツロが夕真くんに敗北でもするようなら、わが家の敷居をまたぐ資格など、なし」 「はっ、甥っ子を試すだなんてねえ! あなたのこと、どうせ彼を(みやび)ちゃんと同じく、人形にしようってえ腹づもりなんでしょ?」 「もちろん、それも考えてるわよ。でも、まだ、まだなのよ、小鷹。ウツロはしょせん、まだまだ青瓢箪(あおびょうたん)に過ぎない。収穫するのは、食べごろになってから、ね?」 「はあ、なんという鬼畜! ほんと、鏡月に同情したくなるわ。暗月(あんげつ)さまがかわいそう。あなたに跡継ぎを奪われてさ」 「しかし、お父さまはわたしに何もできない。魔人と呼ばれた似嵐暗月(にがらし あんげつ)も、実の娘には手を出せないのよ。まあ、仮に戦ったって、いまのあの人じゃわたしにはかなわないわねえ」 「そうやって似嵐の家を乗っ取るつもりなの? 開祖・葉月丸(はづきまる)さまに合わす顔があるの?」 「ふん、くだらない。わたしはね、小鷹、わたしが楽しければそれでいいのよ。いかにもいまっぽい生き方じゃない? そのためなら、なんでも利用してやるんだわ。閣下だろうと、あのディオティマだろうともね」 「ああ、おそろしい! 幼なじみのよしみで黙っておいてあげてるけど、本当にやる気なの? あれ」 「さあねえ、それも、ウツロ次第かな」 「また人のせいにして、とんだ傀儡師(かいらいし)だわよ、あなたわ」 「そうよ、わたしは傀儡師。人形で遊ぶのが趣味なの。多いほどいい、人形はね」  星川皐月はずずっとコーヒーをすすると、カップをデスクの上に置いた。 「ただ、気になるのはやはり、万城目日和(まきめ ひより)。いったいどこに潜んでいるんだか。彼女はもしかしたら、よろしくない因子になるうるかもしれない。小鷹、引き続き探ってくれるかしら?」 「あなたのためにじゃないわよ、皐月? 龍影会(りゅうえいかい)をおびやかす存在など、この世にあってはならない。それにもし、万城目日和があのことにたどり着いているとしたら」 「父親の(かたき)が鏡月じゃなく、すべては現・内閣総理大臣、鬼堂龍門(きどう りゅうもん)が仕込んだことだと知っているとしたら、めんどうなことになるかもしれないわね」 「あれは出世のためなら手段を選ばない男、浅倉と同じく、閣下の寝首をかこうだなんて考えているかもしれないわ」 「元帥に征夷大将軍、身内にこうも危険人物がいると、気が休まらないわ」 「あら、楽しんでるんじゃないの? 少なくとも、閣下とあなたはね?」 「ふふっ、そう見えるかしら?」 「ええ、あなたは昔から、そういうやつだわ、皐月」 「したたかさでは負けるわよ、小鷹?」  二人はくつくつと笑いあった。 「いずれにせよ、龍影会に逆らうものは、ひとり残らず始末しなければならない。このわたしが、刑部卿(ぎょうぶきょう)としてね」 「裁きの爪が首を狩りたがっているのね、ふふっ」 「皐月、万城目日和はウツロに近づいてきている。そっちのほうは、よろしく頼むわよ?」 「ええ、いいエサになりそうだわ、ウツロわね」 「甥っ子をダシに使うなんてね」 「楽しければなんでもいいのよ、わたしは」 「あなたの首だけはちょん切りたくないわねえ」 「嘘ばっかり」  魔性のようなせせら笑いが、閑散とした外来に響きわたった。 「ウツロ、万城目日和を引きずり出すのよ、わたしのためにね?」  星川皐月は静かに笑っていた。  だが、彼女はまだ気がついていなかった。  悪魔も道を開けるとまで呼ばれる彼女が。  実の娘である雅に、危機が迫っているということを――

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