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第7話 ウツロ VS 姫神壱騎
「姫神壱騎 、参る――!」
「似嵐 ウツロ、お相手つかまつる――!」
こうして二つの剣尖は激突した。
「くっ……!」
そのままつばぜり合いへとシフトする。
ここでは体躯の差で、ウツロのほうが不利である。
彼は感じた。
この男、俺を殺す気だ……
純粋な殺意。
しかしそれは、犯罪や殺人といったたぐいの性質ではなく、侍が立ち会う相手に対していだく特有の覇気であった。
まさしく真剣勝負。
いいね、たぎってくる……
ウツロは柄にもなく、心に火がついた。
それはやはり、彼もまた闘争の本質に肉薄する者である証左だった。
「はっ――!」
ウツロは体勢を変えて剣をいなし、低く跳躍して間合いを取った。
腕がビリビリする。
すごい、すごいぞ、この人は……
燃える……
眠っていた戦士の本能が目を覚ましはじめてくる。
「やるじゃん、ウツロくん?」
「あなたこそ、姫神さん……」
両者、かまえなおす。
「はあっ――!」
「甘いっ!」
「ふんっ――!」
「――っ!?」
再度激突するかと思いきや、ウツロは姫神壱騎の背後へ跳んでいく。
かく乱が狙いだ。
「八角八艘跳 びっ!」
「これは……!」
杉林の中を縦横無尽にかけめぐる。
あまりの脚力に杉の表皮がはじけ飛ぶほどだ。
「そこおっ!」
背後を取る、しかし――
「見切ったり!」
長刀がぐるっと振りかぶられる。
「ぐっ!」
左手をそえて受け止めたが、ななめ後方へ吹き飛ばされる。
だが、その勢いで杉の大木を蹴った。
「まだまだあっ!」
何度目になるのか、二つの剣はぶつかり合った。
激突しては間合いを取り、状況は変わらないように見える。
しかし、二人はお互いのすきを常にうかがい、また体力や気力の消耗を狙っているのだ。
一瞬でも気を抜いたほうが、すなわち敗北する。
「ウツロくん、こんなのはどう?」
「……」
姫神壱騎が刀を垂直に高くかまえる。
いったいどんな攻撃が来るのかと、ウツロは警戒した。
「姫神一刀流、秘剣・枕返 し」
「う……」
長刀の中心がぐにゃりとゆがんだように見え、次の瞬間、がくっと足から力が抜けた。
「すきありいっ!」
「くっ……!」
剣戟はなんとか受け止めた。
が、勢いに押され、そのまま地面へと倒れこむ。
「どう? けっこう難しいんだよ? この技」
「ううっ……」
切っ先がとっ伏したウツロを狙いすましている。
少しでも気を抜けば、すなわち……
「……」
姫神壱騎は驚いた。
ウツロは、笑っている……
「最高です、姫神さん……こんなに燃えたのは、はじめてだ……」
「で? 降参する? このままじゃ、俺は殺人犯になっちゃうよ?」
「降参、ですって? バカなことを……俺の降参は、すなわち、死ぬとき……」
「……最高だね、ウツロくん。君こそ正真正銘の、もののふ――っ!」
刀に入る力が一気に加速する。
「なめる、なあっ――!」
「ぬっ……!?」
あろうことか、ウツロは気合いでもって剣をはじき返した。
自覚はなかったが、その意志の強さが、姫神壱騎の術式を解除していたのだ。
「はあっ、はあっ……」
また間合いを取り合う。
「驚いたな……秘剣・枕返し、破られたのははじめてだ……」
「ここは俺にとって魂の場所。父や兄が力を貸してくれるのです……!」
「かっこいいね、ウツロくん。君、生まれる時代を間違えたんじゃない?」
「よく言われますよ。そして姫神さん、あなたもね?」
「いいね、素敵だよ。どうする? まだ続けるかい?」
「いま、この場で死んでも悔いはありません。それほどのお相手、あなたは、姫神壱騎という男は……!」
「偶然だな、俺もおんなじことを考えていたよ。じゃあ、ウツロくん……!」
「推して参る、姫神さん……!」
二つの影が起こりを放つ瞬間――
パチン!
「――っ!?」
破裂音がして、何事かと二人はそちらを向いた。
手をたたく音だった。
「おまえら、その辺にしときな」
緑がかった髪の毛の少女、万城目日和 だ。
「日和、邪魔しないでくれ。いま、いいところなんだ」
「ここを殺人現場にしてえのか、ウツロ? 親父さんや兄貴が泣くぞ?」
「う……」
ウツロの気力が一気に落ちていく。
よく言えば冷静になっていったわけだが。
「たく、ひとりになるなってあれほど言ってただろ? つけておいてきてよかったぜ」
彼女は頭をかきながら二人のほうへとやってくる。
「姫神壱騎さん、だよな?」
「トカゲ少女の日和ちゃんか。いったいなんの真似? 君も一流の戦士ならわかるよね? いまがどういう状況だったか」
「ここで体力を消耗してる場合じゃあねえってことだよ。ウツロもだし、姫神さん、あんたにとってもな」
「どういう意味かな?」
「あんたに伝えてえことがある。親父、ああ、ウツロの親父・似嵐鏡月 のことな。師匠って意味で俺はそう呼んでたんだ。その親父から伝言を預かってるんだ。姫神壱騎という男がもし姿を現したら、伝えておいてくれってな」
「それは……」
「あんたの敵、森花炉之介 のことだよ」
「――っ!?」
ひょうひょうとしていた少年の表情が、たちまちのうちに鬼の形相へと変化していた――
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