169 / 244

第7話 ウツロ VS 姫神壱騎

姫神壱騎(ひめがみ いっき)、参る――!」 「似嵐(にがらし)ウツロ、お相手つかまつる――!」  こうして二つの剣尖は激突した。 「くっ……!」  そのままつばぜり合いへとシフトする。  ここでは体躯の差で、ウツロのほうが不利である。  彼は感じた。  この男、俺を殺す気だ……  純粋な殺意。  しかしそれは、犯罪や殺人といったたぐいの性質ではなく、侍が立ち会う相手に対していだく特有の覇気であった。  まさしく真剣勝負。  いいね、たぎってくる……  ウツロは柄にもなく、心に火がついた。  それはやはり、彼もまた闘争の本質に肉薄する者である証左だった。 「はっ――!」  ウツロは体勢を変えて剣をいなし、低く跳躍して間合いを取った。  腕がビリビリする。  すごい、すごいぞ、この人は……  燃える……  眠っていた戦士の本能が目を覚ましはじめてくる。 「やるじゃん、ウツロくん?」 「あなたこそ、姫神さん……」  両者、かまえなおす。 「はあっ――!」 「甘いっ!」 「ふんっ――!」 「――っ!?」  再度激突するかと思いきや、ウツロは姫神壱騎の背後へ跳んでいく。  かく乱が狙いだ。 「八角八艘跳(はっかくはっそうと)びっ!」 「これは……!」  杉林の中を縦横無尽にかけめぐる。  あまりの脚力に杉の表皮がはじけ飛ぶほどだ。 「そこおっ!」  背後を取る、しかし―― 「見切ったり!」  長刀がぐるっと振りかぶられる。 「ぐっ!」  左手をそえて受け止めたが、ななめ後方へ吹き飛ばされる。  だが、その勢いで杉の大木を蹴った。 「まだまだあっ!」  何度目になるのか、二つの剣はぶつかり合った。  激突しては間合いを取り、状況は変わらないように見える。  しかし、二人はお互いのすきを常にうかがい、また体力や気力の消耗を狙っているのだ。  一瞬でも気を抜いたほうが、すなわち敗北する。 「ウツロくん、こんなのはどう?」 「……」  姫神壱騎が刀を垂直に高くかまえる。  いったいどんな攻撃が来るのかと、ウツロは警戒した。 「姫神一刀流、秘剣・枕返(まくらがえ)し」 「う……」  長刀の中心がぐにゃりとゆがんだように見え、次の瞬間、がくっと足から力が抜けた。 「すきありいっ!」 「くっ……!」  剣戟はなんとか受け止めた。  が、勢いに押され、そのまま地面へと倒れこむ。 「どう? けっこう難しいんだよ? この技」 「ううっ……」  切っ先がとっ伏したウツロを狙いすましている。  少しでも気を抜けば、すなわち…… 「……」  姫神壱騎は驚いた。  ウツロは、笑っている…… 「最高です、姫神さん……こんなに燃えたのは、はじめてだ……」 「で? 降参する? このままじゃ、俺は殺人犯になっちゃうよ?」 「降参、ですって? バカなことを……俺の降参は、すなわち、死ぬとき……」 「……最高だね、ウツロくん。君こそ正真正銘の、もののふ――っ!」  刀に入る力が一気に加速する。 「なめる、なあっ――!」 「ぬっ……!?」  あろうことか、ウツロは気合いでもって剣をはじき返した。  自覚はなかったが、その意志の強さが、姫神壱騎の術式を解除していたのだ。 「はあっ、はあっ……」  また間合いを取り合う。 「驚いたな……秘剣・枕返し、破られたのははじめてだ……」 「ここは俺にとって魂の場所。父や兄が力を貸してくれるのです……!」 「かっこいいね、ウツロくん。君、生まれる時代を間違えたんじゃない?」 「よく言われますよ。そして姫神さん、あなたもね?」 「いいね、素敵だよ。どうする? まだ続けるかい?」 「いま、この場で死んでも悔いはありません。それほどのお相手、あなたは、姫神壱騎という男は……!」 「偶然だな、俺もおんなじことを考えていたよ。じゃあ、ウツロくん……!」 「推して参る、姫神さん……!」  二つの影が起こりを放つ瞬間――  パチン! 「――っ!?」  破裂音がして、何事かと二人はそちらを向いた。  手をたたく音だった。 「おまえら、その辺にしときな」  緑がかった髪の毛の少女、万城目日和(まきめ ひより)だ。 「日和、邪魔しないでくれ。いま、いいところなんだ」 「ここを殺人現場にしてえのか、ウツロ? 親父さんや兄貴が泣くぞ?」 「う……」  ウツロの気力が一気に落ちていく。  よく言えば冷静になっていったわけだが。 「たく、ひとりになるなってあれほど言ってただろ? つけておいてきてよかったぜ」  彼女は頭をかきながら二人のほうへとやってくる。 「姫神壱騎さん、だよな?」 「トカゲ少女の日和ちゃんか。いったいなんの真似? 君も一流の戦士ならわかるよね? いまがどういう状況だったか」 「ここで体力を消耗してる場合じゃあねえってことだよ。ウツロもだし、姫神さん、あんたにとってもな」 「どういう意味かな?」 「あんたに伝えてえことがある。親父、ああ、ウツロの親父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)のことな。師匠って意味で俺はそう呼んでたんだ。その親父から伝言を預かってるんだ。姫神壱騎という男がもし姿を現したら、伝えておいてくれってな」 「それは……」 「あんたの敵、森花炉之介(もり かろのすけ)のことだよ」 「――っ!?」  ひょうひょうとしていた少年の表情が、たちまちのうちに鬼の形相へと変化していた――

ともだちにシェアしよう!