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第52話 人生最良の日

「親父……」 「うん?」 「スキありいいいいいっ!」  「父親」の顔面に、「息子」の鉄拳が炸裂した。 「ふむ、いいパンチだ。型にはまっていないところがいい。喧嘩で培ったといったところか」 「なぜよけねえ?」 「よける必要がないからだよ。子どもによりそうのが親なのだろう? よくぞここまで、耐え忍んできたね」  刀隠影司(とがくし えいじ)の態度に、南柾樹(みなみ まさき)は奥歯をかんだ。 「よくもまあ、ぬけぬけと……てめえが俺をゴミ捨て場に廃棄したんだろうがよ!? いまさら出てきて、父親ヅラなんかすんじゃねえ!」 「まるで青春ドラマのテンプレートのような言い回しだね」 「ぐっ……」  涙もしとどの息子に対し、父親のほうはといえば、おそろしく余裕の表情だ。 「柾樹よ、それよりも何よりも、いまはウツロを救出するのが最優先、そうではないかね?」 「くっ……」  図星すぎる。  ディオティマの手にかかってさらわれてしまったウツロ。  彼をどうにかして救い出さなければならない。 「わたしをぶっ飛ばすのは、そのあとにゆっくりとやればよいではないか」 「手を貸してくれるってのかよ? ウツロを助けるのに」 「そうだよ。ディオティマの考えそうなこと、ウツロの能力を悪用することは目に見えている。それはわれわれ、龍影会(りゅうえいかい)にとっても避けたい事態だからね」  南柾樹は思った。  この男は人間を「物」としか見ていない。  腹が立つ、むしずが走る、反吐が出る。  しかし、しかしだ。  ウツロを助け出すためには、ここは怒りを抑えなくてはならない。  俺の性にはまるであってはいないが。  こんなふうに、彼は必死で心を冷静にしようとした。 「腹は決まったかね?」 「憎たらしいことではあるけどよ、いまはあんたの言うとおりにするのが合理的だ。ただし、ウツロを無事に助け出したら、お望みどおりぶん殴らせてもらうぜ?」 「かまわないよ。ただ、勘違いしないでもらいたいのは、これは命令などではなく、協定だということだ」 「協定、だと?」 「そうだ柾樹。君たちチーム・ウツロと、わが龍影会とのね。ふふ、それほどにわたしは、君たちを買っているということさ」  いちいち癇に障る態度に、一同ははらわたが煮えくり返っていた。 「いま、わが組織の者たちが、全力を上げてウツロの拉致された場所を探している。そう時間はかからず見つけられるだろう。情報の共有はつつがなく執り行うと約束する。さしあたってはさくら(かん)にて待機していてくれたまえ」 「信じろってのか? その言葉をよ」 「わが子に嘘はつかないよ」 「てめえ……!」 「直情的だな、柾樹。しかし、それも悪くない。その気負いをもって、わたしに臨むがいい。それが刀隠の血を受け継ぐ者の、宿命なのだから」 「わけのわからねえことをごちゃごちゃと」 「いまはわかなくともよいさ。少しずつ、少しずつだ。コミュニケーションというものはね」  刀隠は背を向け、来た道を帰っていく。 「ゆくぞ、鹿角(ろっかく)の」 「はっ、ははあっ!」  浅倉喜代蔵(あさくら きよぞう)浅倉卑弥呼(あさくら ひみこ)の兄妹は、へこへことしながらあとに続いた。 「柾樹、愛してるよ?」  遠くから振るその手を、息子は茫然とながめていた。 「ふふっ」 「か、閣下……!」  刀隠影司の鼻から血が垂れた。 「すばらしい、おまえは最高だ、柾樹。そして今日は、さしずめ人生最良の日であるな。ふふっ、はははっ!」  こうしてさまざまな思惑が交差する中、「ウツロ救出作戦」は開始されたのである。

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