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第57話 元帥号令

「アクタとの誓いに賭けてウツロ、俺がおまえの目を覚まさしてやんよ!」 「ふん、いいだろう。かかってこい、柾樹(まさき)」  こうして魔道へと堕ちたウツロと、リーダーを失ったチーム・ウツロとの戦いは幕を開けた。 「待ちな、(みなみ)」 「?」  氷潟夕真(ひがた ゆうま)刀子朱利(かたなご しゅり)が前へ出る。 「ここは俺たちに任せな」 「氷潟、刀子。悪いがおまえらの出る幕じゃあねえ」  南柾樹(みなみ まさき)の言い分はもっとものように聞こえたが―― 「はん、わかんないの? ウツロとあんたたちが争うのは見てられない。だからこうして、わたしたちが名乗り出てるんじゃない。それくらい察してよね?」 「刀子……」  思わぬ気づかいに、南柾樹の頭はだいぶ冷静になった。 「勘違いしないでよね? これは組織のことを第一に考えての判断なんだから」 「ふふっ、朱利。あなた、だいぶ丸くなったよね?」  星川雅(ほしかわ みやび)がうしろでほくそ笑む。 「はあ? 何をわけのわからないことを。勘違いするなって言ったばかりじゃん?」 「はいはい。でもわたし、そういうの、嫌いじゃないよ?」 「ああ、ムカつく……いい、雅? これは貸しだからね?」 「わかってるって」  二人のやり取りに、ほんの少しではあったが、場の雰囲気はなごんだ。 「なんでもいいから、早くかかってきたらどうだ?」  ウツロ・ボーグがあきれてせかす。 「ウツロ、悪いがまたのさせてもらうぜ?」 「そういえばあんた、一回わたしたち相手に負けてたよね?」  氷潟夕真と刀子朱利が挑発した。  勝負を有利に運ぶための手段としてだったが、肝心のウツロは意に介してはいない。 「そういえばそうだったな。以前は手を焼いたおまえたちの能力、しかしいまの俺にも果たして通じるかな?」  逆に挑発で返して見せた。 「やってみなきゃわかんねえぜ、ウツロ? 行くぜ――!」 「こてんぱんにしてあげるよ、ウツロ――!」  こうしてまずは第1戦、ウツロ・ボーグと氷潟夕真&刀子朱利のバトルはそのゴングが鳴らされた。    * 「ふふふ、いよいよはじまりましたねえ」 「ぎひ……」  地下の研究施設。  ウサギのぬいぐるみの目が映しだすスクリーンの光景を、ディオティマはニマニマとしながら見つめていた。 「下手なスポーツ観戦などよりもよほど、ふふ、刺激的ですねえ。仲間同士で命を賭けて争い、戦う。人間は何も進歩などしてはいない。人間と闘争は、ふふっ、切り離すことなど不可避なのです」 「はい、ディオティマさま……」  バニーハートは隠しているつもりだが、明らかに気持ちがふさいでいた。 「安心なさい、バニーハート。ミスター鷹守(たかもり)は無事のはずです。おそらく頃合いを見計らって、またここへやってくるでしょう。ラウンド・スリー、そのときこそ、あなたの悲願は果たされるのですよ?」 「ぎひ……それも、そうですね」  確かにそのとおりだ。  彼は少しだが気持ちが楽になってきた。  鷹守幽(たかもり ゆう)、早く来い。  おまえを倒すのは、この僕だ……!  こんなふうに、みずからのモチベーションを高めていたのである。    * 「……」  冷たい治療ポッドの中で、鷹守幽は目を覚ました。 「調子はどうだい、幽くん?」  かたわらで見守っていた羽柴雛多(はしば ひなた)が語りかける。  鷹守幽は口角をつり上げ、その答えとした。 「いいねえ、それでこそ幽くんだよ。思う存分暴れてこいって、先生からの許可も出てるんだ」 「ふふっ、くすくす」  二人は不気味に笑いあった。 「いっぱい、遊ぶ……」  太陽と月がひとつになって、沈黙する地下施設の防御壁をえぐった。    * 「まったく、どいつもこいつも勝手に動きおって」 「それは閣下にも言っているのか、あ?」  あるじのいない「黒い部屋」で、秘密結社・龍影会(りゅうえいかい)の元帥・浅倉喜代蔵(あさくら きよぞう)と右丞相・蛮頭寺善継(ばんとうじ よしつぐ)がにらみ合いをしている。 「お二方、落ち着きなさい。いまは組織にとって危機的な状況なのですぞ?」  電動車椅子を軋らせ、大検事・囀公三(さえずり こうぞう)が苦言を呈した。 「危機、危機ですか。天下の龍影会に、危機がおとずれるとは……ディオティマめ、いまいましい死にぞこないめが……」  大警視・鬼鷺美影(きさぎ みかげ)は眼光を鋭くしている。 「肝心要の閣下は眼中にないようですが、念には念をです。七卿(しちきょう)よ、およそ推測されるすべての逃走経路をつぶし、ディオティマの動きを完全に封じるのです」  闇の中で七人ぶんの双眸が爛々と光っていた。 「鹿角元帥(ろっかくげんすい)、よろしくお願いいたしますよ?」 「は、美影さま。龍影会立法第98条第二項に照らし、元帥号令を発動いたします」  龍影会立法第98条「元帥号令」  総帥の不在時、あるいは総帥自体に有事が発生したとき、緊急事態として元帥は強権を発動することができる。  その条項を使用したのだ。 「おのおのがた、参りますぞ」 「応っ!」  こうして巨大組織もついに動き出した。  それぞれの思惑が交差する中、それぞれの戦いもまた、開幕となっていたのである。

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