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第21話

「もう、しぃちゃん。またからかう!」  ぽかぽかと優しくこぶしで紫央の背を叩いてから、薔太の胸にすり寄った。 「凄く大きな秘密を知ってしまったけど……。真実が知れて俺は良かった。ありがとう。しぃちゃん」 「そうか」 「うん」 「俺も薔太の気持ちを知ることができてよかった。たとえ叔父と甥という禁断の関係だろうと、男同士であろうと、俺を選んでくれると分かった」 「ああ、恥ずかしいなあ。勘違いさせられていたんだよ。……でもね。これで俺も腹をくくった。ここで生きていく。紫仙先生の想いの詰まったこの場所は、やっぱり俺たちで守っていこうね」 「ああ。そうだな」  窓の外は雨上がりの雫でそこら中が光り輝いてみえる。 「今日は俺も庭の手入れを手伝うとしよう」  紫央がそう呟いたが、悪戯っぽく微笑んだ薔太は伸びをして彼の唇に口づけてからぐっと袖を引っ張った。 「でも、まだ少しだけ、貴方と朝寝がしたい」  紫央の小指に指を絡めたまま、薔太は青い蝶々のように袖を振り、自らのベッドへ男を誘う。今度は紫央が美しく変化した若い恋人に見惚れる番だった。 ※※※ 「しぃちゃんはいつから俺の事が好きだったの?」  健やかに成長した健康そのものの背中に浴衣を羽織りなおして、薔太は上目遣いに悪戯っぽく紫央に問うてきた。 「さあ、いつからだろう」  紫央がはぐらかしたような返事をしながら、朝方棘を刺してしまった指先を見つめた。 「痛みますか?」 「少しね。……いつだったか、僕が薔薇の棘で怪我をした時もまだ小さかったのに血相を変えて駆け寄ってきてくれたね」 「そんなことあったでしょうか?」 「まだ小さかったから、薔太は忘れてしまったかな。指先を口に含んで……」 「……?」  その日の事を紫央はよく覚えている。  まだほんの少年だった頃。父母のお決まりの諍いを目の当たりにし、気持ちがくさくさとしたまま、祖父の家まで家出をしてきたことがあった。  それでもまだ気持ちが穏やかにならず、庭に咲く真っ赤な薔薇を握りつぶしてやろうとしたのだ。  案の定、薔薇の棘が刺さり、指先に血が滲んで色々な感情が押し寄せてきた。情けなくて哀しくてうずくまった。  そこに幼い薔太が「おにいちゃん、どうしたの?」とやってきた。  わずらわしさもあり、大丈夫だからと遠ざけようとしたが、仔犬のように真ん丸な目でじっと紫央を見つめ、すり寄ってきた。 「おにいちゃん、泣いちゃだめ。いい子いい子」と懸命に背伸びをして紫央の頭を抱えてくれた。  紫央の家はとても居心地が良いとは言えぬものだった。でもそんな自分よりも母親に捨てられて可哀そうな子だと薔太を思い、憐れんでいた。だがどうだろう。薔太自身の素直で清らかな心は辛い目に遭っても損なわれていなかった。幼くとも優しく周りを気遣いできる彼に、紫央は年上の自分の至らなさを痛感し恥じた。 「ここ、痛いね」  二人して指先を覗き込んだら間髪入れずに指先をぱくんっと咥えられた。  小さく柔らかな唇。ちうっと吸われ、生暖かい吐息と柔らかな舌の感触にぞわぞわっと初めて感じる甘い疼きを呼び覚まされる。紅葉のような小さな両手で大切にくるまれた自らの掌から狂おしい熱が伝わる。 「いたいの、いたいの、とんでけぇ」  その時、雷に打たれたように、紫央は薔太の事が愛おしく、どうしてもこの子を傍に置いておきたいと思ってしまった。  その仄暗く甘い経験からまだ年端もいかぬ薔太に恋をした。  薔太の祖父が亡くなり、彼が祖父の管理をしていた紫仙の家から追い出されそうになるのを助けた。薔太が成人し、独り立ちするまではと強引に後見人となったのだ。表向きは人助け、実際は愛する薔太を自らの傍に置き囲い込む為。   紫仙と自分は血が繋がっていないかもしれない。だがきっと、誰よりも似ていると強いシンパシーを感じている。自分も薔薇に絡みつく、クレマチスのように愛する人を諦めず、掴んで離さぬ男なのだから。  だけどそんなこと、薔太が知る必要もない。  薔太が自分を選んでくれたその事実だけがあればいいのだ。 終 リアクションやご感想を頂けると凄く嬉しいです みなさまのおかげでモチベーション上げて頑張れます

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