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遠回しな心情

中学時代ずっと好きな人がいた。 たまにふと思い出しては元気かな?とか偶然会えたらいいなとか考えてしまう。でもそれは叶わない。通っている高校も違うし友達ですらないから連絡先なんか知らない。中学時代の姿を思い出しては恋焦がれる。分かっているのだ。この気持ちはきっと恋に恋をしている。自分の思い出を美化して彼を見ている。いわば、終わった恋である。 ◇◇◇ 「…成宮?」 なんという事でしょう!満員電車に乗っていたらかつて好きだった人が目の前にいました。 こんな偶然あり得る? 「え、椎名?」 「久しぶりだね、中学卒業以来だよね?」 「そ、そうだね!」 やばい、本物の椎名だ。中学の頃より大人びていて背が高くなっていてそして相変わらずカッコいい。 「てか、今日混みすぎだよね」 「だよね、いつもこの時間混んでないのにね…」 そう、いつもはここまで混んではいないのに何故、こんな時に限って満員電車なのか。そしてナチュラルに椎名に壁ドンをされている俺…ご褒美です!本当にありがとうございます!満員電車もありがとう!こんな再会も悪くないと思える。 ふと椎名のエナメルバッグが目に入り、中学の頃サッカー部だったことを思い出す。 「部活、中学の頃サッカー部だったっけ?今もやってるの?」 「うん、今も続けてるよ」 アナウンスが鳴って駅に着いたことを知らせる。 「あ、俺降りなきゃ、じゃあね、成宮」 「うん、じゃあね」 ゾロゾロと降り口に人が降りて行きそして椎名も降りていった。 席が空いて座ってさっきのやり取りを思い出す。壁ドンはいい思い出になった。今日も学校頑張れそうだ。 ◇◇◇ 今日も学校に向かうべく電車に乗っている。今日は無事に座れた。お気に入りの角の席をゲットして朝からついているなとささやかな幸せを噛み締める。 しかし、この前は本当にびっくりしたな。突然声をかけられたと思ったら好きだった人が目の前にいたんだ。しかもナチュラルに壁ドンまでされてしまった。まああれは不可抗力にすぎないけど幸せな時間だったな。妄想に耽っていると、駅に着いたみたいだ。人が乗ってきてつい目で追ってしまうのは悪い癖だ。あれは偶然に過ぎなかったというのに。 「おはよ、成宮」 「!、おはよう」 いきなり頭上から声が降ってきて見上げると椎名が立ってた。 「隣いい?」 「う、うん」 まさかまた会うなんて今日はついてるなぁ。 「今日は空いてるね」 「そうだね、この間は混んでたよね」 「それ、単語帳?すごいね、勉強してるんだ」 「あ、今日は英語の小テストがあるから…」 「そっか〜うちももうすぐ、テスト近いんだよなぁ」 「ほんと?こっちももうすぐ中間テストあるよ、やだなぁ〜」 「テスト期間中で嬉しいことと言えば部活が停止することかな」 「そうなの?」 「たまには休みたいじゃん?でもテストは嫌なんだよね」 「まぁそうだよね、たまには休みたいよね…テスト期間だから勉強はしなきゃいけないけど」 「そこなんだよなー」 数学の先生の教え方が分かりづらいとかお互いの学校生活を話していた。 「あ、さっき当たり付きの自販機で1本当たったんだけどいる?」 「え、すごい!当たったの?」 「うん。あ、降りるね、小テスト頑張って」 「ありがとう!」 椎名の降りる駅に着き、降りて行った。もらったドリンクを見ると よぉぉいどん!で駆け出すほど美味い青汁の文字が目に入る。 「…」 癖強いな?こんなドリンクあったっけ? 何も特別なことじゃないのに特別なことに感じるのはきっと椎名からの貰い物だからかもしれない。 「成宮」 「あ、椎名」 「帰りに会うの初めてだっけ?」 「そうだね!初めて」 「帰りはいつもこの時間?」 「うん、バイトしてるからこのくらいの時間だよ」 「へ〜!何のバイト?」 「本屋だよ」 「成宮に似合うね」 「そ、そう?ありがと」 似合うなんて言葉を貰ったのは初めてで何だか照れ臭い。 「中学のときよく本読んでたじゃん?だからその印象があってさ」 「あ…そうだね、よく読んでたな」 正直びっくりして素っ気ない反応になってしまった。全然目立つタイプじゃなかったし見られているとは思ってなかったから。 ほとんど友達いなくて本読むしかなかったってのもあるが…自分で思って悲しくなってきたな。 「どんな本読む?」 「ミステリーとかコメディ系かなぁ、小説も読むし、漫画も読むよ」 「おぉぉ、何でも読むんだね、俺、漫画は読むけど小説は読まないから読む人尊敬するわ」 「そんな、尊敬だなんて…」 居た堪れなさから先日もらったドリンクのお礼に話をすり替えた。 「あ、あのさこの前もらったドリンクありがとう。美味しかったよ」 「あ〜、あれね意外と美味しいよね、名前が癖強いけど」 「そうそう笑」 電車内にアナウンスが流れて駅に着くことを知らせる。 「これあげる」 「え、この前ももらったのに悪いよ」 「気にしないで、それも当たったやつだから、バイト頑張って!」 去り際に爽やかな笑顔を見せて降りて行った。 やっぱり、椎名の笑顔好きだな。 中学の頃に見たままの笑顔だ。 きりっと美味しいかも?アップルジュースの文字に、あ、今回は普通だ…と思ってしまったのは内緒。 ◇◇◇ 「おはよ」 「おはよう」 顔を合わすと挨拶をするようになって数週間。時々、会えれば隣で話をする関係になった。本当にただそれだけ。日常的な会話をするだけなんだけどそれがとても心地が良くて最近の楽しみになっている。 中学時代の自分が知ったらきっと驚くだろうな。今だってこんな奇跡あるんだって思うときがある。 「何だか眠そうだね」 椎名が眠そうにあくびをして目が少し涙目になっている。 「テストが近くて遅くまで勉強しててさ」 「この前言ってたね」 「高校に入ってから数学が苦手になってさ、赤点取らないようにしてるんだよね…」 「数学の先生の教え方分かりづらいって言ってたよね」 「そう、相変わらず周りグドいやり方だから理解しづらくてね」 はぁと小さくため息を吐く椎名はあまり元気がなくて落ち込んでいる。 俺はカバンの中に入れていたものを取り出すと椎名に渡した。前に飲み物を貰ったお礼として。 「あ、あのさ、これ良かったら食べて…前に飲み物貰ったしバイトがあったとき貰ったら頑張れたんだ。ありがとう」 「…っ」 「?椎名、どうした?」 「い、いや何でもない!ありがとう!」 「うん」 少しでも君が元気になりますように。テスト勉強が捗りますように。 今日も一足先に降りる背中を見送って電車は走り出した。 今日も今日とて、学校に行くために電車に乗っている。 約束はしてないけど偶然あったら挨拶して言葉を交わす程度の関係。それ以上でも以下でもない。でもそれが最近楽しみになっている。今日はどんな話をしようかなとワクワクしているのだ。 いつの間にか彼が乗ってくる駅に着いていたらしい。キョロキョロと探してしまうのは悪い癖で、いないときは勝手に落ち込んで反対に、いるときは心の中で舞い上がって非常に忙しい。 探していると目が合った。彼は微笑んでこちらに駆け寄ってくる。 「よっ成宮。おはよっ」 「おはよう」 「今日さ、アラーム止めてまた寝ちゃったんだよねー気づいたら家出るギリギリに起きてさ、めっちゃ焦った!」 確かにいつもの様子と違い、息が乱れていて額にうっすら汗をかいていた。 「アラーム止めて二度寝しちゃうの分かる。俺、一回やったから怖くて5分おきにセットするようにした」 「やっぱ、みんなやるよね?俺もいつもなら5分おきセットするんだけどさ何故か忘れたわ…」 「うっかり忘れることもあるんだよね」 「そうそう、あの瞬間は恐怖だよなー!…あ、やっとテスト終わったんだけどこの前、ありがとう。励ましてくれたお陰で全力出せた」 「いや、全然大したことしてないよ! でもよかったね!」 この前見たときの椎名より晴れやかな表情をしている。自然とこちらまで嬉しくなった。 「ねぇ、この前くれたチョコ最近流行ってるみたいだよね」 「あぁ、名前の癖が強いやつ」 「騙されたと思って食べてみろ!美味いチョコレート。食べたら美味かったよ」 「俺も食べたよ、美味しかった」 「それのシリーズでこんなのあってさ」 椎名がカバンの中からスマホを取り出すと画像を見せてくれた。 「騙されたと思って飲んでみろ!美味しい味付きのり味…???飲み物??」 「来週発売らしいけどちょっと気になる」 椎名には悪いが俺は全くそう思わなかった。 「成宮、これあげる」 「え?」 スッキリ爽やかレモンサイダーの文字が目に入る。 「あ、ありがとう…何だか貰ってばかりで申し訳ないよ…」 「気にしないで、したくてやってるだけだから…俺からの気持ちってことで」 そんな言葉を残して椎名は駅を降りて行った。 ◇◇◇ あれから椎名にはぱったり会えなくなってしまった。いつもの時間、いつもの席に座ったけど姿は見ていない。突然、再会する前に戻ってしまったのだ。まるであの日々が嘘だったかのように。中学時代はただ見てるだけで話もあんまりできなくて、高校生になって再会して話すようになってこんな奇跡みたいなことって現実のあるのかと疑ったりもした。 やっと近づけたと思ったのに… 何となく歌が聴きたくなって動画アプリを開く。 おすすめに表示されたのはタイトルも歌手の名前も聞いたことのない歌のPVだった。サムネで見る限り恋愛ソングだろう。気づいたらタップしていた。 並べ替えクイズで告白なんて 好きだよの言葉も言えなくてごめんね。遠回しな僕をどうか許して。 この一部の歌詞が気になっていつの間にか目頭が熱くなり雫が頬を濡らしていた。 こんなにもまだ好きだったんだ。これは終わってなんかない。まだ終わってはいない。 あれからやっぱり椎名には会えなくて、一週間くらい経った。それでも同じ時間、同じ席で待っている。 夕暮れ時の空が眩しくて背を向ける。今日も会えないのだろうか?会ったら第一声になんて言葉をかければいいんだ? 電車が止まって椎名の最寄駅に着いた。学生、社会人、お年寄り…乗ってくる人を見て探しているけれど見当たらない。だけど一瞬、ホームで椎名らしい人を見かけた。 体が動いて電車を降りていたのだ。 「椎名っ!」 「…な、成宮!?」 心底驚いた顔をして俺を見ている。 心配の声をかけてくれたり少し戸惑った様子が映る。 「伝えたいことが、あって…少し時間もらえる?」 「うん」 心臓が太鼓並みに大きい音が鳴ってうまく言葉が出てこない。 「あ、あの、俺…椎名のこと、好きなんだ。中学の頃からずっと!好きでした!」 やっと、やっと言えた。緊張から手の震えが止まらない。 「…ありがとう。俺も好きだよ、成宮、カッコいいな」 「えッッッ!!ほんと??いや、カッコよくないし!」 「カッコいいよ、俺なんか遠回しで気持ちを伝えることしかできないやつだし。飲み物を送った意味ももう気づいてたよね?」 「最初は分からなかったよ?でも椎名に会えなくなった期間、動画を見つけたんだ」 「…え?」 スマホを取り出して動画を見せると聴き慣れたメロディが流れる。自分にとっては馴染みの曲になっていた。 「…成宮、言いにくいこと言っていい?」 「うん?どうしたの?」 「これ、俺が作った曲なんだよね…」 「えッッッ!!!」 目が点になるとはこういうことか? 驚きすぎて今日一番の大声が出た。 「あと、この曲さ」 耳を寄せるように言われて、寄せると小声で言われた。 「成宮に向けて作った曲だから」 「…っっ!」 今日が俺の命日か。顔が沸騰しそうなんだけど?どうにかなりそうだ。 「改めて言っていいかな?成宮が好きだよ、付き合ってください」 返事は前から決まっている。 「よろしくお願いします!」

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