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第13話 龍臣
練習スタジオ『シークレット』は、桜町の隣、阿多町の外れにある。
小さな一軒家スタジオで、防音のブースが四つあった。光希たちが借りるのは『Aスタ』と呼んでいる、一番広いブースで、ここには、ドラムとアンプが備え付けられている。
ドラムなどは、練習スタジオの機材を借りるのだが、広さも必要だし機材のレンタル代も含まれるので、高額になる。なので、龍臣は、一分でも時間を無駄にしたくないと、いつも口を酸っぱくして言っていた。
腕時計を確認すると、19時を5分回っている。
光希と雅親がスタジオに到着すると、龍臣は、ストレッチをしながら、発声練習をしていた。ボーカルの龍臣は、自分自身の身体が楽器のようなものだ。なので、最初に、こうしてストレッチや発声練習をして喉を温めておく必要がある。
「ごめん、龍臣」
「遅れてすまんな」
ブースに入ってきた光希と雅親に、チラリと龍臣は視線を遣ったが、ストレッチと発声練習を繰り返している。
普段なら、ここで絶対に文句をいうのだが、今日は言わなかった。
「あれ? 凛は?」
凛―――成瀬凛は、ドラマーだ。まだ、姿は見えなかった。
「……おつかれ。……凛は、今日は来られないってさ」
「あっ、そーなんだ」
と答えつつ、光希は楽器をケースから取り出す。
やはり、龍臣は、どこか変だった。普段なら、練習の欠席は許さないだろう。だが、平然とストレッチをしている。
(……やっぱり、この後にする『話』って、バンドを止めるっていうことかな)
光希は二十五歳。
雅親が二十七歳。多分、龍臣も似たような年齢だったはずだ。
将来の事、色々な事を考える時期と言えば、そうなのだ。
「なー、龍臣。今日は、練習どうすんの?」
「新曲、練習しよう」
「なあなあ、練習だけだと、なんか、張り合いがないからさ……どう? 動画とかとってみるとかさ」
「動画?」
ストレッチしていたのを止めて、龍臣が聞く。怪訝そうな顔をしていた。
「そうそう。ほら、俺ら、ライブをやる予定もないし、練習だけやってても、張り合いがないんよ。ライブやりたくて、バンドやってるようなもんやろし」
へらっと雅親が笑う。龍臣は顔を歪めて「凛も居ないのに?」と聞き返す。
「凛が来てから……で、ええけど……YouTubeで、バズる可能性もあるやないか」
「……お前さ」と龍臣がため息交じりに言う。「動画でバズったり、収益化するなんて、夢みたいなこと……」
「みんな気楽にYouTuberになってるだろ」
「……なるのは気楽だよ。でも、収益化には、条件があるだろ?」
「条件……」
光希は、あまりそのあたりは詳しくない。ただ、広告を流せば収益化出来るというわけではないのだろう。たしかに、『広告』を出す価値があるチャンネルかどうか……というのを問われるだろう。
個人のYouTubeチャンネルなどは、チャンネル登録人数が数人、というチャンネルも少なくないはずだ。
「……知名度なしのバンドの動画なんて、誰が見るんだよ」
「わかんないやろ。友達同士が、わちゃわちゃしてる動画が、やけに再生されてたりするしさ」
確かに―――何がバズるか解らないなら、そこに駆けてみるというのもアリなのかも知れない、とは光希も思った。
動画でバズって、テレビに出て、大きな会場でパフォーマンスするまでになったアーティストも、沢山いるのだ。
「まあ、動画のことは、後で……凛が来た時に話せば良いんじゃない? 凛は、普段はサラリーマンしてるんだし、動画やってるの会社にバレたら、怒られるかも知れないだろ」
静かに告げて、龍臣は大きく身体を回す。長身の龍臣が、身体を振り回している様子は、迫力があった。
「そろそろ、練習する?」
「うん」
「じゃ、軽く、一回流そうか」
龍臣の合図で、雅親がギターを弾き始める。それと、光希のベースが重なる。龍臣の声が、そこに重なる。雅親の声と、龍臣の声が、調和して響き合う。
音―――の響きの中、に埋没している、この瞬間が、光希は好きだった。
音と一体になって、皆の音と、響き合う。これが、ぴったりと行ったとき、心地よくなる。自分と音の境界線が消えてなくなるような感じだ。
今の曲、『光彩』は、最近の曲の中では一番好きだ。皆の個性が、綺麗にマッチした曲だと思う。
激しさはないし、キャッチーさはないが、ゆっくりじっくりと聞いていると、しみじみと良い曲だと思える。
一回、さっと通して、そこから、少しずつ気になるところをブラッシュアップしていく。そうやって、練習をしていくのだった。
最近の曲は、短い曲が多い。3分くらいで終わる。『光彩』はもう少し長い。5分近くある。
その分、練習時間も掛かる。
「……じゃ、次、少しテンポ遅くして通してみよう」
龍臣の言葉に「おけ」と小さく雅親が応じた。
こうやって、練習をしていくと、二時間の予約時間など、あっという間に潰れるのだった。
それでも、こうして集まって練習出来たことが、楽しくて、たまらなかった。
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