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第18話 トラック

「挑戦するだけなら、何も失うものなんかない……か」  光希は龍臣の言葉を反芻した。  確かに、その通りだったのだ。  生まれ故郷の桜町は、かつて誰がか言ったように『オワコン』みたいな町だった。今、商店街青年部のメンバーが、なんとか活気を取り戻そうと奔走している―――が、今の所、正直、劇的な変化は訪れていない。 「あるなら、……変な事言ったっていう話しになるけど」  龍臣は小さく呟いた。光希の隣に、ごろんと横になる。広いベッドだが、足が触れた。ひどく冷えた足をしていた。 「なんで風呂入ってきたのにこんなに冷えてんの?」 「冷え性なんだよ」 「……重症だね……。もっと、真ん中に寄って来たほうが良いって。ここ、空いてて寒いし」  光希が龍臣の手を取る。やはり、手も、冷たかった。 「大丈夫だよ、寝てれば……」 「そんなに冷たいと、寝られなくない?」 「……まあ……、寝床が変わると、眠れない」 「結構、そういうタイプの人いるよね。ちょっと、大変そう」 「……お前は?」 「俺は、どこでも寝られるよ」  横になっていたせいもあるだろう。唐突に、眠気が襲ってきた。 「あー……眠い……」 「うん、お休み……トライアルの件、真剣に考えてみて」 「今から寝るのに」 「夢の中でもいいからさ」 「そんなのコントロール出来るかよ」  思わず笑ってしまった。もし、自分に都合の良い夢だけを見続けることが出来るのだったら、ずっと、夢ばかり見ているだろう。  一日の、あれこれあって疲れてしまった光希は、そのまま、深い眠りに落ちていったのだった……。  翌朝、光希と龍臣は、チェックアウト時間ギリギリまで寝てから、出て行くことにした。缶ビール代が、財布に痛かったがそれは口にはしなかった。 「……じゃあ、今日、連絡くれよ?」  ラブホテルの出口、暖簾をくぐったところで、龍臣に声を掛けられる。 「うん」 「トライアル、受けても受けなくても……連絡欲しい」 「解った」  あと、何時間かで―――自分の将来を決めなければならないということだ。 「……今日は、バイトなの?」 「今日は、なんか、シフトから外れてた。多分、今日は、ヒマなんだよ」  ヒマだと、来なくて良いといわれる。そうやって人件費を削るのだ。 「そっか、ヒマか……」 「なんで……?」 「朝メシ、食いに行かない?」  光希が、にかっとわらった。確かに、昨日の夜は、龍臣からもらったナッツバーを食べただけだったので、腹は減っている。 「そうだな……じゃ、俺のバイト先で」 「ファストフードのほう?」 「そう」 「オッケー、久しぶりにファストフード食べるなあ」 「そうなの?」 「実家暮らしだから、母親がメシを作ってくれるんだよね」 「へー」  そう言いつつ、光希は、自分の母親の得意料理など、解らない。自分の母親の好きな食べ物ならば解る。その時々、付き合う男によって、好物が変わるのだ。 『母親の手料理』というものに憧れる。  龍臣をうらやみながら、一緒に歩いて行く。駅までの道。他愛もないことを話ながら。  光希がバイトをしているファストフード店の近くに差し掛かったときだった。 「え……光希……?」  遠くから声がした。  見れば、そこに、一台のトラックが泊まっていた。配達のようで、トラックの横面には、『肉の原屋』の文字が入っていた。  呆然とした顔をした、健太郎が、そこに立ち尽くしていたからだった。
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