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第32話 野心と嘘
龍臣とは、同じバンドで五年ほど活動しているはずだが、ろくに話をしてこなかったのだと光希は打ちのめされた気分だった。
だから、龍臣が何を考えて居るのかも、解らなかった。
動画をやっているのも知らなかったし―――有名になりたいという気持ちを、今まで龍臣はオモテに出して来なかったように思える。いつでも、対バンで満足しているようだったし、不満を聞いたことはなかったからだ。
ただ、時間や礼儀にはうるさかったというだけだ……。
「結構、野心あるんだな」
光希が言うと、龍臣は笑う。
「あるよ。そりゃ。……バンドをやり始めた理由だって、手に入れたいものがあるからだったし」
「何を手に入れたかったの?」
「……秘密」
にやり、と龍臣は笑みを深くする。
「なにそれ?」
「……でも、多分、もうすこししたら、教えてやると思う」
「そうなんだ」
「あ、そうだ。……俺はさ。ずっと、光希とバンドをやっていきたいんだよ。だから……」
龍臣は、小さく呟いて、立ち上がる。
「龍臣?」
「コーヒー、なくなっちゃったから……。光希、何か飲む?」
「あ、俺は大丈夫。コーヒー、まだあるから……」
龍臣は、キッチンで飲み物を用意しているようだった。
「そうだ、自分のプロフィールとかは整理しておいた方が良いと思う」
「履歴書とか?」
イメージが付かなかったので、聞いてみると、龍臣は「違うよ」と言いながら戻ってきた。
手の中には、炭酸水で満たされたグラスが入っていた。
「プロフィールの中でも、趣味とか、好きなものとか、そういう、パーソナルなものが必要だな」
「そうなの?」
「そうだよ。……、本当に好きなものじゃなくても、構わないんだよ。何か話題になるとか、凄く得意なことがあるならそれでも。みんな、趣味とかは、しっかり確認するだろうから」
好きなものじゃなくても良い、という言葉には、なんとなく、嫌悪感が湧き上がってきた。
「なんだよそれ」
「深く気にしなくて良いよ。……別に嘘を吐かなくても良いけど、ここから先、出会う人たちは、嘘を吐く人も居るってことは覚えておいてね」
「……嘘……を吐く……」
「心にもないことだって、仕事だったら言うと思うよ。でも、それって、サラリーマンだって一緒でしょ。自分の会社の製品を、本気で素晴らしいと思って売る人って、そんなに多くないと思うよ」
「なんとなく、それは解るけど……」
「凄い営業だと、猫の死体だって売ってくるっていうけどね」
「え……っ、まさか……」
「桜町には、どこかの会社で売上げ全国一位になった営業のプロとかが引退して、カフェやってるって聞いたから、そう言う人に聞いてみたら良いと思うよ」
「なんか……詳しいんだね」
龍臣は、微苦笑してから「まあ、そう言うことは、調べておいた方がいいかと思ってさ」と小さく呟いた。
なんとなく、嫌な感じがするとは思ったが、それが明確になんなのか、光希には言語化出来なかった。
一つだけ解ったことといえば、龍臣は、かなり野心があって、その野心に、巻き込まれたと言うことだった。
とりあえず、龍臣に誘われたオーディションというか、リアルバラエティというか、それには参加をすることにした。
その為の準備をしなければならない。
とりあえず、光希としては、費用も掛からないし、この話に乗らない手はない。
しかし、なんとなく、しっくりこないというか、胸がざわざわするような感じがあった。
「……カフェ……か」
桜町への電車のなかで、光希は考える。
桜町には、喫茶店とブックカフェがある。喫茶店の店主は、ライトノベルを書いているという話を聞いたので、多分、ブックカフェのオーナー、佐神がその営業なのだろう。
今まで、ブックカフェに足を踏み入れたことは殆どないが、一度行ってみることにした。
ブックカフェとスナックは、目と鼻の間というくらい場所が近いが、やりとりはない。青年会ではやりとりをしたことがあるが、その程度だ。
光希のほうは、佐神の顔を良く知っている。佐神というのは、冷たい印象のある美人だからだ。どこに居ても人目を引く。けれど、光希のほうは地味で印象にない。だから、佐神が光希の顔を覚えているとは思っていない。
桜町の駅に降りると、地元にしかない微妙なコンビニ『モンキー』と昔ながらの喫茶店。そこから、寂れた商店街が続いていく。途中、元々時計屋だったところが店を潰して駐車場になってしまった。
街中に駐車場があるのは便利なのだろうが、商店街としては、寂しいことこの上ない。
肉屋の前を通り過ぎるとき、なんとなく、緊張した。健太郎は、店に出ているはずだ。コロッケを揚げる良い匂いが、商店街まで漂っていて、沢山のコロッケを持ってきてくれる、健太郎のことを思い出すと、胸が苦しい。
(いや、もう、健太郎のことは、考えなくて良い……)
振り切るように足早に歩いて、スナックを通り過ぎ、ブックカフェにたどり着く。
スタイリッシュな店だった。三人ほど、客がいるようだった。やや、緊張しながら、光希はブックカフェのドアを開いた。
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