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第43話 パワーバランス

『テトレーション』の龍臣の動画を観た健太郎は、あの時、光希と一緒にいたのが、龍臣だということに気が付いた。  バンド内で、恋愛。  あり得ないことはないだろうが、サークル内の痴情の|縺《もつ》れというのは、もっとも、馬鹿馬鹿しい、サークルの空中分解の理由だと、健太郎は身に染みている。  大学の時、モテるだろうと思って入ったテニスサークル。  やはり、楽しいキャンパスライフをすごそうと思っていた女の子たちが入ってくるので、テニスを楽しむというよりは、腹の探り合いの狩り場という印象だった。三年の先輩が、新入生の中で一番可愛い子を、新歓コンパのあとに『持ち帰った』ところから、事態は急変したのだった。  ようは、今まで、じりじりと様子を窺っていただけの場所は、そのパワーバランスが崩れたのだ。  均衡が崩れたあとは大変だった。何が大変だったかと言えば、あちこちで、関係性が入り乱れたのが大変だったのだ。三年の先輩とくっついたと思ったら同級生とくっとき、二週間後には二年の先輩と付き合っているという具合に。それが、サークル内全体に蔓延した。  ヤりたい盛りで、手軽に経験を重ねることが出来たのは、健太郎にとって、ラッキーなことだったが、同時に、なんとなく、違和感があった。何が違うのか解らないが、明確に、何かが違うと思った。セックスに興じていれば、相手が誰であれ、気持ちは良い。だが、なにかがおかしい。  結局、一番『身体の相性が良い』のは、光希ということが解ったのだけが、テニスサークルでの成果だった。そのうち、面白くなくなって、行かなくなってしまった。  そう。  サークル内で、誰と誰が付き合っているという話は、マイナスにしかならない。それを、健太郎は良く知っている。  龍臣という男と、光希が関係を持っていたとしたら……、と考えて、健太郎は胸がムカムカしてくるのを感じたが、今は、それに構っている場合ではなかった。 「まあ……、何か知ってるとしたら、コイツだよな」  健太郎は、動画投稿サイトで、流行っている誰かの曲をカバーして歌っている龍臣を見やって、小さく呟く。 「一旦、コイツのことは調べないとだな」  何をしているのか。光希とは本当に関係があるのか、どういう人物なのか。  光希は、健太郎のことを、徹底的に避けている。光希に何かを聞き出すことは出来そうもない。  ならばどうするか……。 「……俺の、ネットワーク、ナメんなよ、光希」  健太郎は立ち上がった。  最初に目を付けたのは、ライブハウスと練習スタジオだった。  少なくとも、月に一度以上は、必ず練習スタジオに行っているらしい。それで、龍臣が、練習スタジオの名前を上げていたからすぐに解った。  練習スタジオで、バンドのことを聞く。 「ちょっと、龍臣って人のこと知りたいんだよね」  と、スタジオに入っていた、高校生くらいの若いバンドの子達に質問すると「うちらは良くわかんないですけど、真面目にやってるって言ってましたよ」と、答えが返ってくる。 「真面目、ねぇ」 「実際、上手いですよね。歌ってみたとかも、本人かってくらい上手いですから」  笑っているバンドの人たちは、なんとなく、粘っこくて据えたような匂いがするようで嫌な感じがした。 「オジサン、何を探ってるんですか? DMとか送ってみました?」  オジサン、と呼ばれたことには甚だ遺憾の意を表明したいところだったが、そうも行かないだろう。 「DM……って?」 「SNSですよ。あの人、動画投稿サイトとかも登録してたでしょ? だから、SNSから、直でメッセージ打てば、帰ってくると思うよ」  それは、確かにそうなのだが……、知りたいのは、他人の目から見た、龍臣の姿だ。  なかなか、調査は思うように行かず、思わず、健太郎は、ため息を吐いた。
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