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第45話 成瀬凛

 成瀬凛に誘われて行ったのは、阿多町のはずれにあるバーだった。  コンクリートむき出しの、無機質な建物の二階。内装は沢山の観葉植物が置かれていて、不思議な雰囲気だった。 「こんな、オシャレな店、在るんですね」  健太郎は、初めて来たので、ざっと店内を見回して、凛に聞く。 「そうそう。俺の先輩の店ね。良い店でしょ。気に入ったらに、彼氏と使って」 「はい……」  と返事をしかかって、健太郎は「え、今、彼氏って……?」と聞く。  寝耳に、水だった。彼氏。今まで、そんなものが、居たことはない。 「あれ? 違うの? 君、バイでしょ? そう言う雰囲気があると思うけど?」  ふふふ、と笑ってから、凛は席へ向かう。カウンターの端。バーテンダーの目の前だった。 「……俺も、バイだから、なんとなく、同類は解るよ? でも、クローズだったら、ゴメンね?」  成瀬凛は笑ってから、バーテンダーに目配せをした。  心得ているらしいバーテンダーは、すぐに支度を始める。 「お詫びに、俺から、一杯ごちそうするよ。……俺と同じヤツね」  凛の隣の席に座って、健太郎は、しばし、考える。 「俺、……確かに、男と寝たことはあるんですけど」 「……その子、彼氏じゃないの?」  凛は、カウンターに肘をついて、健太郎の顔を覗き込んでいく。 「……彼氏……じゃない……けど、寝ることは、寝てます……けど……」 「……ふうん? セフレ?」 「いや、セフレってわけじゃ……」 (では、一体、なぜ、光希は、自分と寝ているのだろう……)  凛に問われて、訳が分からなくなる。  今まで、何度となく、光希とセックスをしてきた。―――もしかしたら、セックスと呼べるようなものではなかったのかも知れないが、少なくとも健太郎は、セックスとして、あの行為を楽しんでいた。光希の、気持ちは、よく解らない。 「ふうん? ……光希も可哀想に、こんなのに、弄ばれて」  くすくす、と凛が笑う。 「な、なんで……光希って……」  何も、言っていないはずだ……と焦り出す。光希方面で、相談があるとは言ったが―――それは、こういうことではなかった。 「だって、俺と、あんたって……、光希以外に接点はないでしょ? だからだよ」  その時になって、健太郎はカマを掛けられたのだ! とやっと、悟った。 「……あんた、良い性格してますね」 「んー? よく言われる。まあ、俺は、光希には興味はないから、そこは大丈夫だよ。ただ、龍臣は、光希が好きだよね。ずっと、光希のことを見てるもん」  健太郎は、血の気が引いて行くのを感じて、頭の中が、ぐらりと揺れた。 「ま……」 「……それで? 光希関係で、どんな相談があるの?」  差し出された、カクテルは、ドライ・マティーニだった。それを飲みながら、凛は聞く。 「光希が、何かの契約をするとかで、なんか、揉めてるというか悩んでいるっぽい。で、光希が、なにか、契約をするっていうなら、バンド関係だろうと思ったから、何か知ってないかと思って、話をしてみた」  凛の動きが、ピタリ、と止まった。 「光希が……契約……?」 「俺は、内容を見せて貰えなかったし、どういう契約を誰とするのか、教えて貰えなかった。けど……、光希が、何か契約するなら、バンド関係しか、ないと思うんだ」  凛の顔が、歪んだ。嫌悪、、なのか。憎悪なのか。健太郎には、判別を付けることは出来なかった。 「……なんだよ、それ……俺は、何も聞いていないっ!」  ダンッ! と凛は、カウンターを叩き付ける。グラスが揺れて、倒れて、持ち手が真っ二つに折れ、そして、残っていたマティーニがカウンターにこぼれる。店の視線が、健太郎と凛に集まった。 「ちょっ……成瀬さんっ……っ!」 「……光希だけ、メジャーに行くって……? そういうことかよ」 「知らない。でも、俺は、そうなんじゃないかと、そう思った」  凛の顔が、真っ赤になっていた。頭から、蒸気が出そうなほどに、凛は、顔を赤くしている。 「俺は……?」 「解らない。……全員かもしれないだろ?」 「全員だったら、リーダーの龍臣の所から、全員に連絡があるよ。……なんで、光希なんだよっ!」  激昂して、凛は自分の太腿に拳をたたき込む。凛は、そのまま『なんで』を繰り返しながら、拳で太腿を叩き詰けていた。
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