2 / 14
オオカミの半獣さん
迎えた翌日、十二月十五日。
「す、すみません、今日はぼくの誕生日なので、ど、どうしてもお仕事をお休みしたいのですが・・・ ・・・」
恐る恐る裕太は楼主の人間・[[rb:咲也 > さくや]]に頼んだ。しかし返ってくる答えは決まっていた。
「何を言い出すのかと思えば・・・ ・・・。もう半年先までお前の予約は埋まっているんだ。分かっているだろ?」
咲也はギロリと裕太を睨みつけた。整った顔やすらりと背の高いヒトの楼主は、温厚そうに見られる。しかし金の為には手段を選ばない、冷酷で残虐的な人間だった。裏社会では密かに恐れられている。
裕太も散々暴力を振るわれ、見せしめの様に皆の前で[[rb輪姦 > まわ]]され、遊郭から逃げる気力を奪われてしまった。
「お前は一番の売れっ子なんだから、誕生日もうんとお客様に可愛がってもらえばいいだろ?」
ニヤニヤと下卑た笑顔で裕太に告げる。『干支シリーズ』の貴重な裕太は金のなる木にしか思われていない。しかしこれも今日で終わる事だ。
裕太は死への恐れより、ここから解放される事の方が大きかった。裕太は従順に仕事前の準備をしていると思わせて、周りを油断させた。建物の監視が厳し過ぎて脱走も不可能だ。客には若干申し訳ないが、接客中に死ぬしかない。裕太は小ぶりの折り畳みナイフをこの日の為に酔った客から奪い取っていた。
「裕太、出番だよ。凄いお客様がご来店した絶対に常連にしなさい‼」
凄いお客様とは一体どんなお客様なのだろうか。高級店な事もあって、客は社会的地位の高い事が多かった。しかしひとたび裕太の部屋に入ると、皆醜い野獣になるので、裕太にとって客の地位などどうでも良かった。
「失礼致します。お待たせしてしまい、申し訳ございません。裕太と申します」
店にとって相当重要な客なのか、特別に普段は使わない大きい客間へと向かった。
「・・・ ・・・」
中からは返事が無い。
早くこの店から、この世界から消えたい裕太はそのまますぐに扉を開けた。扉を閉め、中にいる人物を見てぎょっとした。一八〇センチは超える鍛えられた体躯の、雰囲気からしてオオカミの半獣だった。彫刻の様にはっきりした目鼻立ちもプラスされて、裕太は圧倒的な雰囲気に飲まれそうになる。
「・・・ ・・・半獣・・・ ・・・」
「え・・・ ・・・」
その男は振り返ると、小声で密かに言った。
「ハリネズミ・・・ ・・・の半獣・・・ ・・・」
「はい、そうですけど・・・ ・・・?」
何だか男の様子が変だ。どうしたのだろうと裕太はオロオロしてしまう。
「・・・ ・・・カフェじゃない・・・ ・・・」
「あの・・・ ・・・」
裕太の前に男が言葉を発した。
「・・・ ・・・ここはハリネズミのカフェじゃないのか・・・ ・・・?」
「・・・ ・・・ハリネズミカフェ・・・ ・・・?」
「や、半獣じゃなくて動物の・・・ ・・・手のひらに乗せるハリネズミさんのカフェだと聞いたんだが・・・ ・・・?これからハリネズミさんが来てくれるのか?」
それはもちろん、『日の丸帝国』にも、人間や獣人、半獣以外にも、もちろん一般的な動物も存在するが・・・ ・・・。
「・・・ ・・・あの・・・ ・・・ここは男妓楼ですけど・・・ ・・・?」
あまりにも真剣に悩んでいる男が何故か放って置けなくて、裕太はそっと答えた。
「男妓楼・・・ ・・・?」
男はもふもふした耳を傾けてたずねてきた。
「ぎろう・・・ ・・・。申し訳ない、初めてこの国に来たばかりなんだ。ここはどういう場所なんだ?」
どうやらこのオオカミの半獣の客は、全くこの場所が理解出来ない様だった。仕方なく裕太は気まずい雰囲気の中で答えた。
「ここは男性が男性に奉仕する場所です」
「奉仕・・・ ・・・?」
だんだん裕太は恥ずかしくなってきた。
「だから、ここは男が男を抱く店です‼」
「‼」
ようやくオオカミの半獣は分かってくれた様だ。
「どうやら友人に騙されたみたいだ・・・ ・・・気を悪くさせたら済まない」
「い、いえ・・・ ・・・ハリネズミ・・・ ・・・お好きなんですか?」
裕太が問うと、男は嬉しそうに答えた。
「そうなんだよ、一番動物でハリネズミさんが好きなんだ。最初は警戒するけど、慣れて心を開いてくれた時が堪らなく可愛い!私が幼い頃はまだ身近にハリネズミさんが沢山いたけれど、今では絶滅危惧種だろ?どこかにハリネズミさんがいないか探していたんだ。友人がこの店を教えてくれて・・・ ・・・」
会話からハリネズミが大好きな事が伝わってきた。ハリネズミをわざわざハリネズミ『さん』と呼ぶなんて・・・ ・・・。急に相手が可愛く思えてしまった。しかしここはハリネズミカフェでも何でもない。欲望でいっぱいの、いかがわしい場所だ。裕太は何だか申し訳なくなって、
「ごめんなさい、ハリネズミさんがいなくて・・・ ・・・」
と謝った。
すると彼は笑って
「いいんだ。自分の勉強不足だったよ。それにハリネズミさんの半獣の方が珍しい。貴重な『干支シリーズ』の君に会えるなんて・・・ ・・・」
裕太は瞳をじっと見つめられ、なんだか恥ずかしく、頬を紅く染めた。今までの客は部屋に入った瞬間から裕太を乱暴にまさぐってきた。こんなに穏やかに会話をする事もほとんど無い。
「あの・・・ ・・・お名前を伺ってもよろしいですか?」
「[[rb:白銀 > しろがね]]だ。君は裕太くん・・・ ・・・だったかな?」
「はい、裕太です。あの・・・ ・・・白銀さまは、オオカミの半獣なんですか・・・ ・・・?」
裕太はついさっきまで死ぬ事で頭がいっぱいいっぱいだったのに、白銀の持つ独特の力強いオーラに惹かれて、すっかり当初の目的が抜けてしまった。裕太とは全く違う男性的でたくましい白銀は、美しさも強さも兼ね備えた半獣だった。
「さま付けは辞めてくれ。呼び捨てでいい。そうだよ。オオカミだ。オオカミと言ってもニホンオオカミだから、少し違うのかな」
「ニホンオオカミ⁉絶滅したはずじゃ・・・ ・・・⁉」
確かに白銀は、今まで見たオオカミの獣人や半獣とは違う。耳や尻尾が大きく、輝く様な灰色がかった毛並みはこれまでに見た事が無かった。目元からも意思の強さが伝わってきた。
「ニホンオオカミ自体は絶滅してしまったけど、半獣の一族はほんの一握りだけ生き残っていたんだ。でも、私で最後になってしまったな・・・ ・・・」
「・・・ ・・・」
独りの寂しさや辛さを、裕太は痛いほど知っていた。絶滅危惧種。家族もいない。裕太はなぜか白銀に対しては今までの客の様な嫌悪感は無かった。
「ごめん、少しだけ・・・ ・・・」
「・・・ ・・・あっ‼」
裕太は白銀に引き寄せられ、すっぽりと彼の胸の中におさまってしまった。白銀からは爽やかな大地の香りとそよ風の香りがして、裕太を落ち着かせた。そして白銀の胸の鼓動が伝わってきて、裕太をドキドキさせた。
ともだちにシェアしよう!

