4 / 33

第4話 再会

 何故か、秘果が目の前にいる。  いつもの穏やかな笑みで蜜梨を眺めていた。 「え? 秘果さん? なんで、ここに」 「仕事帰りだよ。偶然、通りかかったら、神社に蜜梨君の姿が見えたから、声をかけたんだ。こんな時間に、どうしたの?」  秘果の手が伸びて来て、蜜梨の頬をすぃと撫でた。 「顔、じゃりじゃり。風が強かったから、砂塗れだね」  秘果の手が温かくて、自分の頬が冷えていたのだと気が付いた。  温もりが肌に沁みて、目頭が熱くなった。 「蜜梨君? 何かあったの?」  秘果が慌てて蜜梨の手を掴んだ。  その手を握り返して、蜜梨は秘果に抱き付いた。 「え? 蜜梨く……」 「アパートの、部屋、水道管の破裂で水浸しで帰れなくて。スマホの充電切れちゃったのに、風強くてコンビニにも行けなくて。一人で困ってたら、秘果さん、来てくれて、安心した」  秘果の温もりが優しくて、涙がぽろぽろ勝手に流れた。 「そっか、大変だったね。会えて良かった」  秘果が背中を撫でてくれて、はっとした。 「ごめん、抱き付いたりして。ちょっと不安になっちゃって。男に抱き付かれたら、嫌だよね」  自分の行動に自分で驚きつつ、蜜梨は秘果から離れた。 (いくらBL好きって言っても、ゲイって訳じゃないんだし。二次元と三次元は別だし)  性嗜好に限らず、何とも思っていない相手に抱き付かれるのは気持ち悪いだろうと思う。  秘果の嗜好や恋愛事情を聞いていないから、プライベートを知らないのだが。 「嫌じゃないよ。むしろ、もっと抱き付いてほしい」  秘果が蜜梨の腕を引いて、自分の胸に戻した。  引っ張られた反動で、蜜梨の顔が秘果の胸に収まった。 「あっ……、いや、でも……」  恋人でもないのに、抱き付く距離感はどうなのだろう。  慌てて離れようとする蜜梨の背中を、秘果の大きな手が抱き抑える。  胸から感じる熱と、手の温もりが心地よくて、瞼が重くなった。 「蜜梨君、眠い?」  蜜梨は素直に頷いた。  秘果の熱が心地よくて、眠い。 (温かくて、気持ちいい。けど、何で急に、こんなに眠くなるんだろう)  秘果に会えて、緊張の糸が切れたのだろうか。  包んでくれる腕にしがみ付く。  頭の上で、秘果が笑った気配がした。  ぼんやりと、秘果を見上げる。 「実はね、ここで会ったのは、偶然じゃないんだ」 「え……?」  見上げた密梨の顎を、秘果が緩く撫でる。  余計に眠気が増した。 「君がこの場所に来るように、俺が仕向けて、誘い込んだ」 「仕向け……、秘果さん、が……?」 「風を起こして、アパートを水浸しにして、スマホを使えない状態にして、この場所で君が俺を呼ぶように仕向けたんだ」  秘果が何を言っているのか、わからない。  強い眠気が襲って、目を開けていられない。 「やっと見つけた。やっと掴まえた。蜜梨ちゃんの体も心も、やっと取り戻した」  浮かれた声で、蕩けた目で、秘果が蜜梨を見詰める。 「準備に半年もかかっちゃったけど、桃源の時間なら一瞬だ。これから蜜梨ちゃんは悠久の時を共に生きる俺の導仙になるんだから」  秘果の言葉の意味が、まるで理解できない。 「何、言って、ん……んっ」  顎を持ち挙げられて、唇が重なる。  秘果から、熱い何かが流れ込んで来た。   (何、これ。体中が熱くなる。胸が、苦しい)  流れ込んで来た熱さが胸の奥に溜まっていく。  仕舞い込んでいる蜜梨の大事な何かを、壊そうとする。    思わず、秘果の腕を強く掴んだ。 「桃源に戻れば神力が使える。凶玉を砕けば記憶が戻る。全部、思い出せるよ」  口内に差し込まれた秘果の舌が、蜜梨の舌に絡まる。  くちゅりと水音を立てるたび、秘果の神力が沁み込んで流れてくる。 (神力なんて、知らない。こんな熱さも力も、知らないのに。苦しいのに、気持ちいい)  指が震えて、力が入らない。  秘果が何者かわからなくて怖いのに、離れられない。 「ん……、ぅん……、はぁ……」  蜜梨の唇を貪っていた秘果が顔を放した。  蕩けた目も上気した顔も、総てが初めて知る秘果だった。 (まるで、俺に酔ってるみたい。秘果さん、俺のこと、好きなのかな)  思考が回らない頭で、ぼんやり思った。 「甘く優しく蕩かして、思い出させてあげる。蜜梨ちゃんが誰のものなのかも、ちゃんと心と体に刻み込んであげるから」  うっとりと見下ろして、秘果が蜜梨の頬を撫で上げた。 (秘果さんが何を言っているのか、全然わからない。わからないけど、この温かさは、何でか、懐かしい)  夢の彼方で泣いている少年の姿が浮かんだ。 (そっか、あの子は、秘果だったのか。一人にして、ごめんな。俺は黄竜(おうりゅう)導仙(どうせん)、桃源の瑞希(ずいき)になるはず、だったのに)  理解できない言葉が、頭の中に浮かぶ。  蜜梨は秘果の手を取って、指を咥えた。 「俺も会いたかった、秘果。今度こそ、離れないで、一緒に生きられる……」  胸の奥に仕舞い込んだ何かから、想いが溢れる。 「蜜梨ちゃん……、思い出した? 凶玉は……、蜜梨ちゃん!」  力が抜けて、蜜梨の体が秘果に凭れ掛かた。  知らない記憶と知らない感情が、また胸の奥に戻っていく。 (あぁ、まだ。まだ凶玉が絡まる。俺はまだ、秘果を思い出せない)  誰かが思い出すなと蜜梨を抑え込む。  それが誰かを考えるより早く強い眠気が襲って、蜜梨は秘果の腕の中で瞼を閉じた。

ともだちにシェアしよう!