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①
本当に神さまなんているのだろうか。
もしもいるのならば、俺は問いたい。
どうして俺の人生はここまでハードモードなのかと――。
俺、ジルダ・プリュヴェ。二十七歳。一週間前に仕事と家を同時に失いました。
◇◇◇
突然だが俺、ジルダはとてもモテる。
銀色のさらさらした肩の上までの短い髪と、たれ目がちな青の瞳。
背丈は男性にしては低めで、体格は細身。元々はもうちょっと筋肉がついていたが、騎士を辞めてからは鍛えていないので、今の俺は誰が見ても騎士をやっていたと思わないだろう。
どこからどう見ても美しいモテ男だ。ただし、俺がモテるのは同性限定。女性には一切モテない。……別に気にしてないけど。決して負け惜しみでもない。
そして、このモテるというのは嬉しいこと以上に面倒ごとを持ってくるのだ。
ちやほやされるのは素直に嬉しい。が、この『顔』が原因で仕事をクビになるのなら、これは立派な呪いである。
「――で、今回もお仕事をクビになったというわけですか」
ヴィズール王国の王都にある、一軒のカフェ。通りに面したテラス席で、俺は数少ない友人ジェレミーに今後のことを相談していた。
「まぁな。客同士が俺を巡って殴り合いを始めたんだよ。しかも、五回目。俺も煽った部分があって、店主にバレてクビ」
「自業自得でしょうに」
確かに俺が煽らなかったら殴り合いはまだマシで、俺もクビにならなかったはずだ。
けど、ああいうときに喧嘩を止める方法が未だにわからない。そのせいで、火種を消火するどころか、油を注いだわけ。
「しかも、住み込みだったんだよ。荷物ごと放り出されて、俺は家なし職なし状態」
「今はどうしてるんですか」
「宿屋の部屋借りてるよ。でも、そろそろ財布の中身も空になりそうだからさ」
つまり、あと少しで俺は家なし職なし金なしのないない尽くしの男になるのだ。
「ご愁傷さまですが、本当に自業自得でしょう」
まぁ、そうなんだけどさ。
今まで貯金をしていなかったのも原因だし、人付き合いの特訓をしてこなかったのも原因だ。すべて俺が悪いということだ。
「なぁ、ジェレミー。お前の家にしばらく居候させてくれない?」
片目をつぶってジェレミーの様子を窺うと、やつはまるで汚物を見るような目を俺に向けていた。
心の底からの嫌悪が肌をすり抜けて心に入ってくるみたいだ。
「いやですよ。それに、僕の意思だけじゃどうにも無理です」
「そこをなんとか!」
「同棲する恋人の間に入るなんて、空気が読めないんですね」
腕を組んだジェレミーの瞳がさらに冷たくなった。
これ以上粘るのはやめよう。ジェレミーの中で俺がどんどん格下げされていく。
「はぁぁ~どうしよう。もうこのまま朽ち果てるしかないのかなぁ」
テーブルに突っ伏した。俺の人生、お先真っ暗だ。
「というかあなたは騎士学校を卒業してたじゃないですか。騎士に戻ったらどうです?」
「……それなぁ」
この国で騎士になるには、騎士を育成する学校に入り、二年間学ぶ必要がある。俺も十八歳から二年間騎士としての心構えや戦闘方法、身体づくりなどをしてきた。
「いや、ほら。俺って騎士に向いてないじゃん?」
学校を及第点で卒業後、俺は晴れて騎士になった。
が、騎士というのは厳しい上下関係があり、かつ重労働。不真面目を極めた俺にはちっとも向いていなかった。
「騎士学校に入ったのも、衣食住が提供されるからってだけだし」
「うわぁ、不純な志望動機ですね」
「だって! 俺、孤児院出身だからさ。十八歳になったら一人立ちしなくちゃならなくて」
元々捨て子だった俺は、孤児院で育った。孤児院での生活は決して裕福とはいえないが、それなりに楽しかった。
ただ、定められたルールとして、十八歳になったら孤児院を出て行くことがはじめから決まっていたのだ。
「だったら、いっそ騎士学校に入ってみるかって感じ。あそこ学費もタダだし」
国の未来を担う若手を育成するためなのか、騎士学校は授業料が無料。さらに衣食住も提供されるというまさに楽園。
その分訓練は厳しいし、辞めていく者も多いのだが。
「あの二年間はよかったよ。落第しない程度に通っていたら、全部提供してもらえたし……」
衣食住のありがたみを、俺は今とてもかみしめている。時間を戻したら、あの頃に戻りたい。……血反吐を吐くような訓練は二度とごめんだが。
「……背に腹はかえられないじゃないですか」
「でも、でもでもでもぉ!」
「暴れないで。あなた何歳ですか」
「二十七歳です!」
あ、ジェレミーの目が細くなった。体感的に温度が二度ほど下がった気がする。
「騎士に戻りたくないよぉ……」
こうなったら、前職みたいに住み込みのバイトを探すべきだろうか。
(住み込みってなると、難しいんだよなぁ。家政夫とかならまだありそうだけど)
これでも家事能力は高いほうだ。家政夫としてやっていく自信もある。
問題があるとすると、家政夫として雇ってくれる家があるかどうかだ。
「なぁ、ジェレミー……」
「お断りですからね」
ちぇっ。
心の中で悪態をつきつつ、俺は通りを見つめた。たくさんの人々が行きかっている。あぁ、誰か俺を養ってくれないかなぁ。
(せめて昔の知り合いでも――)
なんて思ったとき。俺の視界に一人の男が入った。
漆黒色の髪の毛。きりりとした目元。双眸の色は赤。
(――レオンス?)
心臓がどくりと大きく音を鳴らした。今日は仕事は休みなのか、ラフなシャツとジャケット、スラックスという格好だ。
だが、その格好でさえやつの男らしい美貌はかき消せない。
「――ジェレミー、悪い!」
俺は自分の鞄をひったくって、先ほど見た男がいるほうに走った。
後ろからジェレミーの叫び声が聞こえるが、お構いなしだ。今の俺には今後の生活がかかっているのだ。
(レオンス、レオンス、レオンス!)
走りながら先ほどの男を捜した。どうか、どうか見つかりますように――と祈ったとき、俺の顔がなにかにぶつかる。
鼻からぶつかったせいで、めちゃくちゃ痛い。なに? 壁にでもぶつかった――?
「――っ」
いや、違う。俺がぶつかったのは人の背中だった。
目の前の人物が俺に振り向いた。漆黒色の髪。きりりとした目元。真っ赤な双眸。
「――レオンス!」
そこにいたのは、俺の騎士学校時代の同級生レオンス・ラクルテルだった。
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