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③
「――で、さっきの話どういうことだ」
住宅街の一角にあるアパートの一室。
促されるままソファーに座った俺を、レオンスが仁王立ちして見下ろしている。
さっきの話とは、どれだろうか。
(なんてとぼけることができそうな空気じゃないな)
それに、大体予想はできるのだ。
「えぇっとですね――」
俺は事細かに自分に起きた出来事を話した。
住み込みで雇ってもらっていた場所をクビになり、結果追い出されたこと。今は宿暮らしをしているが、もう金が底を突きそうなこと。レオンス以外に頼れる人がいないということなど――。
「ほら、俺って孤児だっただろ? 頼れる両親とか親族とか、いないんだよ」
両親の顔なんて知らないし、親族の有無さえわからない。出身の孤児院を頼ることも無理だ。だって、あそこもやりくりしてなんとか生活出来ているレベルなのだから。
「だったとしても、俺がお前を居候させるメリットなんてないだろ」
「……家政夫、します」
室内を見渡す。
散らかりようからして、ここがレオンスの家なのだろう。
「それに、新しい仕事も探すから。……いつまでも世話になるつもりはないよ」
声がどんどん小さくなる。覇気もなくなっていく。
俺にはレオンスしか頼れる人がいないけど、そんなのレオンスからしたら知ったことじゃないよな……。
「頼むよ。なんでもするから……」
手をぎゅうっと握った。
明日の暮らしさえ危うい生活なんてしたくない。せめて、屋根があるところで安心して眠りたいのだ。
「……お前、騎士学校時代のこと覚えてるのか?」
レオンスがちらりと俺を見た。
……騎士学校時代のこと。
「同級生で同室だったこと? それとも、付き合っているふりをしてたこと?」
俺は男にとにかくモテた。
呼び出されて告白されることが多くて、鬱陶しかった俺はレオンスに付き合っているふりをしてほしいと頼んだのだ。
レオンスは俺の現状をよく知っていたので、すぐに受け入れてくれた。
俺たちはほぼ四六時中一緒にいたので、恋人ですと言っても疑う者はいなかった。
「……違う。さっきお前が言ってたことだよ」
さっき言ったこと――レオンスが俺の身体を好きだったということだろうか。
「レオンスが俺の身体が好きだったこと?」
「そうだよ。俺ら、セフレだったじゃんか」
男所帯である騎士学校での生活は厳しくて、癒しもない。
ゆえに男同士で関係を持つ者も少なくなかった。まぁ、手ごろな性欲処理だ。
「……俺は嫌なんだよ。昔のセフレと一緒の場所で暮らすなんて」
俺は気にしないけど――というのは、自分の意見を押し付けているだけか。
「大体、俺が昔を思い出して盛ったらどうするんだ。お前が困るだろ」
レオンスが大きくため息をつく。
俺が、困る……?
「別に困らないけど」
小首をかしげると、レオンスがまるで未知の生物を見るような視線を俺に向けた。
「俺、レオンスのこと好きだったしさ。身体の相性最高だったじゃんか」
ビッチというわけでもないけど、俺は騎士を辞めてからたまに一夜の関係を持つことがあった。
でも、どの相手とのセックスよりもレオンスとのセックスが一番気持ちよかった。
(レオンスは絶対に乱暴にしなかったし、俺のこと大切にしてくれているのが伝わってきたし)
独りよがりじゃなくて、きちんと俺のことも気持ちよくしようと気遣ってくれた。
だから、俺もレオンスの下でだったらすべてをさらけ出すように乱れることができた。
「レオンスが望むんだったら、俺、お前に身体差し出すよ」
じっとレオンスを見つめた。レオンスは双眸を見開いて、次に苦しそうな表情をした。
「なぁ、レオンス――」
――頼むよ。
言葉が続かなかった。
レオンスが俺の肩を掴んで、ソファーに乱暴に押し倒したためだ。
ソファーに乗り上げ、レオンスが俺の身体に跨った。
「別に俺はお前に身体を差し出してほしいわけじゃない」
顎を指で引っ掛けられた。レオンスの視線と俺の視線が半ば無理やり絡まる。
「なんで、お前はいつもそうなんだ」
レオンスが怒っている。ひしひしと伝わってくる怒気に、俺は押された。
やっぱり、再会して早々にこんなことを言うのはダメだったか。
「……ごめん」
謝ることしかできない。
「謝ってほしいわけじゃない」
俺には謝罪をすることさえ許されないのだろうか。
「お前には俺がどういう気持ちだったのか、なにもわからないんだな」
「……気持ち?」
「身体を重ねているとき、俺はずっと苦しかった」
レオンスの言葉の意味を考える。
苦しい? それって、快楽に耐えることが? それとも、俺のことを気遣うことが?
「――本当にお前は、鈍い」
こつんと額がぶつかった。至近距離にあるレオンスの顔に、心臓がバクバクと大きく音を鳴らす。
「俺が苦しみ葛藤していたのに、お前はなにも気にせず簡単に脚を開いた」
「……だって、それが俺らだったじゃんか」
それに、在学中はレオンス以外には身体を許していない。
それくらい、レオンスだって知っているはずだ。
「俺はお前に責めてほしかった。……誠実さがないと、怒られたかった」
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