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50 蝶の鱗粉
むしろ、その“淫蕩の罪”とやら――課せられるべきは、このユンファ殿を犯そうとしたその叔父ではないか。
冤罪も甚だしいことだ。――俺は、虚ろげな顔を伏せ気味にしているユンファ殿に向け、しかめてしまった顔をふるり、横に振った。
「…それは俺が思うに、何もユンファ殿の罪では…」
「…いいえ、まだこの話には続きが……」
すると俺の言葉をやわくも制し、ユンファ殿は更に静かな言葉を継いでゆく。
「…しかし、その“淫蕩の罪”…――本当に、そうなのかもしれないのです…。ある意味では本当に、僕は我知らず、叔父を誘ったのかもしれない……」
ふるり顔を横に振り――ユンファ殿は、そっとそのまぶたを閉ざすと、小さな声で更に。
「…というのも、お調べの結果…本当に僕は、その“鱗粉”の力が人より何倍も強いそうで…――するといわく人は…僕を見ると、無性に情欲が煽られるらしいのです……」
「……、…、…」
先ほどユンファ殿は、自分の魂を“淫蕩な魂”だと表現していた。――つまりこれ…この、人よりも強いその“鱗粉”の力のことを、彼は言っていたのか。
ユンファ殿はまぶたを閉ざしたまま、はぁ…と落胆したようなため息を吐くと。
「…僕本人に、人を誘っているつもりはありません…、しかしそんなことはなんら関係なく、人の目には――僕がその人のことを、みだりに、はしたなく誘っているようにしか、見えないそうで……」
「…………」
そしてユンファ殿は、薄目を開けた。
しかし俺は見ず、彼はぼんやりと下方を眺めている。
諦観を宿しているその美しい顔は、何か、もはや信じられぬほどに清廉な美しさがあった。
「…何の、因果やら…、僕は…もはや生まれ付いて、その強力な“鱗粉”という淫らな毒を…、その“淫蕩の罪”を、この魂に背負っている…――。」
「…………」
俺はユンファ殿の、その諦観の伏し目がちな白いまぶたを眺めながら――ひくり、立てた膝の上にのせている腕の先、その指先をひくつかせた。
「……ふふ…確かに僕のことを、みな美しい、美しいと褒められますが…、それこそジャスル様とて、僕のことをひと際美しいと思い、娶られたのかもしれませんが……」
ユンファ殿は寂しげに笑うと、目線を伏せたまま、伏せがちな顔のままで、その顔をふるふると小さく、横に振った。
「…そうではありません。間違っても僕が、特別に美しいというわけではないのです。――決してそうではなく…ただ、蝶の“鱗粉”を多く持っている僕が、その力によってひと際美しく、また肉欲を誘うように、淫らな人に見えているだけ……」
「…………」
ユンファ殿は、そこでゆっくりと立ち上がった。
…俺も着いて立ち上がる。――しかし彼は、もう俺の目を見てはくれぬ。…伏し目がちなままその人は、静かな声でこう続けた。
「…そうして僕は…あの小屋に閉じ込められました。そこに来る人の目も、できる限り見ないようにと努めておりましたが…――それでも、目も合わせず、ただじっとしているだけでも、淫らに誘っているといわれるのです…。しかし、だ か ら こ そ 僕以上に、この縁談にうってつけな者もおりません……」
「…………」
ユンファ殿は目線を伏せたまま、ふ…と少し笑った。
「…もうあと、三年あまりしか生きられぬ僕が――死ぬ前に、あの小屋から出られただけ…、よかったのです……」
「……、…は……」
俺はじわりとゆっくり、目を瞠った。
そして、ただじっと――その人の諦め顔を見つめ、…ややあって…息を呑んだ。
ユンファ殿は、俺の顔をちらりと一瞥する。…それから彼は目線をまた伏せ、儚く微笑んだ。
「僕はもう…来年には齢、二十七歳ともなります…――すなわち、もうあと三年…きっと、僕はもう三年あまりしか生きられない」
「……、…それは…、…」
ユンファ殿は、間近に迫っているらしい自らの死を、もうすでに重々覚悟しているのだろう。――怖がっているのではない。…ただひたすらに、そのやわくなった切れ長の目で彼は、寂しそうに微笑んでいるだけだ。
「………、…」
蝶族の命は――三十年。
…ユンファ殿はとてもうら若く、とても美しく見える。
そうであればこそ、俺はとても今彼が、二十六歳だとは意識していなかった。――いや、言われてみれば確かに、その年齢相応のお顔立ちとお姿だとは思うが、…今は秋。
つまり今年も、あと残すところ――この秋を越え、冬を越えれば…たちまち、みなが平等に年を取る。
そして、もちろんユンファ殿もまた――年を一つ取り、二十七歳となる。
ユンファ殿に残された時間は――あと、三年あまり。
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