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126 ひと際美しい毛糸を

                     冷え込みが厳しくなってきた、ある秋の終わりごろの日の昼――外は曇り、秋雨が降っていた。      その日にユンファ様は、珍しく自ら、俺に話しかけてきた――。     「…ソンジュ…頼みたいことがあります」    そう静かな声で、出入り口の扉に立つ俺のもとへとわざわざやって来てはそう。――俺はすぐさま「なんでしょう」と、少し期待して返答した。…俺の声は少し浮かれて、明るかった。  するとユンファ様は、虚ろな無表情でありながらも、俺の目を、その淡い紫色の目でじっと真剣に見ながら。   「…毛糸を、買ってきてくれないかな…」   「…毛糸を…?」    俺の反問に、コクリと頷くユンファ様は――そういえば近頃、編み物の本ばかり読んでいたか。    男娼のような扱いを受けてはいても、一応はジャスルの側室であるユンファ様はその実、生活の成りばかりはそれ相応なものを許されていた。…ジャスルは体裁を保つため、一応は他の側室と同様の扱いを、生活の面においてのみはユンファ様に与えていたのだ。    つまり、欲しいものがあればそれを買い与えてはもらえるのだが、彼はこれまで何が欲しいというのでもなく、ユンファ様が求めることといえばせいぜい、ただ本が読みたいと。――それだけであった。    しかしこの度は、毛糸を買ってきてくれ、と。  俺は近頃、編み物の指南書ばかり読んでいたユンファ様がそう求めてきたことに、さして驚きはない。――指南書を読み、暇つぶしに実際やってみよう、という気が起こるのは、至極当然のことといえるだろう。   「かしこまりました。――あーでは、…どのようなお色がよろしいですか」   「……、…」    何気なく俺がそう尋ねると、ユンファ様はハッと気まずそうに目線を伏せた。  何か逡巡したようにその赤い唇を震わせ、薄く開いては閉じ、開いては閉じ…――ややあって、彼は蚊の鳴くような小さな声で。   「…ぁ、…ジャスル様に、首巻きを贈ろうと思う…、しかし、僕はあまり、その…人好きするような綺麗な色は、あまりよくわからないから……」   「……、…はあ」    あのジャスルに、贈り物を。  白状すれば嫉妬した俺だが、何とか頷いてみせた。  ユンファ様は目線を伏せたまま、ポソポソと更に。   「…だから…ソンジュの目に、一際美しく映った色の毛糸を……」   「……ユンファ様、しかし、ジャスル様への贈り物であるなら、俺が好いた色ではならぬかと…。ジャスル様のお好きな色は…」    黄色だ、と言おうとした俺に、彼はピクンッと体を揺らすと、ふるふる…伏せたままの顔を横に振り、俺の言葉を遮った。   「ソンジュ…、いや、ならばソンジュの目にまず一番に映った色、…やはり、君が初めに目にした色の毛糸を……」   「………、…かし、こまりました…」      ()()()…などと、思うのは、あわや思い上がりだろうか――。            

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