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第1話
花の香りが風に運ばれて頬を撫でる。海風のしょっぱさが少しだけ恋しくなりながら、テオドールは帳簿と商品をゆっくりと、慎重に見比べた。
ここに来て一週間、倉庫の商品は数えきれないほどあるが、その光景にも段々と慣れつつある。
テオドールが港町の飲み屋から、王都の商会の倉庫管理に仕事を変えたのには訳がある。飲み屋の女主人、マチルダが彼を推薦したから。
初老だが背筋の伸びた隙のない彼女は昔は有名な娼婦だったらしい。彼女が構える飲み屋はそういう女性たちが給仕の大半を占めている。
数年前、流れ着いたテオドールを拾い給仕に育て上げた彼女の鶴の一声というべきか、金のために売られたというべきか。紹介料を弾むと提案された彼女はあっさりとテオドールを引き渡したのである。
テオドール自身も多少の驚きはあったが、抵抗感はなかった。むしろ一箇所に留まらない方が自分には都合がいい。それに色々な異国の商品を観れるのも密かな楽しみになっている。
「テオ、そこが終わったら休憩に行こう」
「ハンクの方はもう終わった?」
「あと少し。春だからか仕入れ人も気合が入ってるのかな。いつもより量が多い気がする」
全く肩がこるよ、と腕を回すハンクに苦笑いが漏れる。同じく管理係である彼は少し年上で、この職について数年が経っている。人懐っこく、よく話しかけて面倒を見てくれる彼にテオドールも早くに心を開いていた。
「それと、今日夜暇だったら飲みに行かない?こっち来て少し経つし、お祝いっちゃあなんだけどさ!他の部署に顔見知りがいるんだ、そいつらも一緒だけどどお?」
「そうなの?……邪魔じゃなければ、行きたいな」
「全然!そんなこと思う奴らじゃないしさ!じゃあ仕事終わったらそのまま行こ!奢ってもらえるし」
そっちが狙いまであるんだけどね、なんてウインクをするハンクに素直だなぁと笑みが溢れる。これも人付き合いだ。何よりいつも質素な食事をしてたこともあり楽しみになってきた。
仕事が終わり、ハンクと合流して向かった先は街の繁華街の一角だった。まだ日も落ちかけていないが活気があり、客引きが獲物を狙う目で往来の客を見定めている。
ついた店先には背の高い茶髪を短く切りそろえた三十半ばの男と、まだ青年と言えるほどの幼さを残した美しい男が立っていた。この人の中でも充分目を引く、不思議な男たちだ。
「レクター、アビゲイル!お待たせ!」
「おう、お疲れ!」
レクターと呼ばれた男は爽やかな笑みを浮かべて手を挙げる。対してアビゲイルという青年は興味なさそうな視線をこちらに向けた。
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