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初恋が叶った日、しかも押し倒された日
夢の続きの、都合のいい展開。
誰かが憐れんでくれるならそっくりぶん投げてしまいたい。
だってこんなのおかしいだろう。
長年片想いしてた奴から連絡がきて、久しぶりに顔を見せにいったら部屋に連れ込まれて──裸になれと迫られている。
「|絃史《いとし》、お願い」
「俺じゃなくてもさ……|路成《みちなり》なら」
「絃史がいい。絃史で確かめさせて」
こちらの方が一回りもデカくてガタイもいいが、眼差しの強さに呑まれそうになる。
狙いを定めた男は甘くも鋭く絃史を射貫いた。抗わずに従いたくなっていた。思いつきでも、遊びでも、本気にしたい。
二人きりの家、路成の部屋に入ると淡々と説明が始まって大混乱に陥った
『人を好きになれる自信がない』
──俺は、いつもお前が過って駄目になる。
『誰かに触られるのが気持ち悪い』
──可愛い顔してるし苦労してそうだもんな。
『でも絃史なら平気そうだし確かめてみたい。裸になって』
──何でそうも飛躍した!
目の前にいるのは同じ学校に通ったことがない幼馴染み未満。
間合いを詰められて|是喜《これよし》絃史は後退る。
最後に会ったのは中学生の時だ。細くて白こかった手足は均整の取れた男の体躯になり、不合格確定者を実験台にする意味を測りかねた。『絃史なら平気そう』と言われても根拠が不明過ぎている。
こちらはとっくに開き直り、風の噂で|相楽《さがら》路成が結婚したと聞いて落ち込む誓いを立てていたのだ。
想像を膨らませていた姿より綺麗になった、同学年とは信じられない程洗練されている風貌。光を透かした淡い栗色の髪、大きな瞳、小さな唇。
記憶の中の路成がそのまま二〇歳になっていたことに安心して──にじり寄られて冷や汗を掻く。
「絃史も恋人いないし、俺が変なとこ行くよりマシでしょ」
人の良心に付け込んで潔く上半身を露出させる。目を覆ったが、けれども健全で正直者である絃史は隙間を作って見てしまっていた。
日に焼けていない艶めかしい白い肌、薄い腹。心臓の音が脳内で反響して急速に熱を宿す不肖の男性器。
「上だけ脱いでもらえればいいから」
「みぃちゃん、やめようよ……」
「絃ちゃん、早く。寒い」
「だぁーもうくっそ! やりゃいいんだろ?! 後悔すんなよ!!」
近所で有名な〝相楽さんのお宅〟に行くのに悩みに悩んだ服をインナーごと放り投げる。自棄になってベッドマットを軋ませると、僅かに、ほんの僅かに、路成の頬が緩んだ。
このささやかな変化に昔から弱い。追ってベッドに乗り上げる好きな子に生唾を呑んでいる。
「緊張してる」
「お前ちゃんと食ってんのかよ……?」
「普通だよ。胸板厚いね。今もスポーツやってんの?」
「ランニングと筋トレだけ……」
「男の身体だ。最後に会ったのって絃史が買い食いしてた時だから、中二年の時だよね」
「……なあっ、もういいだろ?」
「まだ──」
いちいちエロい吐息付きで話さないでほしい。
触られる前から反応してるのに、二の腕、鎖骨、胸部と艶めかしい右手が下げられていくと息が上がってしまう。
「熱くなってる」
「みぃちゃん……おれ」
「困るとそう呼ぶね。みぃちゃんに触られて感じてるよ」
幼稚園入学前に出会った。
しかし有名な私立小学校に進んだ路成と地域の公立校に通った絃史は次第に疎遠になっていった。
だが、幼かった絃史は可憐で守りたくなる華奢なみぃちゃんに一目惚れして、男や女を意識するよりも前に相楽路成とそれ以外に決めてしまった。
成人を迎えてしまった初恋。終わりを求めている長患い。
「あぅ……っ」
「ドキドキしてる」
密着する胸部から激しい鼓動が伝わった。
真っ平らなのが興奮する。人数合わせの合コンで女子の谷間を眺めても何ともなかったのに一点に血が集中して完勃ち寸前だ。
「離れろ路成……」
「嫌だ。──絃史」
「みぃ……? なっ、おい!!」
「好きだよ、おばかな絃ちゃん」
乳首を触られて油断した隙に押し倒されて、挙げ句に唇を奪われる。
理想とは違うが夢だと思い込んだまま夢精したい。抵抗の隙すら与えられない早業に為す術もなかった。
路成への逐年の恋心に懸けて、服越しに当たる勃起した性器も否定したいが、体温を感じて冷静でいられる半端な想いならここまで抱えてこなかった。
捕食するように頭部を押さえられているのに二回目のキスも重ねるだけで舌は入ってこない。
「見るなぁ……!」
「体温上げ過ぎ。倒れないでよ」
あんなに控えめで清純だった路成は、人を騙して襲い掛かる悪漢だった。
拒絶したい現実でも恋心が囁いている。このまま流されてもいいと唆すのだ。
「みちな……ぁ」
「絃史、そんなんで大丈夫? 俺抱かれる方だよ。突っ込まれる方だけど」
「は? え? おま、そっち……? は? あんっ……バッカ触んな!!」
怒張を撫でる路成は、やはり淡泊な顔つきに差し色のような喜びを浮かべている。
互いに関わりのない世界に身を置いて違う人間関係を築いてきた。会えない時間で煮詰まった欲情、愚直な劣情、我慢しきれないで暴発しそうだ。
「俺はどっちでもいいけど絃史は抱きたいでしょ。これ、俺のナカに挿入れたいだろ? 大好きなみぃちゃんが泣きながら縋ってるとこ──見たいんだ? 想像したらデカくなってる」
「お前っ……そうやって何人も誘ってきたのかよ!」
「初めてだけど」
「嘘だ」
「嘘言ってもしょうがないじゃん。絃史が貰えるなら俺は一生童貞でいいし、絃史じゃないならセックスなんてする意味ない」
多感な時期に自主研究していた絃史は男同士のやり方を概ね知っている。一般的に体格や対外的性格だけならどちらが抱く側かも把握している。
けれど明らかに食われかけているのは絃史の方だ。
乗っかられている今、路成の言葉を鵜呑みにしたら大火傷の大惨事。
「待ってくれ! 俺が……、いれ…られたいって……言ったら」
「言わないよ。肛門指でほじくられるより俺のケツ穴にチンコ挿入れて腰振りたいでしょ」
「俺のみぃちゃんはそんなこと言わねえ! あぁあんっ──うごかすっ……駄目、だよみぃちゃっ……握るな、扱くなあ……っ!」
「みぃちゃんがこんなんで、ごめん」
「ごめん、じゃねぇけどっ──俺の、知ってる……みぃちゃんはぁ! んぁあっ、こんな、馬鹿なことっ──ああぁああんっ!」
「強引でもきっかけ作るしかなかった。諦められたら困る。嫌だ、そんなの」
「みぃ、みぃ……あっ、ぁあっ」
「絃史は今日のこと忘れられないね。俺が好きで苦しむよ。今なら絃ちゃんがしたいようにさせてあげる。服の上からじゃ、俺が足りない」
独占欲を隠さないキスをしかけられる。
長い睫毛が重なるとなり得た筈の未来を引っ剥がしたくなる。『こいつは俺のだ』と周囲に主張したくなった。
結婚式当日の人攫いよりもハッピーウェディングがいい。
「お前いつから知ってたんだよ……」
「最初から。会った日に告ってきたじゃん」
やめろ触るなチンコと思い出。
『みぃちゃん好きだよ! また会えるよね?』と頬にキスしたのを未だに家族に揶揄われている絃史である。
相楽路成は高嶺の花だ。
芸能人への憧れに類似させるような重くてお気楽な恋にしたのに、胸部を合わせて陰茎を弄ばれる関係性になろうとは──可能性がある今、諦める選択肢を全力で投擲する気満々になってしまった。
無謀な初恋だったのに本当にどうしてこうなった。
「直接触るよ」
「ひぃゃあっ!? ちょ、おま、やっぱ慣れてっ──あぁああっ! 出る、マジで出る! 出ちゃうからっ」
ベルトを外してファスナーを下ろすまでが早過ぎる。これで一生童貞なのは人類の損失だ。抱かれたい女は──男だって、大勢いるのに貰い受けるのは是喜絃史のみ。大興奮するの男の性だ。
耳裏を撫でられると腰を浮かせて自分の感度に吃驚した。
「絃ちゃん。俺を見て」
「あぁあんっ、あ、あぁあん! やあんっ──あっ、あぁあ……っ!」
追い立てる手つきに反して唇は拙かった。
『男だし童貞でもチンコ触るのは上手いか……』などと納得してしまったら歯止めが利かない。
超が付く優等生でも初めてなら下手でいい。
そうじゃないとイかされる方も堪らない。
路成の手が亀頭を撫でて裏筋を刺激し絶妙な締め付けで扱いてくる。翻弄されるまま絃史は甘ったるい嬌声を上げっぱなしで抱き付いていた。
「絃史の精通俺だったでしょ。小四の時」
「何で知って──あ、あっ、あんっ、みぃちゃ、みぃ、みぃちゃん!!」
「絃ちゃん、好きだよ絃ちゃん。俺のこと考えて──イって?」
「みぃ、みぃちゃっ、みぃちゃん……! ぁぁ、あっ、ああ……っ!!」
頭を真っ白にされて、路成に全部を上書きされていく。
イかされた。
幼馴染みみたいな奴に騙し討ちされて乗っかられて、挿入れてもないのにイかされた。
路成は放心状態の絃史から名残惜しげに下りて白濁で汚れた手を拭き、甲斐甲斐しく絃史の涎で濡れた口元やあられもない股間を清めていく。しかも新品であろう下着に履き替えさせる尽くしようだった。
「お前マジかよ……それでネコ志望ってマジかよ!!」
「絃史がしたい方やるって言ってるじゃん。どっちか決めて」
身を起こすと路成が詰め寄って来る。
少しだけ、ほんの少しだけ恥ずかしそうに目を伏せていた。
「俺は絃史がしたい方する。多分どっちも出来る……けど」
「俺も……突っ込まれんのは考えられねぇ……」
「触った?」
「触ったよ!! みぃちゃんでも……本気で無理だ」
「相思相愛の恋人だね、俺達」
「俺でいいのかよ──ぁあんっ、ぉまっ、あん! ぜってぇ、んんうっ! 泣かす──!」
細くない肩を引き剥がしたが、何が何でも押すとばかりに膝の上に座り直して全身を預けてくるし、ついでとばかりに乳首と過敏なペニスを撫でてくる。また下着を汚すだろう。
路成は相当な手練だ、でも処女で童貞で、絃史の初めての恋人。
「俺、トイレ行って抜いて来る。絃史も帰る支度しといて。今日は準備してないから最後まで出来ないし」
あっけらかんと言い放ったが、隆起している部分を隠そうと足早に出て行こうとするのに勘付いた。
賢くはないが直感が働く絃史は半裸のまま追い駆ける。
「路成! このきっかけはどうかと思う……思うけど! こっち向け!!」
「うるさい……、向いた」
「言うの遅くなった。好き……です。俺と、付き合って……ください!!」
徐々にか細くなっていく情けない告白に間近にある瞳が輝いた。
愛しかった。何もかも、今はそれだけでいい気がしている。
お互い半裸だし路成に至っては下着に染みを付けているパン一だが、惚れ抜いている男がときめいているなら何だってよかった。
「何で丁寧語?」
「知らねーよ! プロポーズって大体そうじゃん」
「気早くない? ……プロポーズなんて、絃ちゃんから出来る?」
「出来る」
「まあ、ここは立派だし──後の処理、自分でやれよ」
「もうお前っ──好きだぞバカヤロー……!!」
収めようにも収まらない昂り。
絃史は出会ったばかりの路成を思い出し、ピュアな自分を振り返り、罪悪感で萎ませることに成功した。
けれども成就した初恋は暴走する。
涼しい顔で戻って来た路成に復活力は目覚ましく、絃史は恋人にじっくり観察されながら自慰をする羽目になるのだった。
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