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act:忍び寄る影2

「ちょっ、なにするの!?」  俺から逃れるように腕を引っ込めたリコちゃんは、びっくり眼で手首に見入る。彼氏は俺らの様子をポカンとしたまま眺めるだけで、言葉すら発することがなかった。  だからあえて、こちらからアクセスする。 「カレシさん知ってる? キスする場所には、深い意味があるんだよ。唇は愛情、首筋は執着、そして手首はなんだと思う?」  自分の手首をぷらぷらさせながら、彼氏に視線を注いで質問を投げかけた。 「すみません。そういった雑学的知識は、自分はさっぱりなもので」  残念なセリフに反応するように、ニッコリほほ笑んで答える。 「答えは欲望だよ。いずれアナタから、リコちゃんを奪っちゃうからさ」  彼氏の唇が開きかけた刹那、リコちゃんが怒った表情のまま一歩前に進んで俺に近づき、声を張りあげる。 「勝手なことを言わないで! 私は克巳さんと別れるつもりはないし、見ず知らずの礼儀のない人と、付き合うワケがない!」  わざわざ俺に近寄ってくれたことが嬉しくて笑いかけたら、リコちゃんは怒りに目を血走らせた。 (ここは俺を優位に見せる場面。痛いところをここぞとばかりに突いて、彼氏の立場を失脚してもらおうか)  怒り心頭を露わにするリコちゃんから視線を逸らし、彼氏に向かって口を開く。 「その見ず知らずの礼儀のない人からぁ、大事な彼女の手首にキスマークを堂々と付けられてぇ、ぼんやりしてるカレシって、いったいなんだろうって、俺は思うけどねぇ」 「……なっ!?」  俺から現状を指摘された彼氏は、悔しさを滲ませた顔面を隠すように、がっくりと俯いた。  モデルの俺よりも背が高いゆえに目立ってしまうせいで、俯いたところで第三者からは感情が見て取れてしまうことに、気づいていないらしい。リコちゃんは哀れな彼氏を、気遣う感じで寄り添う。  肩まで伸びた長い髪をかきあげながら、会心の笑みを湛えて彼氏に声をかける。 「せいぜい、しっかり者のリコちゃんに慰めてもらえよ優男」  現れたとき同様にサングラスをかけて、わざと彼氏にぶつかり、颯爽と通り過ぎてやった。 「克巳さん大丈夫? なんかいきなりの展開で、隙を見せてしまった私が悪いの」 「いや……彼の言う通りだよ。俺がしっかりしていなかったのが悪かったと思う。今度彼が来たら、きちんと話し合うから安心して」  わざとゆっくり歩いていたら、ふたりの会話が背後から聞こえた。遠慮なくそれを使わせてもらおうと、今後の計画を立てる。  無様な彼氏の姿をリコちゃんに見せつけたことに成功した次は、どんなものが効果的だろうかと、考えを巡らせるのが楽しくて仕方なかった。
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