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歩み寄り6

 うっかりコーヒー豆を切らしそうになって買い物のついでにコーヒー豆を買いに行こうと思って陸さんに声をかけたら車を出してくれると言われた。そんなことは初めてだからびっくりしたけれど、そう提案してくれたことが嬉しくて僕の顔はニヤけていなかっただろうか。  陸さんの実家で出されるコーヒーが美味しかったので、一緒に住むようになってからコーヒーは拘って買っていた。  買いに行くお店はカフェとしても営業しているので、店内で気に入った豆を買って帰ることができるので、実家にいたときはたまに出かけていた。うちは家族全員コーヒー党なので僕が買ってくるそのお店のコーヒー豆が美味しいので通販で買ったりもしていた。  だから結婚してからもためらわずにそのお店の豆を買うことにしていた。何しろ実家からよりもここの方がお店に近いし。だからいつもは平日に買いに行っていた。でも、今回はうっかりしてしまって今日飲んでしまったら明日の朝の分が足りるか足りないかになってしまったから、今日行くことにしたのだ。  陸さんは毎朝、コーヒーを飲んで仕事に行く。だから、そのコーヒーを切らしてしまうとかあり得ない。僕が陸さんに出来ることの数少ないうちのひとつなんだから。  だから週末なのに買いに行くんだけれど、まさか陸さんが車を出してくれるとは思わなかったのだ。  陸さんの車! 陸さんが免許を持っているのは知っているし、だからハワイでは運転していた。だからきっと車だって持っているだろうなとは思っていた。  普段は寺岡さんの運転する車で通勤しているけれど、きっと休日は運転するだろうとも考えていた。でも、車という陸さんのテリトリーに入らせて貰えるなんて思わなかった。だから、すごく嬉しいんだ。  マンションの地下駐車場に降りて陸さんが鍵を開けた車はポルシェだった。そうだよね。陸さんみたいな人が乗るんだから、一般的によく見かけるような国産の軽自動車なんかじゃないよね。  僕は車には明るくないのでよくわからないけれど、流線型のフロントマスクはとても高そうだ。それでも陸さんにはぴったりだと思う。切れ長の目で、クール系の陸さんにはSUVよりもこういった形の車の方が似合うと思う。  その車に陸さんが乗るのはいい。だって陸さんの車だし。でも、僕が乗ってもいいんだろうか。お洒落な車で、陸さんのプライベートなテリトリー。そこに僕みたいな普通の人が乗ってもいいのか迷う。でも、ここで乗りませんとは言えないし、覚悟を決めて乗るしかない。でも、どこに乗ればいい? 後部座席? 助手席? いや、さすがに助手席は厚かましいよね。僕がそうやって悩んでいると、陸さんは助手席のドアを開けた。え? 自分が乗る前に開けちゃうの? そんなエスコート、紳士だよ。もう、あまりのことに僕は倒れそうだったけど、気をしっかり持って恐る恐る助手席に乗った。 「道はわかるか?」 「ここからの道はわからないけど、向こうの駅からはわかります」 「向こうの駅からか。住所……なんてわからないか」 「住所なら」  カバンの中からスマホを取りだし、店名を入力すると住所がでてきた。 「あの、ここです」  僕がスマホを見せると陸さんはカーナビに住所を入力した。 「ここからならそんなに遠くないな」  そうなんだ。確かに電車でもちょっと距離はあるけれど、それでも一駅で着くんだから車でもそうなんだ。車に乗らない僕にはよくわからなかった。  でも、そんなに距離がないのなら、ゆっくりドライブ気分を味わうことはできないんだなと思う。いや、ドライブなんて思うのがおこがましいか。それでも陸さんの運転する車に乗るなんて今後ないだろうから、少しでも時間かかればいいなと思ってしまった。

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