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第14話 滅亡の悪魔アンドラス

 心臓が、ドクリと跳ねた。  苦しくて息が詰まる。胸の中に手を突っ込まれて、心臓を握り潰されているような苦しさだ。  鼓動が、さっきよりずっと早く走る。 (なんだ、急に。なにが、起きて……)  遠くから、知らない声が近付いた。 『その男を覚醒させろ。魔性の実の能力で従え、『神実』から守護者を奪え』  知らない声が、命令する。  その声には従うべきだと、リリムの中の何かが教える。 (僕に命令するのは、誰だ。シェーンは、『五感の護り』(イヤーズ)は、『神実』であるカロン=ラインを守る守護者だ)  小さかった声が、更に近付いた。   『我はお前と共に在る者。人に闇の魔術を授けた、滅亡の悪魔アンドラス。この世界を壊す存在。お前に魔性の実『魔実』を与えた悪魔だ』  リリム夜神は、ぼんやり思い出した。 『魅惑の果実』の中で、リリムを悪に染めるために誘惑する悪魔がいた。甘言にほだされたリリムは、あっさり悪魔に心を許す。  何度も頭と体を乗っ取られそうになっていたから、最後はきっと悪魔に喰われるんだと、が話していた。 『これ絶対、ラストでリリム闇堕ちするよね。リリムが闇堕ちしたら、ラスボス確定だよね』  最新話を読んだクラスメイトの彼が、興奮気味に話していた。  物語が終盤に差し掛かっていたから、最後がどんな展開になるのかを予測して話し合う機会が多かった。  あの言葉を聞いて、悪役令息リリムは闇堕ちラスボスになると記憶した。 (闇堕ちとは、悪魔に喰われることか。だったら僕は、悪魔に喰われて、ラスボスになるのか?)  だとしたら、受け入れ難い。  思考を乗っ取られては、自分の力で理想に近づけない。  リリムはリリムのまま、華麗に散るのが夜神の理想だ。 (物語は終盤に差し掛かったばかりだった。リリムは、どうなっていたのだったか)  巧く思い出せないが、どうでもいい気がした。 (僕の理想を貫くなら、悪魔に乗っ取られるのは困る。故に、お前の介入を拒絶する。シェーンは覚醒させない) 『何故だ? 魔性の実の力で覚醒させれば、『五感の護り』は無条件にお前を愛し守る存在となる。力を得て、人を操れ』  悪魔の言葉が、甘く響く。  とても魅力的だと、頭の中の何かが囁く。 (必要ない。『五感の護り』は『神実』と共に在るべきだ。僕の守護者になる必要はない)  ぴしゃりと撥ね退けた。 『お前にとり、豊穣と平和の象徴である『神実』は滅ぼすべき敵だ。殺したいのだろう? ならば、自分を守る兵隊を作れ。心を縛り、思考を奪い、お前だけを愛する人形を作れ。使い勝手の良い駒ができる』 (それを作り出すのが魔性の実『魔実』か。だからリリムは、覚醒を拒んだのだな)  だとしたら、幼少のリリムは中々に見所がある。  夜神好みの性格だ。 (一つ、聞きたい。アンドラスとやら。お前は僕に、何をさせたい?) 『この世界を滅亡に追いやれ。総てを壊し潰し、無に帰せ。総ては世界を美しく作り替えるための準備だ』 (作り変える? 何故?) 『この世界は汚れ過ぎた。汚したのは人間だ。人間を排除して、新しい理想の世界を作る。人がいない、住み良い世界を作る』 (人間の僕に、それをさせるのか?) 『我と同化すれば、お前は悪魔になれる。人を超越した存在となり、新しき世の王となれ』 (王になりたいとは思わないが。人間が世界を汚すというのは、理解できる。総てを作り直したいお前の気持ちも、わからなくはない) 『なれば、我を受け入れよ。我の力を貸してやろう』 (いや、要らない。頭と体を乗っ取られるのは困るし、僕がなりたいのは新世界の王じゃない。華麗に倒されるラスボスだ。だから、魔性の実も要らない。返したいんだが、どうすればいい?)  悪魔アンドラスが、沈黙した。 (強く拒否すれば、返せるか? こう……、体の外に魔力で押し出すようなイメージで) 『待て! 待て待て待て! 本当に排除しようとするな。人間が果実を放棄だと? 信じられん。しかも自分の意志で体から押し出そうとするとは、何者だ、お前……』  アンドラスが慌てているので、とりあえずリリム夜神は魔力の放出を止めた。 『悪魔の力が要らないのか? 他者を好きなように操り、世界を自由にできる力が、必要ないと?』 (くどいな。要らないと言っている。信頼も実力も自分の力で勝ち得なければ、面白くない。過程がなく結果だけが手に入って、何が楽しいんだ。馬鹿なのか?)  努力や研鑽を詰んで、付いて来た実力は結果であり、それこそが報酬だ。  報酬を得るまでに考えたり動いたりするのが、ゲームのようで楽しい。  楽しい部分を丸ごと削ぎ落して、景品だけを手に入れても空しいだけだ。 『お前、悪役には向いていないな。リリム=ヴァンベルムは、もっと悪魔寄りな人間だったはずだが。どうしてこうなった。聞いていたのと違い過ぎる……』  そんなものは、夜神のほうが知りたい。  穴に落ちて、気が付いたらリリムになっていた。  とりあえず悪魔も落胆しているようだし、あまり責めても可哀想だ。 (僕は、僕が理想とする純然たる悪になるため、努力する。お前の方法は僕の理想にそぐわない。だから、魔性の実は返す)  魔力で果実を押し出そうとする。  思ったより簡単に体の外に出せそうだ。 『だから、待てって! わかった、わかったから、とりあえず待て。お前の理想に沿うように魔性の実を使えばいいだろう。ていうか、そういう果実にしてあげるから! 吐き出すな、捨てるな、貴重なんだから、それ! 頼むから、やめて!』 (理想に沿うように、使えるのか? 僕が果実を吐き出すと、お前は困るのか?) 『困るも何も、一度、人の体に入った果実が外に出ると、消失して二度と再現できない。それは継承していく果実だ。『魔実』が消えれば『神実』も消える。神が造った『神実』と悪魔が作った『魔実』は対を成す果実だ。勝手に消したら、神様に叱られる』 (叱られるのか……)  なんだか可哀想になったので、リリム夜神は果実を体の中に留めた。 (継承か。次に引き継ぐまで、僕が持っていないといけないんだな。ならば仕方がない)  アンドラスが安堵の息を吐いた気配がした。  脳に語り掛けているせいか、心情がありありと伝わってくる。 (それで、僕の理想に見合う使い方とは、どうすればいいんだ? 僕は信頼も無しに人に好かれたいとも、努力も無しに力を得たいとも、思わないが) 『だから、『魔実』と『神実』は対を成す果実だと教えただろう。『魔実』を持つお前が助力してやれば、『神実』を持つ者は強くなる。鍛えてやればいいだろう』  アンドラスが吐き捨てた。  やけになっている感じだ。 (僕が力を貸せば、カロンは強くなるんだな。ならば僕が理想の主人公に育てよう)  良い話を聞けた。  主人公カロン=ラインにも成長してもらわねばならない。  最強のラスボスを倒すための最強の主人公になってもらわねばならない。 (ん? そうすると僕は、どうやってラスボスになればいいんだろうか?)  リリム夜神がカロンを育てたら、リリムはどのタイミングでどうやって悪役になるのだろう。 (確か、小説の中では倒さねばならない魔窟の竜とかいうのが、いたような) 『あぁ、竜な。人にとっては、害よな。世界を壊すために我が作った人形な』  言葉が、かなり投げやりになってきている。  滅亡を望むほど強い悪魔なのだから、もう少し品性を持って欲しいが、悪魔だから品性がないのだろうか。 (竜は、アンドラスが作ったのか。じゃぁ、最終的に主人公はアンドラスを倒さないといけないのか? アンドラスが世界を壊すんだろう? 僕はアンドラスの味方になればいいのか?) 『最初から、そう言ってんじゃん! けど、そう簡単な話でもないっていうか。本当に世界を消したいのは、我じゃないっていうか。まぁ、いいや。今度ゆっくり話そうよ。聞いてたのと違うけど、ある意味リリムって面白いし、悪魔的には好みだから、じっくり色々教えるよ』  話し方が、かなりラフになった。  我、とか言ってる一人称が面白く聞こえる。 (一先ず『魔実』は、僕が望まない力を発揮したりは、しないんだな?) 『しないっつーか、できないね。『魔実』を造った我より、リリムのほうが意志が強いもん。好きなように使いなよ。リリムが望むように使えるから』  態度が、どんどん投げやりになっていく。  ちょっとイラっとした。 『あのさ、苛々されても困るから。こっちだって、最初からずっと魅了の魔法使ってんのにさ、リリム無反応だしさ。普通なら今頃リリムの意識も体も、我の奴隷なのにさ、全然靡かないしさ。正直、気持ちとしては泣きたいよね。だから好きにしろっつってんの』  アンドラスが、今度は怒り出した。  悪魔とは感情の起伏が激しい存在らしい。 (少し巧くいかない程度で投げやりになるのは、良くない。今後も付き合うから、僕に色々試してみたらいいと思う) 『え? 付き合ってくれんの?』 (ゆっくり色々、教えてくれるんだろう。僕もアンドラスと話がしてみたい) 『マジか! 思ったより優しいじゃん! 我とは『魔実』を通して話せるから、話したい時に声掛けてくれたらいいよ! 我も話しかけるから』  急に嬉々として明るくなった。  機嫌は直ったらしい。 (わかった。聞きたい話がある時は、声を掛ける。今はシェーンと話している途中だから、また今度だ) 『そうだったね。シェーンは適当に覚醒させときなよ。その方が後々、楽だから。リリムが望まなきゃ魅了にもならない、つーか、既に魅了みたいなもんだけど』 (どういう意味だ? 覚醒は、カロンじゃなくていいのか? 楽とは、どうしてだ?) 『もうほとんど覚醒しているから今更、我慢しても無意味って意味だよ』 (我慢? 僕は別に、我慢してはいないんだが) 『リリムじゃなくて、シェーンがね。ぶっちゃけ、今のシェーンを誰が覚醒させようと、大差ないよ。とりあえず我、色々準備したいし、帰るから。じゃぁね、またね、リリム。近いうちに会いに行くね』  頭の中から悪魔の気配が消えた。 (シェーンが、我慢? 今のままにしておく方が、害なのか?)  急にシェーンが心配になった。  リリムはシェーンがいる方に、意識を浮上させた。

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