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第1話

「あん!」  真っ白な子犬のひと鳴きに、花巻《はなまき》璃斗《りと》の顔がふにゃりと崩れた。 「かわいい~」 「だろ? にいちゃん、いいだろ? 飼っても」 「!」  しっかり抱っこしている弟の真二郎《しんじろう》の口調は、とても人に質問しているという感じではない。  だが、璃斗は真二郎の口から出た〝にいちゃん〟という言葉に驚愕のあまり体がピンと尖った。  現在九歳の、血のつながらない弟とは正直なところ、はっきり言って良好な関係ではなかったからだ。  いくら友好的に接しようとしても、目も合わさないし、口もきかない。言うこともきかなかった。そもそも一緒にいてくれない。  だが、去年、両親が事故で亡くなってからは、璃斗しか頼る者がいないと理解してか、ほんの少し態度が軟化した。  ほんの少しとは、璃斗が言ったこと、頼んだことに従うことだ。風呂に入るとか、宿題をするとか。ただし、返事はない。  璃斗は母親を喪った悲しみにふさぎ込んでいるのだと思い、必要以上に近づかず、かまわず、で通していた。安全でさえあればいいと思って。  それが、璃斗のことを〝にいちゃん〟と呼び、目力強く言ってくるのだから、よほどこの子犬が飼いたいのだろう。 (めちゃくちゃ嫌われてたのに! 嬉しい!)  感動でちょっとおかしくなりそうだが、ここは我慢。冷静に徹して落ち着いてやりとりしなければ。 「どこで拾ったの? この子犬」 「神社」 「神社って、学校近くの尊狼《そんろう》神社?」  うん、と頷く。それから子犬をぎゅっと抱きしめ、璃斗をじっと見つめる。 「このあたりに野良犬がいるなんて聞いたことがないなぁ。誰かが捨てたのか、逃げたのか」 「飼っていいだろ?」  璃斗はその願いに「うーん」と唸った。 「飼うのはいいけど、もし、どこかの家に飼われていたら、今頃探しているかもしれない。飼い主が見つかったら、返さないといけないけど、約束できる?」 「えーー」 「勝手に飼ったら窃盗で捕まっちゃうんだ」  真二郎が口を尖らせる。 「保護犬として今は預かる。その間に、然るべき対応する」 「然るべき対応? なに、それ?」 「近所に迷い犬のことを知らせて飼い主を探すんだよ。あとは、警察に拾得物の届け出をするとか」 「飼い主が見つかったら……」 「今も言ったように、返さないといけない」  途端に真二郎の顔が暗く萎んだ。 「勝手にうちの子にして、訴えられたら困るでしょ」 「…………」 「飼い主がいるかどうかは別として、もしこの子がママと過ごしていたら、ママ犬は困ってるかもしれないよ?」  すると真二郎がパッと顔を上げた。 「大切な自分の子どもがいなくなってしまったとしたら、悲しんでると思う。だからちゃんと探そう。で、見つからなかったら、うちで育てよう」 「うん!」

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