26 / 37
第26話
「ああ」
高須の同意を受け、ポケットからスマートフォンを取り出す。展開して日時を確認すると、六日が経っている。
(どういうこと? 向こうに行っていたのは二日半くらいだ。それで一週間って……)
考えても答えは一つしか思い当たらない。
(向こうの一日はこっちの約三日ってこと? もしかして……今朝、学校に行った真二郎がすぐに帰ってきたのは、これが原因?)
心臓がよくない意味でドクドクと打つ。
息苦しい。
反射的に手を喉元にやっていた。
うつむき加減になって考え込んでいる璃斗の肩を、高須がグイッと押した。
「人の話、聞いてんのか?」
「あ、ごめん」
「あのガキも一緒だったんだろ? 二人で転がり込めるくらい親しいのかよ」
「……まぁ」
「もしかして、そこに弟を預けるとかか?」
璃斗が首を傾げる。だが相手は高須だ。ポジティブな意味ではないだろう。
「預けるって、どういう意味?」
声に不信感が籠もり、トーンが低くなった。だが、それに高須が気づいた様子もなかった。
「言葉通りだ。いい加減、赤の他人のガキなんて、専門の施設に入れちまったほうがいい。お前は自分でなんとかなると思ってるんだろうが、餅は餅屋なんだ。専門家のもとで育ったほうがガキにもいいんだよ」
痛い。だが、負けられない。
「真二郎は僕の弟だ。血がつながっていようがいまいが、関係ない。前にもそう言ったはずだ。戸籍上、僕らはれっきとした兄弟だよ。両親はちゃんとそれぞれに養子縁組をして、相続に関してもしっかり対応している。どういうつもりでそんなことを言うのか知らないけど、僕らを裂くような言い方はお願いだからやめてほしい」
「俺は邪魔だろうから言ってやってるんだ」
「だから、そういうの不要なんだってば。僕らのことは僕らでやっていくことなんだから」
そこまで言って璃斗は口を噤んだ。高須がものすごい目で睨んでいる。足元から恐怖が湧いて、這い上がってくるような錯覚が起こった。
「お前はあのガキのことになると、俺にたてつくよな。自分のことならだんまりなのに」
「それは……」
それは君の体格が大きくて怖くて、商店街の会長の家の子だから――言葉は浮かぶがとても口に出しては言えない。
「あのガキは俺にとっても邪魔なんだ」
「……どういう意味?」
「黙れ。けっ、おとなしくて従順だから目をかけてやっていたのによ」
そのことも知っている。いたずらや悪さの実行犯に命じられることはなかった。だが、使いっぱしりはずいぶんさせられたし、アリバイ工作のために嘘を言わされるなんて数知れなかった。だから高校に行くまで高須の舎弟みたいに見られていたのだ。
それでもここで弁当屋を続けている限り、縁が切れることはない。その覚悟はしているけれど、幼い真二郎に関してだけは譲れない。
「僕にとって真二郎は大切な家族なんだ。高須君がなんでそんなに真二郎を邪魔だと思うのかわからないけど、そっとしておいてほしい。それに今回の外出は、真二郎をどうするかじゃなくて、純粋に招待されたからお邪魔しただけなんだ」
「大事な店を休んでもか? どこのどいつだ」
「誰だっていいじゃないか。それこそ君には関係ないことだろう?」
「あの時、ここにいた髪の長い男じゃないのかよ」
璃斗の目に、え、という驚きの色が浮かぶ。
「隙間から見えてたからな。和装の男」
「…………」
「お前、妙にデレデレしてたよな」
「デ……! ちょっとそんな言い方――いたっ」
否定しようとした矢先にいきなりひっぱたかれた。
「なにす――」
頬を押さえて高須に文句を言おうとして息を詰める。面前にいる高須の顔が鬼のようなおそろしい形相になっているので璃斗は目を瞠った。
「あの野郎とどういう関係なんだ!」
「…………」
「答えろ!」
なにをこんなに激高しているのだろう――頭の端でそう思うが、恐怖で体が硬直し、喉が震えて声が出ない。と同時に、逃げたいという衝動が起こってもまったく動けなかった。
「璃斗!」
「あ、あの――ひっ」
襟首を掴まれ、ものすごい力で引き寄せられる。怒《いか》った高須の面がすぐそこに迫り、悲鳴が漏れた。
膝が笑っている。体を支えらえなくなり、腰から落ちる。体重が高須の両腕にかかったことで、二人はそのまま床に倒れ込んだ。
「あいつに惚れてんのか!? あいつの家に転がり込んでいたのか!?」
高須は馬乗りの状態で、璃斗の襟を掴んだまま揺さぶる。
「……や、め」
「ぅらぁああっ!! 答えろ! 璃斗!!」
前後に激しく揺すられ、頭の中が真っ白になった。
幼い頃、高須に殴られて転び、馬乗りにされて顔を何度か叩かれたことがある。高須の勘違いによる人間違いだったのだが、この出来事がトラウマになって璃斗はどうにも高須が怖くて歯向かえない。その時のことが蘇って、ますます璃斗から言葉を奪った。
「あのヤロウ、どこのどいつだ!」
「…………」
ガクガクと揺すられて、璃斗の意識は完全にシャットダウンしてしまった。
ともだちにシェアしよう!

