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第7話 両親の今

 孤児院のある丘を下り、北へと続く道を駆けていく。  何も変わらない、見慣れた景色のはずだ。  しかし、薄い膜が張っているように、現実離れしているように見えるのは、非日常に引き摺り込まれているからだろう。  現実逃避をしたくても、強い風がそれを許さないと言わんばかりに髪を乱していく。  どうしても意識してしまうのは、ライリーを腕で囲うようにしてダイアナの手綱を握るユリウスのことだ。  騎乗する時に偉ぶっているだけの男ではないとわかり、また、勘違いでなければ優しくされた。  しかし、だからといって、ユリウスの好感度が上がるわけもない。  王都に着くまで彼と馬上で二人というのは何の修行なのか。  最悪の状況にライリーは目眩を覚えたが、そんなことは関係ないとばかりにダイアナは軽快に走っている。  道の両脇には青々と茂る草原が広がっていた。  膝くらいの高さのあるそれらは、強風に煽られて大合唱している。    ここでライリーは、今更ながら思い至った。 (この人たち、本当に王宮近衛騎士か?)  本物と判別はできないが、騎士の証である何かを見せられたりしたわけでもない。  彼らの言っていることを鵜呑みにしただけだ。  冒険者ギルドでなんらかの因縁をつけられてしまい、危険な輩に拉致されているだけなのではないだろうか?    ライリーの背筋にぞわりと悪寒が走り、嫌な汗が滑り落ちる。  迂闊にも程があるだろう。    ひっそり歯噛みをしていると、ユリウスが愉悦を隠すことなく話しかけてきた。   「改めてだが久しぶりだな、ライリー。いや、オリバーと呼んだ方がいいか?」  ギルドでの偽名が知られている。  反射で後ろを振り返ると、その顔はしてやったりとばかりに笑っていた。  ライリーはユリウスを睨みつけるが、彼はどこ吹く風という様子でライリーを見返してくる。    その余裕で不遜な態度に苛ついたが、ここで冷静にならなければ、彼らが本物の騎士だろうと偽物のごろつきだろうと首が飛ぶ。  ライリーは目を閉じ、深呼吸して心を落ち着かせる。  気持ちを切り替えたライリーは、唇を舐めて口を開いた。   「この前の夜、手を合わせたのはあなたですか」 「そうだ。予想よりいい動きしてくれるから楽しかったよ。撒かれてしまったことは頭にきたがな」 「楽しかったぁ?」  ユリウスは手綱を取りながら、器用にライリーの暗器をクルクルと手で回して遊んでいる。  しかし、その様子に隙はない。   (俺は逃げるために、あんなに必死だったのに?)    ライリーの対人戦闘は逃げるためのもの。  勝ちにいくのではなくイーブンに持ち込こむ戦法だ。  だからこそ真正面からやり合うのは苦手で、あの夜は魔獣を相手にするより必死だった。    対してユリウスは、言っていることが真実なら王宮近衛騎士だ。  最低限の筋肉しか鍛えていないライリーと比べると、ユリウスは騎士らしくがっしりした体格をしている。  王族を護衛する立場なら対人戦は得意だろうし、あの夜、邪魔が入らなければ負けていたのはライリーだった。  格の違いを見せつけられた気がして、押し込めていたはずの悔しさが湧き上がってくる。  しかし、この場で暴れても落馬するのが関の山だ。  ギリギリと歯を噛み締めていると、ライリーに味方する声がかけられた。 「こらユリウス。ライリーを揶揄うのはよしなさい」 「へいへい」 「ユリウス、仕事中よ」 「……申し訳ありません」  ファングとエラに嗜められ、ユリウスはあからさまに不貞腐れた。  ライリーと目が合うと、気まずそう顔を顰めてふいっと視線を逸らす。 (何だこいつ。子どもじゃん!)    その仕草は叱られた子どもそのもの。  そんな彼に張り合って歯噛みしていたなんて、なんだか馬鹿らしくなってきた。  ライリーは、無性に込み上げる笑いを必死に押し込めた。  笑っては流石に失礼だろうから、別のことを考えよう。  今のやり取りで、なんとなく三人の力関係がわかった。  頭はファング、次にエラで、一番下がユリウスなんだろう。  年齢的にも、それが妥当のような気がする。 「すまないね。ユリウスは君に負かされたのが悔しかったようだ」 「あぁ、いえ……」 「俺は負けていないです」 「逃げられたら負けたも同然よ」 「……ちっ」  上司二人に嗜められたユリウスから悔しさ満点の視線が刺さり、今にも歯軋りが聞こえてきそうだ。  後ろからチリチリと焼け付くような圧がのしかかってくるが、子どもの癇癪だと思えば可愛いもののように思えた。  やれやれと肩をすくめるファングとエラの口元は緩く弧を描いている。  彼らは軽口を交わしながら馬を走らせていく。  気安く話をしているおかげで、質問できそうな雰囲気になった気がする。  ライリーは心臓を逸らせながら、勇気を出して口を開いた。 「失礼ですが、あなた方は本当に王宮近衛騎士ですか」  ファングとエラは、はたと気付いたように眉尻を下げた。  どうやらすっかり忘れていたようだ。   「ああ、そうだったね。見て信じてもらえるかはさておき、これは私の階級章だ。それからこれはノーラン殿と交わした手紙だ」  ファングが並走する馬上でライリーに渡してきたのは、銀に光る楕円形で手のひらサイズの階級章と二つの封筒だ。    階級章には中央に四大精霊を模した国の紋章があり、それを挟んで両隣に、金の縦線が二本ずつ並んでいる。  これが階級を示すのだろうが、学がないライリーには彼がどのくらいの地位にいるのかはわからない。    次に封筒だが、光沢のある上質な紙でできている。  ひとつは王宮近衛騎士団長からノーラン一族の当主宛てに送った手紙の写しで、もうひとつはその返事だ。  手紙は揺れて読みづらい。  苦労しながら読み進めた内容を要約すると、次の通りだ。 『ノーラン農園で働いているライリーの出生について判明した。ついては高貴な方々が会いたいと言っているため、最低でも一年間、本人が希望すれば永久的に王都に連れていきたいがよろしいか? 今より七日後にそちらに行くが、事前に言うと驚かれて逃げられては困るのでライリーには内密にしていてほしい』 『それはめでたいことだ。どうぞ連れていってあげてほしい。指示通りライリーには内密にしておく』  つまり、ライリーの雇い主であるノーラン家当主はすべてを知っていたということになる。  手紙に記してあるノーラン家の家紋は、毎日見ている野菜を梱包する木箱に刻印してあるものと寸分違わず同じもの。  これは信じるしかない。 「どう? 信じてくれたかな」 「一応は。あの、これも今更ですけど私の荷物は……」 「こちらで用意しているから心配ないよ」 「いえ、でも」 「その手紙の内容は建前だからね。そのお詫びだよ」 「え?」  ライリーから階級章と手紙と受け取ったファングは、困ったように微笑んだ。 (建前って? 親のことは嘘? ハルデランから連れ出された理由は?)  頭の中が疑問でごちゃごちゃになる。  それが顔に出ていたのか、ファングは困り顔をさらに強調するように眉尻を落とした。 「不安にさせて申し訳ない。建前ではあるが偽りではない。本題が別にあるということだよ」 「どういうことですか」 「ご両親についてはこれから説明する。心の準備はいいかい?」  ファングにそう問われ、興味がないと思っていたはずなのにライリーの心臓がどきりと跳ねた。  自分でも予想外の反応に驚いたが、恐れていては何も変わらない。  断れなかっとはいえ、彼らに同行したのは出自を知る覚悟をしたからだ。  今更怖じ気づくなんて格好悪い。 「大丈夫です」 「ではエラ、ご説明を」 「はい」  ファングは馬を前に進め、代わりにエラが馬を寄せてきた。  彼女と目が合うとふわりと微笑まれ、緊張が僅かばかり解れる。    それと同時にユリウスから大丈夫だと言わんばかりに後ろから体を寄せられ、密着された。  そんなことをされてしまっては、彼は優しいのか横暴なのか、よくわからないではないか。  考えることが多くて焦るが、まずはエラの話だ。  心の準備はできたと頷けば、エラも了解したと頷き返した。 「結論から申し上げると、ライリーのご両親は既に鬼籍に入っています。ハルデランの北西にあるカナン村に住んでいたナルサスとメアリーがご両親です。王都より北の地方から駆け落ちしてきたとのことですが、二人は頑なにそれ以上の話をしなかったため、出身地や駆け落ちの事情については不明なままです。二十二年前、メアリーはあなたを産みましたが、産後の肥立ちが悪く、産後間もなく儚くなりました。ナルサスは一人であなたを育てるつもりだったようですが、育児と仕事からの疲労から体調を崩し、当時流行っていた酷い風邪を患って回復できず、そのまま……」  エラは淡々と話しているようで、言葉の端々が震えている。  安易かもしれないが、彼女は悪い人ではないと確信した。  こうして声を震わせて話すのは、きっと彼女の生きてきた環境は恵まれていて、親と子どもが死別するという状況自体が身近なことではないのだろう。  生きてきた環境が全く違うのだと、嫌でも突きつけられた瞬間だ。   「あなたを村で育てようと話も出たようですが、その年は冷夏で作物が育たず食料不足で断念。ハルデランに孤児院があると聞き、メアリーと親しかったナナリーという女性が孤児院の玄関前にあなたを置いた。そこからは、あなたが覚えているとおりです」  話を聞き終わると、そうか、という言葉しか出なかった。  聞かされた話はよくある話で、ライリーの兄妹の半分は同じ状況で孤児院へやってきている。  何度も聞いていて特に珍しくもない。    狼狽えるわけでもなく、自分もそういうパターンだったのかと納得するに留まった。  それとも、これからじわじわと実感が湧いてくるのだろうか。  自分のことだが、他人事のように感じられてよくわからない。  それが、今の率直な感想だった。 「日が暮れる前にご両親の墓に行き、それから少し王都へ向かったところで野営する予定です」 「わかりました」  エラから今日の動きについて説明を受けると、それからは誰もが無言で馬を走らせていく。  カナン村には、それから半刻ほどで到着した。  カナン村の北。  両親の墓は、夕陽を見下ろす丘の上にある共同墓地の一角にあった。  二つの墓標は、寄り添うように並べられている。  墓は小さく装飾も簡素だが、綺麗に手入れがされており、野花で作られた花束が供えられていた。  二十年近く時が経っても、情に厚い誰かが管理してくれているのだろう。  胸の奥から言いようのない何かが込み上げ、じわりと温かくなった気がする。  ライリーは、よくわからない感情を胸に抱きながら、二つの墓標の前で膝をつき、手を合わせた。 (父さん、母さん)  しかし、両親を前にして、何を思えばいいのかわからない。  義父の時は兄妹たちと涙が枯れるまで泣いたというのに、涙の一粒さえ出てこないのは、何の感慨も浮かばないのは、薄情なんだろうか。  結局、実の両親にかける言葉も思いつかず、ライリーは早々に墓参りを終わらせた。 「花も買えずに申し訳ない。いかんせん、目立たず王都へ行きたいものでね」 「いえ」  手短かに済ませたライリーに、三人からもの言いたげな目を向けられる。  しかし、それ以上も以下もないライリーは、頷いて返事をしておいた。  そこからまた、北へと進む。  西に聳える山脈の稜線が赤く染まる頃、一行が川辺をゆっくりと進んでいると、前方に焚き火の光が見えてきた。 「今夜はあそこで野営するよ」  ファングが焚き火を指差して教えてくれた。 (やっと休憩だ……)  あの焚き火のところに誰がいるのか。  それも気になるが、ライリーはそれよりも移動の途中から痛みを訴えていた尻の方が気になっていた。  もぞりと尻を浮かせて動かし、ようやく馬での移動が終わるのだと胸を撫で下ろす。    安堵したのも束の間、やがて見えてきた焚き火の周囲を見て、ライリーは目を開いて驚くことになる。  そこには、意外な人が待っていたからだ。

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