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第10話 ジャクソンの真意

 川のせせらぎと可愛らしい鳥の呼び声が心を撫でていく。  日の出の光で目が覚めたライリーは、横になったまま、ううん……と伸びをした。  瞬間、股関節に鋭い痛みが走る。    本業である農場の仕事も、副業である冒険者稼業も肉体労働だ。  体が資本だからとメンテナンスを怠ったことはない。  それなのに、馬に乗っただけで筋肉痛になるとは……。    思い返せば、昨日は色々ありすぎて日課であるストレッチをしていなかった。  もぞりと動けば、全身からギシギシと軋む音が聞こえてきそうな違和感がある。  あの状況でそこまで気が回らなかったのは仕方ないとはいえ、この状態はよろしくない。  ユリウスは寝入る時と同じく、テント側を向いた体勢で眠っている。  ライリーはユリウスにそっと毛布を掛けると、彼を起こさないように静かに起き上がり、体を解すため、テントの外へ出た。  最初に目に入ったのは、ファングとジャクソンだ。  二人は岩に寄りかかり、ローブを毛布代わりにして寝ている。  それで旅の疲れが取れるのだろうか。  彼らへの負の感情より、疑問と心配が湧いてくる。 「おはよう。まだ寝ていてよかったのに」    二人をじっと見ていたライリーに声をかけたのは、昨晩の見張りを担当していたエラだ。  その両腕には枯れ枝が抱えられている。  きっと、下火になっている火を大きくするためのものだ。 「おはようございます。いつもこれくらいに起きているので平気です。それよりも筋肉痛が酷くて参っています」 「乗馬の影響ね。昨日、話してばかりいないでストレッチを勧めればよかったわ」 「いえ、自己責任ですから。あの、どこまで離れても大丈夫ですか?」 「目の届く範囲ならいいわよ」 「ありがとうございます」  ライリーはまだ寝ている三人を起こさないように、足場を選びながら静かに野営地から離れていく。  少し離れたところで平らで乾いている地面を見つけ、そこに胡座で座る。 (まずは首からっと……)    股関節だけだと思っていたが、初めての乗馬で体が緊張していたのか、首を左右に傾けるといつもより浅いところで突っ張った感覚があった。  そこに繋がる肩も同じだ。  この調子では全身が岩のように固まっているのだろう。 (こんなになったの、いつぶりかな?)    普段は感じない体の不調は憂鬱な気分を運んでくる。  今日は昨日より長い時間、馬に乗るだろうから、どこもかしこもしっかり伸ばしておかないといけない。  そうして上半身から下半身まで全身伸ばしていった。  それが終わったら短刀を使った一人稽古だ。  右手で逆手に持って腕は軽く曲げ、左足を半歩後ろに下げる。  まずは防御の動きから。  色々な方向からくる刃を手首を微妙に動かしながら短刀の鎬や峰、刃の部分で受け流し払う。  そして、反撃。  敵の刃を払って素早く懐に入り込んで切る、突く。  背後から斬り掛かってきた敵の攻撃を躱して振り向きざまに斬り返す。    すると、キンッと金属同士がぶつかって火花が散り、腕にビリビリとした痺れが走った。 「俺が教えたとおりにやってんだな」  ライリーの短刀を受けたのはジャクソンの愛刀だ。  彼の得物も短刀で、その鋒は朝日に反射して光っている。  ライリーが今使っている短刀は、ジャクソンが以前使っていたものと聞いている。  気配もなくやってきたジャクソンに、ライリーの心臓が駆け出す。  彼が最強の影であることを思い出し納得するが、驚いた体はガクガクと不自然に動いた。 「はい。起こしてしまってすみません」 「俺も夜番じゃなければこれくらいに起きてるから気にすんな。それよりほら、久しぶりに相手してくれ」 「え、はい」  切り結んだ刃を離し、間合いを取る。    予期せず始まったジャクソンとの掛かり稽古。  久しぶりだというのに相変わらず容赦がなかった。  こちらは筋肉痛だというのに、そんなものは関係ないらしい。 「ほらほら左側がガラ空きだぞ」 「っわかってますって……くそっ……」  軋んで動きが鈍くなったライリーに容赦なく襲いかかる斬撃と拳や脚、時々河原の砂利。  それをかろうじて躱し、攻撃の練習だと言わんばかりに隙を空けてもらえばすかさず攻撃に転じる。    結局、十本勝負で取れたのは一本だけ。  しかもサービス付き。  ジャクソンはライリーより倍以上、歳上のはずで、身体的な衰えがあるはずなのにそれがまったく感じられない。   (この人、本当は人型の魔獣か何かかな?)  全身から汗を流し、膝に手をついてゼイゼイと息を切らしているライリーに、ジャクソンはエラから受け取った水を渡してくれた。  それをありがたく受け取り一気に喉に流し込む。  レモンが絞ってある水はさっぱりしている。  渇いた体に水分が沁み込み、生き返ったような気分だ。  木々の隙間から漏れる朝日。  ライリーとジャクソンは、陽光を反射して煌めく川面に足を入れた。  そして、布を冷たい水に浸し、汗を拭っていく。  昨日とは打って変わって優しくそよぐ風が、熱くなった体を冷やしてくれて気持ちがいい。  ライリーは思わず至福のため息をついた。   「ライリー」 「なんですか?」  名前を呼ばれて顔を上げると、ジャクソンは神妙な面持ちを浮かべていた。  どこか苦しそうな表情に、ライリーはくっと息を詰め、何を告げられるのかと身構える。 「初めて会った時からいずれは影に、と思ったことは否定しない。ギルドからの帰り道にクソ野郎どもから襲われていた時も、俺の持っている技術を叩き込める口実ができたと思ったし、下心ありきで教えていたことも否定しない。でも、ただそれだけでお前と関わってきたわけじゃない。俺だって人の子だ。ライリー、お前が可愛くて面倒みていた。今更こんなこと言っても信じられないだろうが、それだけは心に留めていてほしい」  それは罪の告白のようにも思えた。  ジャクソンが胸のうちに秘めていた思惑と感情は、真っ直ぐライリーに届いている。   (知っているよ)    誰にどんなことを言われようと、ジャクソンがライリーを純粋に可愛がってくれていたことは紛れもない真実だ。  そうでなければ、ディレの森を案内したり、野営の仕方なんか教えたりしないし、ましてや、対人戦闘だって付きっきりで教えたりしない。    そして、ジャクソンが根っからのお人好しだということをライリーは知っている。  ライリーだけでなく、冒険者ギルドに初めてきた初心者には必ずついてレクチャーして面倒をみている様子を、ライリーはずっと見ていた。  夜番が多いのは他のギルド職員とその家族を大切にしているからで、昼番でも夜に訪れたライリーと会うくらい帰りが遅いのは冒険者たちに選ばれなかった依頼を消化しているからなのも、ギルド職員から聞いて知っている。  そんなジャクソンが、下心があったにしても、ただそれだけでライリーの面倒をみていたわけがない。 「信じます。ジャクソンさんのお陰で依頼以上のこともできるようになりましたし、襲ってくるやつらも撃退できるようになりましたからね」 「そうか……。あと、もうひとつ言わなきゃならないことがある。ご両親のことも含めて身辺調査をしたのは俺で、調査し終えてこの二年ほど、ご両親のことを伝えていなかった。すまない」  両親のことを調べてくれたのはジャクソンだった。  それも二年も前にだ。  隠されていたことに関しては言いようのない感情が渦巻くが、立場上秘匿しなければならなかったのなら、ジャクソンのことだから罪悪感を募らせていたんだろう。  それを思うとこちらが苦しくなる。  お互い苦しくなるなら、ここで手打ちにしたほうがいい。   「いいですよ。ジャクソンさんが調べてくれなかったら、俺は死ぬまで両親のことを知ることはなかったです。だからむしろ感謝してます」 「そうか……。ありがとう」 「いえ、こちらこそありがとうございます」  今まで上手く話せなかったジャクソンとたくさん話し、感謝の言葉を伝え合う。  それがなんだか照れ臭い。  ライリーの感情が伝染したのか、ジャクソンも頬を赤らめて視線を逸らしている。  この雰囲気をどうしようかと考えていると、エラが救いの手を差し伸べてきた。 「二人とも、ご飯ができましたよ」 「今行く」 「ありがとうございます」  救世主の声に、同時に返事をする。  それがまたおかしくて、ライリーはジャクソンと顔を合わせ、また笑い声を上げた。

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