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第23話 ケイトの怒りと憂い

 ライリーとユリウスは、ケイトに連行され階段を登っていく。  彼女の怒りは凄まじく、ツカツカと階段を登る後ろ姿には、未だに雷の気配が漂っている。 「で? いつから訓練所で鍛錬をしていたんですの?」  ライリーたちを振り返って問いかけるケイトの顔は春の花のようにふんわりと柔らかい。  しかし、冷たい声音と恐ろしく丁寧な言葉遣いは、彼女の怒りのゲージが最大まで上昇していることを示している。  ごくりと生唾を飲んだライリーがケイトの問いに答えようとしたところで、グッと拳を握り、緊張した様子のユリウスが先に口を開いた。   「日の出前です」 「信じらんない! それが本当なら、一刻半は鍛錬したことになるのよ。普通、腹が減るものでしょ⁉︎」  そう言われて、ライリーは腹に手を当ててみた。   「えっと……言われてみればって感じです」  ユリウスと投げ技を掛け合っていた時は感じなかった空腹の感覚。  しかし、今は腹がシクシクと空腹を訴え、キュウッと鳴いて食べ物をせがんでいる。 (まさか一刻半も鍛錬をしていただなんて!)  普段、屋外で活動するライリーは、基本的に太陽の位置で、夜や雨の日は、共有空間にある掛け時計で時間を把握している。  訓練所にも掛け時計はあるが、その存在を意識することは一度もなかった。  それだけ、ユリウスとの鍛錬が楽しかったのだ。  だが、それとこれとは別の話だ。  ケイトは食堂でライリーとユリウスが朝食を食べに来るのを今か今かと待っていたんだろう。  きっと、食堂には二人分の朝食が残っている。  そして、中々姿を現さない二人を探し回り、ようやく見つけたのが先程というわけだ。  ケイトに、そして、待ちぼうけをくっている朝食にも申し訳ない。  知識欲を満たされて気分が上がっていたライリーは、その裏でケイトに迷惑をかけていたことに気付き、途端に肩を落とした。   「腹が減るのも忘れてたってこと? 馬鹿なの?」  ケイトの「馬鹿なの?」は、心の底から馬鹿にしているのがありありと伝わってくる。  鋭い言葉のナイフは、ライリーの罪悪感にクリティカルヒットした。  しかし、こんな時でもユリウスは失言を溢す。 「馬鹿で結構」 「ああん⁉︎」 「いえっ何でもありません!」  ぼそりと呟かれた反抗を、ケイトの耳はしっかりと捉える。  野太く怒気を孕んだ声は階段に木霊し、ユリウスはぴしりと背筋を伸ばし、叫ぶようにして自身の発言を否定した。 (こうなるってわかってるだろうに、何で言うかね……?)  ライリーはユリウスの反抗期のような態度に呆れてしまった。  上手くいけばケイトからの説教はすぐに終わっただろうに、これでは一日中説教タイムになりそうだ。  自分たちの行動のせいとはいえ、気が重い。  ライリーは憂鬱なため息を吐く。  しかし、それは杞憂に終わる。  ケイトはライリーよりも深く重いため息を吐き出すと、眉尻を下げて静かに告げてきた。   「はぁ……。ご飯はちゃんと食べて。今日は休みなんだからちゃんと休んで、体を大事にしなさい」 「はい」 「次はないからね」 「わかりました」  彼女がチクチクと説教したのは、二人の体を思ってのこと。  それがわからないほど子どもではない。  ライリーもユリウスも、ケイトの言葉をしっかりと受け止めて返事をした。  地下から地上へと到着する。  大きな窓のある一階のサロンには、燦々と陽の光が差し込んでいた。  夜とは違った雰囲気に、ライリーはぐるりとサロンを見回す。  すると、四人が座れるのボックス席で寛ぐ二人の男たちが目に入った。  彼らはライリーたちに視線を寄越すと、思わずといった様子で苦笑を浮かべる。 「嘘だろ……訓練所だったんだ」 「やるねぇ」  どうやら、ケイトがライリーとユリウスを探し回っていたことは周知の事実のようだ。  王都に来て早々、ケイトに迷惑をかけて怒らせ、心配させた。  ライリーの存在はこの話とともに、影たちに共有されるだろう。    不本意だが、自分で蒔いた種。  甘んじて受け入れるしかないのだ。    しかし、初対面の相手に呆れた笑いを向けられるのは恥ずかしい。  視線を彷徨わせながらギュッと拳を握りしめていると、ユリウスの手がそれをそっと包み込んでくれた。 「俺が付き合わせたんだよ。リベンジしたかったからさ」 「ハルデランで逃げられた時の? 根に持つねぇ」 「ライリーくん、ユリウスにいじめられて可哀想」 「誰がいじめてるだって? あとで覚えてろよ」  ユリウスは不敵な笑みを浮かべ、ソファの二人に向かってビシッと指をさす。  まるで三下の捨て台詞だ。  しかし、それはライリーを庇った結果の言葉である。    始まりはユリウスのリベンジだったのは確かだが、鍛錬が長引いたのは、間違いなくライリーが新しい技を教えてほしいとユリウスにせがんだからだ。  決してユリウスのせいではない。  ライリーが震える唇を開きかけたその時、ユリウスが小さく首を横に振って制止した。  何故、と音を出さずに問いかけると、ユリウスはケイトへ流し目を送る。  すると、彼女はライリーに向かって可愛らしくウインクした。   「はいはい。じゃれあいはそこまで。二人はご飯があるんだから行くわよ」 「はい」 「マークとルイはお代わりいる?」 「まだ大丈夫です」 「ありがとうございます」  ケイトに促され、ライリーとユリウスはサロンから脱出した。

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