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第27話 勉強も仕事のうち

 地下の訓練場の隣には、食堂と同じ広さの会議室がある。  王族の護衛とは別の、通常とは異なる任務の前は、ここに集まって作戦会議をするそうだ。  整然と並んだ机と椅子は「真面目」や「勤勉」という言葉がぴったりと合う。  縦に列に並んだ机の、右側の前から二列目。  ライリーはそこに着席する。  ユリウスはというと、前方の隅にある背の高い書棚から分厚い本を何冊も引っ張り出し、ライリーの目の前にドンッと置いた。  その高さは座ったライリーよりも高さがある。 「こっこれは……?」  まさか、全部読めと言うのだろうか。  それは嫌だと心臓がドクドクと主張する。  総じて、嫌な予感は当たるもの。  ライリーはユリウスの口を塞ぎたい衝動に駆られた。 「サニーラルン建国史と今現在に至るまでのの歴史書だ。それから、あの棚には政の仕組み、国内外の地理やその土地の特色、他国との関係性について記された本と、貴族名鑑もある。ライリーには、その内容を全部覚えてもらう」 「はぁ? 覚えるだって⁉︎」 「夜会には他国からの来賓も出席するんだ。王子殿下が自国のことを何も知らないなんてありえない。国の威信に関わるだろ」  ライリーは予想を越えた試練に頭を抱えた。  建国時前後のことは、子ども向けの絵本になっているため、フィクション混じりではあるが知っている。  また、ノーラン農場で働いていた経験から、国内の地理の特色――農作物に適した土壌や特産品――についても知識がある。  しかし、それ以外についてはさっぱりわからない。  ユリウスの言っていることはわかる。  一国の王子に教養がないなど、恥も恥、大恥だ。  どうにかして覚えるしかない。   「それはごもっとも……。でも、貴族名鑑は?」  夜会で挨拶くらいするだろうが、だからといって貴族の名前と顔をすべて覚える必要はないように思える。  まさか、ここに来てユリウスの悪癖が発動し、おふざけで大嫌いな貴族を覚えさせられるのではないか。  訝しむライリーに、ユリウスは手を振って否定した。 「公の場では、高位の貴族から話しかけなければ下位の貴族はその相手と話せないんだよ」 「何そのルール」  ライリーは行儀悪く「うへぇっ」と舌を出した。  すると、すかさずユリウスから額をペチンと叩かれる。   「舌をしまえ。高位の貴族が群がられるのを防ぐためだ」 「要は、無駄に媚を売られないように?」 「そういうこと。本番の夜会ではライリーのところに貴族が順番にやって来る。その名前を呼びかけて祝辞を聞く。な、必要だろう」 「わかったよ。頑張る」  かくして、頭に知識を詰め込む日々が始まったのだ。  本の文章は無駄に長く難解な箇所もあったが、孤児院にいた時から、日雇いの仕事に就く際、小難しい文章が羅列された契約書を読むことが多かったライリーにとってはお手のもの。  下地がある建国史や国内の地理はするすると頭に入ってくる。  その他は難しいと感じたが、わからなければユリウスが詳しく解説してくれた。    ユリウスの説明はわかりやすく、まるで学習塾の教師のようだ。  裏を返せば、他人に教えることができるほど、その知識が深いということ。  さすがはエリートである近衛騎士といったところか。  一章を勉強し終えると、しっかりと覚えているかテストする。  夜会では会話が第一。  筆談することはないため、設問には口頭で答える形式だ。    ユリウスは通路を挟んだ反対側の席に座り、本を広げてライリーに質問を投げつけてくる。  その顔は挑発的で、意地の悪い性格が滲み出ていた。   「初代王フェリクスが国民に王と認められたのはなぜ?」 「聖堂で祈りを捧げたら四大精霊から加護を受けたから」 「半分正解。おいおい、色々抜けているぞ。そんなに難しい問題だったか?」  はんっと鼻で笑われ、ライリーは固く拳を握りしめた。  わからない箇所はあんなに優しく教えてくれたというのに、この手のひら返しはあんまりだ。   「そんなことない。ちょっと待て、今思い出す」  反骨精神を煽られたライリーは、頭の中に詰め込んだ知識を片っ端から引っ張り出す。   「飢饉で苦しんでいたから、集落の人と自然の恵みを受けられるように四大精霊に祈りを捧げていた。その時に加護を受け、その後現在の国土を巡り、乱れていた地脈を整えた」 「そうだ。正答はこうだ。国さえなかった時代、十数年間、広範囲に飢饉が襲った。現在の王都にあった集落の者たちが聖堂で祈りを順番に捧げている中、初代王フェリクスが祈ると四大精霊が顕現しこう言った。『汝に我らの加護を与える、それを用いて各地を巡り世界の崩壊を止めよ』と。フェリクスは精霊の指示に従い加護を用いて各地の乱れた地脈を整える旅に出て、帰還後は当然の流れとして王となった。答えるときは過程と結果を述べないと主語が抜けている状態になるから横着するなよ」 「うっ……わかった」  ユリウスからの指摘はもっともだ。  弱いところをズバッと貫かれ、ライリーは苦虫を噛み潰したような顔になった。  そして、次は及第点を……いや、何の文句も言わせない満点の回答をしてやると意気込む。  幸いなことに、歴史や政などは、流れさえわかっていれば芋づる式に記憶が蘇ってくる。  コツさえ掴めばなんてことはないように思えた。  問題は、貴族の名前と顔を覚えることである。  そもそも、ライリーは貴族が大嫌いだ。  義母に嫌味を言いながら渋々端金を落としていくクソッタレな貴族の名前を覚える必要はない。  身体的特徴からハゲだの豚だのとあだ名をつけていたくらいだ。  その意識レベルで貴族のフルネームと爵位を覚えるのは難しい。    夜会に出席を予定しているのは五百人以上。  その全員の情報を頭に入れなければならないのは苦痛の一言に尽きる。  そして何より、ライリーは人の顔と名前を一致させるのが苦手なのだ。  貴族名鑑を四分の一ほど読み終えたところで、こちらもまたテストする。  ユリウスは、貴族の間でしか出回らないという高価な魔道具で、前方の壁に貴族の顔を投影した。 「これは何派の誰?」  それは壮年の男性で、大きな鷲鼻が特徴だ。  ライリーはつい直前まで捲っていた貴族名鑑を思い出す。  彼は確か……。   「保守派? の、キーアン……」  キーアンに続く家名が出てこない。  爵位は男爵のはずだ。 (うぁああッ喉元まで答えが出てきているのに!)  ユリウスは、ぐぅッ……と呻くライリーを見てニヤニヤと笑みを浮かべている。  そのにやけ顔を崩したくて仕方がないのに答えが出てこない。  頭を抱えるライリーに、ユリウスは容赦なく終わりを告げる。   「はい、時間切れ」 「待って待って! キーアン、キーアン・バックレイ男爵だ!」  ユリウスの終了の合図と同時に頭に浮かんだ答えを叫ぶ。  きっと、いや、絶対に正答のはずだ。  しかし……。   「ハズレ。これは保守派のキーアン・バックスレート子爵だ」 「あ、惜しかったな」 「惜しくない! 家名と爵位間違えるのは本当にやばいぞ。なんでファーストネームは覚えているんだ」 「孤児院にいた|義兄《にい》さんの名前だから」 「その義兄さんに申し訳なくなるぞ。こいつは孤児院の子どもを引き取ったフリをして人身売買してるクソ野郎だ」 「嘘だろ。覚え方どうにかしよう」  世話になった優しい義兄と人身売買する輩を関連付けるなんてとんでもない。    ライリーの義兄であるキーアンは、卒院してから一番多い金額を仕送りしてくれている。  見目も頭も良い彼は、大きな商会の従業員として、店頭で商品を売る売り子になり、働いている支店では一番業績が良い。  売上高によって手当が付くようで、その増額分を仕送りしてくれていたのだ。  彼が仕送りしてくれた時は、食事がちょっと豪華になったりおもちゃが増えたりもしていた。  そんな彼と悪事に手を染める貴族を一緒くたにするわけにはいかない。 「そうしろ。過去の経験から繋げて覚えるのはやりやすいかもしれないが、貴族を覚えるにはちょっとな。弊害が多すぎる」 「だな」  覚えたつもりになっていた貴族たちは、また一から覚え直しだ。  加えて、覚え方も変えなければならないことにライリーは頭を抱えた。 「野菜に例えるか?」 「それ、野菜が食えなくなるんじゃないか?」 「ありえる。やめよう」  結局、何も連想することなく素直に覚えていくことにしたのだが、苦手意識がある分、はっきり言って覚えは悪い。  映し絵付きの分厚い貴族名鑑を、険しい顔で睨みながら唸り声を上げる。  そんなとき、ユリウスがコーヒーと茶菓子をケイトから貰ってくるのが習慣となり、意外とそれも悪くないと思えた。

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