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第22話
城から馬車に乗って町に来て、最初にルークは服の仕立屋に入った。この仕立屋は町でもっとも有名な王室御用達の仕立屋で、人気があるのでエルヴィンのような下等獣人は服を仕立ててもらえない。門前払いされてしまう店だ。
そんな店にルークが入っていくと、店主はその姿に驚き、「御申しつけくだされば、いつでもこちらから城へまいりましたのに!」と慌てて駆け寄ってきた。
「よいのだ。療養中の身から解放され、やっと出歩くことを許された。今日は外に行きたい気分だったのだ」
ルークは店主にそう答えたあと、エルヴィンを店主の前に立たせる。
「今日は俺の服を買いにきたのではない。エルヴィンにいくつか服を仕立ててほしい。それとマントもだ」
「かしこまりました。殿下のご依頼でしたら喜んで承ります」
当たり前のように会話がなされるが、この店で一揃いの服を仕立てたらいったいいくらするのかエルヴィンは知っている。ここは貴族ならみんなが憧れる店だ。
「殿下っ、あのっ、お気持ちは嬉しいのですが、私はあまり裕福ではなく、この店の服は一着も買えないです……」
今だって父親からの仕送りは生活するのに最低限の金額だ。それだって父親が無理して送ってくれている金額だと思う。『家族のために人質になったのだから、エルヴィンは人より贅沢しなさい』と手紙に書いてあった。
「何を言ってるんだ。俺が払うに決まっているだろう?」
「えっ! ダメですダメですっ! そんなことしていただく義理はありませんっ」
エルヴィンは手をアワアワさせながら首を横に振る。
エルヴィンは婚約者じゃない。だから贈り物をしてもらう筋合いなどないし、いくらルークがお金持ちだったとしても、こんな高価なものをもらってはいけない。
「これは当然のことだ。エルヴィンは俺を助けるために服とマントをダメにしてしまっただろう? それは俺が弁償するべきだ」
「あ、それは……!」
そう言われて思い出した。瀕死のルークを助けるときに、コートとマントを使ってルークの身体を守ろうとしたのだ。ルークはエルヴィンの服ごとどこかへ運ばれていき、その後、エルヴィンの手元に戻ってこなかった。
それは仕方がないと思っていた。服など命に代えられるものではない。
「殿下、あのときのこと、覚えていらっしゃるんですか……?」
服のことよりも、エルヴィンが気になったのはルークのことだ。瀕死のルークはあのとき意識を失っていたと思っていたが、実は覚えていたりしないだろうか。
「あとから兵士たちに聞いたのだ。俺を守ってくれた服は誰のものだと聞いたら、皆、俺のことで気が動転していて覚えてないという。だがあの服はエルヴィンのものだろう?」
「は、はい……」
よかった。ルークはあのときのことは覚えていないようだ。後々、人づてにエルヴィンが助けたことを知ったのだろう。
「あのときの服をエルヴィンに返したかったが、ボロボロになってしまった。だから新しいものを代わりに贈らせてほしい。これはエルヴィンへの礼でもある。遠慮なしに受け取ってくれ」
「こんな高価なものを、よろしいのですか……?」
「ああ。エルヴィンは命の恩人だ」
それからルークは店主に何か耳打ちした。それを受けて店主は笑顔で頷き、「エルヴィンさま、採寸をさせていただいてもよろしいですか?」と店の奥へと案内された。そこで、流されるままに採寸を受ける。
それからたくさんの生地を見せられ、「どれがよろしいですか?」とお勧めされる。いつも兄弟のお古しか着たことがなかったから、自分の服を仕立ててもらうなんて初めての体験だった。
「仕上がり次第、城にお持ちいたします」
「ああ。よろしく頼む」
結局、何着作ってもらったのかもわからないくらい買ってもらった。エルヴィンは好みを伝えるだけ。その他のところはルークが店主とふたりでコソコソと話をして決めてしまった。
「マントはこちらに既製品がございます」
店主に勧められて、ルークとふたりでさまざまな色と形のマントを見比べてみる。
「これ、いいなぁ」
そのうちのひとつにエルヴィンは目を奪われた。
ダークブラウンの生地に薄黄色の肌触りのいい裏地までついている。素材はしっかりしているのに、軽くて大きさも小柄なエルヴィンにぴったりだ。
「エルヴィンが気に入ったものがいい」
ルークはエルヴィンにダークブラウンのマントを羽織らせてくれた。エルヴィンは身体を軽く動かしてみる。動きやすいし、とってもおしゃれだ。
「これを買おう」
ルークは迷うことなく店主に告げる。店主は「かしこまりました」と手もみしている。
「殿下、こんなにたくさん、よろしいのですか……?」
「ああ。何も気にすることはない。これはエルヴィンが俺を助けてくれたことへの礼だ。エルヴィンが助けてくれなければ俺はどうなっていたことか」
ルークの言葉に「エルヴィンさまは命の恩人でいらっしゃったのですね」と店主も頷いている。
そうか。命の恩人だから、お金には代えられないとルークは思ったのかもしれない。
「それに」
ルークはエルヴィンの耳元に唇を寄せる。
「結婚したら俺のものは全部エルヴィンにやる」
信じられないことを言われて、エルヴィンはピンと背筋と猫耳を立てる。
「い、いけませんっ、そんなのっ」
エルヴィンが慌てているのに、ルークは「俺はまったく構わないのだが」と愛おしげな目でエルヴィンを見つめてくる。
その目は絶対に命の恩人に向ける目でも、友人に向けてのものでもない。何も言わなくても「お前が好きだ」と言っているような視線だ。
違う違う! エルヴィンは勘違い婚約者なのに。
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