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第三章 恋の作戦と届かない想い9

***  自宅からコンビニまでの道のりは、歩いて15分くらいのところにある。母さんにゆっくりお風呂に入れと父さんは言ったけど、この距離なら長風呂にはならないんじゃないのかな。 「陽太、そこの公園に入ろうか。日当たりのいい、例のベンチに座ろう」  前回父さんとその公園で語り合ったのは、ちょうどこの時期。桜は既に散っていて、ほかの草木が芽吹きはじめた頃、中学3年の受験に突入したときだった。  母さんは俺に医者になってほしくて、超難関の高校を受験するように担任に相談した。そのまま母さんの言いなりになりたくなかった俺は、真っ向からそれに反対して、三者面談がめちゃくちゃになった。  自宅に帰ってから、ふたたび親子の話し合いが設けられたんだけど、自分が通った母校を父さんは提案してくれた。  国際色が豊かで、自由な校風が売りの青陵高校――しかもそれなりの成績じゃなければ入れないレベルゆえに、有名な著名人を何人も輩出しているところなのが、母さんの希望とマッチした。  家族での話し合いのあとに、高校在学中の話を父さんがしてくれたのが、今座ってる公園のベンチだった。当時のことを懐かしく思い出しつつ、目の前に広がる夕焼けを穏やかな気持ちで眺める。 「かわいい息子と、腹を割って話がしたかったんだ」  らしくないセリフに、「なにを言ってるんだよ」ってぶっきらぼうな感じで返事をした。 「母さんも陽太を心配してる。そこのところを理解してほしい」 「わかってるって、そんなこと」 「陽太、最初に言っておく。人事部に長く所属してる父さんの目は、ごまかせないからな」  いつもよりキツい物言いにドキッとして、背筋を伸ばしながら隣を見た。 「おまえはウソをつくとき、黒目が左右に揺れて、意味なく左手を動かす癖がある。それに微量だが、フェロモンも漏れ出ていたしな」  自分が全然意識してなかった癖を、|詳《つまび》らかにされたことで、悠真への恋心を隠し通せる気がしない。 「……父さん、言わなきゃダメ?」  母さんなら間違いなく反対する。父さんはポーカーフェイスがうますぎて、なにを考えているのかわからないせいで躊躇ってしまう。 「陽太の口が重たくなってる理由は、そうだな。バース性に話が絡んでいるのか?」  リビングでかわした会話から推測した父さんの言葉に、無言で頷いた。 「アルファでいたくないのは、フェロモンで騒ぎを起こしたことを、誰かにバカにされたとか?」 「俺の周りにいるヤツらは、そんなことをしないよ。皆揃って、いいクラスメイトなんだ」  俺のセリフに父さんは何度か頷き、質問を投げかける。 「それは陽太が普段から、クラスメイトに尽くしているからじゃないのか?」 「委員長として、当然のことをしてるだけだよ。それが当たり前になってるし」 「陽太は偉いな。父さんなんて高校生のときは、ダラけることばかりを考えてた」  そう言って豪快に笑う。肩の力が抜け落ちてる父さんのリラックスした姿が、すげぇいいなと思った。 「陽太はどっちかっていうと、母さんの性格に似てしまったのか。きっちりなんでもしなきゃ、気が済まないっていう感じでさ」 「俺は父さんに似たかった!」  唇を突き出して素直な気持ちを吐露したのに、父さんはからかうような口調で告げる。 「おやおや、母さんが苦手か? 口煩いから」 「それもあるけど、性格と言い方がキツいじゃん。内科医なのに思いやりの欠片もない感じで、人の心をズタズタにするみたいな物言いが、マジでムカつくんだ」  言いながら傍に落ちてる小石を、靴先で軽く蹴飛ばした。小石は音を立てずに、遠くに飛んでいく。 「父さんは母さんのそういうところも、かわいくて仕方ないんだけどな」 「趣味悪っ!」 「ハハッ、一目惚れだったんだよ、これでも」 「えっ? でも母さんから付き合ってって、言われたんじゃなかったっけ?」  なにかのときにそう聞いていたので、改めて訊ねてみたら、父さんは大きなため息を吐いてから口を開いた。 「だって、父さんのほうが年下だろ。自分から告白する勇気がなかったんだ」 「じゃあ、母さんが告白しなかったら――」 「陽太は生まれなかっただろうなぁ」  人の出逢いは、不思議がいっぱいだ。ちょっとしたことがキッカケで出逢い、一瞬で終わるものもあれば、運命を掴もうと行動を起こした結果、そこから愛が生まれ育まれていく。 (――俺と悠真の出逢いも、運命だったらいいな)  そんなことを考え、胸をほっこりさせていたら、父さんは小さな咳払いをしてから話を続ける。 「父さんが母さんと出逢ったのは、トンネルの多重追突事故が原因だった。たくさんの怪我人が病院のフロアを埋めつくしている中で、手際よく患者を診ている母さんに、目を奪われたんだ」 「あの母さんならたくさんの患者を前に、イライラしながら仕事をしてそうだけど」  違う意味で目を奪われるだろうなぁと思い、今の母さんがしそうなことを言ってみた。そしたら父さんは苦笑いを浮かべて、首を横に振る。 「化粧は崩れていたし、髪もボサボサしているくらいに酷い有様だったが、必死に患者と向き合っていたよ」 「信じられない……」 「事故で頭に怪我をしていたせいで、数日間入院することになってな。脳外病棟に入院した父さんを、自分が最初に診たという責任感で、母さんが何度も顔を出してくれたっけ」 「へー、そうなんだ」  両親の馴れ初めを聞き、こんな出逢いもあるんだなと感心しながら、口元を綻ばせて耳を傾ける。この時点で日は落ちて、空に星が瞬きはじめた。ベンチの傍にある外灯が、父さんの横顔を淡く照らす。 「退院するときに病棟の看護師さん数人から、連絡先をもらったなぁ」 「へぇ。アルファの父さん、意外とモテたんだね」  実際、今もイケおじっていう見た目なので、若い頃は相当モテたのは想像ついた。

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