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第四章 運命の番と一歩の距離4

***  放課後の図書当番中、扉が開く音が耳に聞こえたので、誰が来たのか本棚の隙間から顔を覗かせた。 「陽太っ!」  基本、図書室は静かにしなきゃいけない場所だけど、誰もいなかったことと、ずっと話をしたかった友達が現れたことで、大きな声を出さずにはいられない。 「悪い。悠真は図書当番の仕事中だよな」  決まり悪そうな顔で図書室に入ってきた彼に急いで近づき、首を横に振りまくった。 「今日の返却はたいした数じゃなかったから、もう終わってたんだ。実は暇すぎて、本棚の整理をしていたんだよ」 「そっか、ならよかった。話ができるな」  そう言って、歯を見せて笑う陽太の笑顔を見ただけで、心がポカポカした。すごーく癒される笑顔に、俺もつられて笑いかける。 「陽太は今日一日中、大変だったもんね。これから部活もあるんでしょ?」  手にしていた本をカウンターに置き、図書室の扉がしまっているのを確認する。 「まぁな。少し遅れて行っても問題ない。俺になにかあって、チームから抜けたときの練習になるだろうし」 「そんな不穏なことを言っちゃダメだよ。陽太にはいつでも元気でいてもらわなきゃ、バスケ部が困るんじゃない?」  思ったことを口にした途端に、陽太の笑顔がなくなり、真剣なまなざしで俺の顔を見つめはじめた。 「悠真はその……俺がいなくなったら困る?」 「困るに決まってる。それに俺だけじゃなく、クラスの皆も委員長の陽太を頼りにしてるんだから、いなくなったらダメだからね!」  腰に手を当てて、ちょっとだけ偉そうな感じで陽太に告げた。 「俺は悠真がいなくなったら、すげぇつらい……」  困るじゃなくつらいというセリフに、妙な引っかかりを覚える。 「大丈夫、俺はいなくなったりしないよ」 (ここのところの陽太は、フェロモンを出しすぎて失敗してる。きっとすごーく疲れているんじゃないのかな)  あえて笑顔を作り、陽太の背後に回って、大きな背中を両腕で押した。 「陽太、俺の一番のお気に入りの場所に案内してあげる。そこで話をしようよ!」 「悠真……俺はおまえが――」 「頼れる学級委員長で友達の陽太を、俺が癒してあげる」  心を込めて陽太に告げると、ちょっとだけ振り返った彼が「サンキュー、悠真の接待を楽しみにしてる」って、口角を上げて笑ってくれた。  陽太の背中をどんどん押して、図書室の左隅に進ませてから、靴を脱ぐように言った。 「俺のアイデアで、1畳分だけ絨毯を敷いてもらえたんだよ。傍にある窓を開けて、爽やかな風を取り込んでっと。こうして壁際にクッションを置いて、そこにもたれかかって本を読むんだ」  説明しながらテキパキ動く俺を、陽太は黙ったまま眺める。 「陽太、どうかな?」 「あ、なんか見てるだけで、いい感じなのがわかる」  誉め言葉に、胸がじーんとした。窓の外で木の葉が揺れ、春の日差しを浴びた陽太の笑顔がやけに鮮やかに見える。 「陽太聞いてよー。せっかくこんないい場所を作ったのに、1年生のアルファとオメガがイチャイチャしはじめてさ」  なんだか陽太がカッコよく見えてしまい、照れくさくなって、普段は口にしない愚痴が出てしまった。 「ここって、カウンターから丸見えじゃん」  陽太は絨毯とカウンターのそれぞれに指を差して、位置を確認した。 「そうなんだよ。それなのに抱き合って、なんか変な雰囲気を醸してて。もちろんふたりに注意して、出て行ってもらった!」 「悠真が注意するところ、なんか想像つかないんだけど」  言いながら肩を竦めてクスクス笑う陽太の笑顔に、さっきの暗さがなくなりホッとした。 「神聖な図書室を穢されたくないからね。注意するのは当然だよ。俺、フェロモンは感じないんだけど、その場の空気は読めるんだ。陽太の周りは、いつも明るくていい感じ!」 「俺が悠真に、変なことをしたらどうする?」  陽太は両腕をあげて「がお~」なんて言ってふざける。 「陽太は絶対に変なことをしないよ。人の嫌がることをしてるの、みたことがないしね。ふざけていないで、早く靴を脱いで」  陽太の手首を掴み、先に靴を脱いで絨毯にあがった。 「悠真が積極的だと、変な気分になりそうなんだけどさ」 「積極的にもなるよ。朝からずーっと陽太と喋りたかったんだ」  変な気分という意味がわからなかったのでスルーして、陽太と話がしたかったことを口にした。そしたら引っ張ってる俺の腕を掴み寄せ、陽太がいきなり抱きつく。顔の傍に彼の顔があって、どうしたんだろうと目線を上げて見つめたら、頬をちょっとだけ赤くした陽太と目が合った。 「陽太、どうしたの?」 「ああっ、あのさ……訓練をしたくて」  言うなり、さらに俺の体を強く抱きしめる。 「訓練ってなんの?」 「どんなことをしてもフェロモンが出ないように、がんばらなきゃいけないんだ。また皆に迷惑をかけるだろ?」 「迷惑というか、お祭り騒ぎみたいな感じで、かなり賑やかだったけどね」  俺は笑いながら、陽太の背中を撫で擦ってあげた。どうか陽太が落ち着いて、フェロモンが出ませんようにと心の中で祈ってあげる。 「ふふっ、陽太ってばすごーく我慢してるでしょ。汗びっしょりだよ、大丈夫?」 「もう限界……付き合わせて悪いな」  陽太はその場で、へたり込むように座り込んだ。俺も同じようにしゃがんで、ポケットからハンカチを取り出し、陽太の額を拭ってあげる。 「あまり無理しちゃダメだよ。陽太は本当に頑張り屋さんなんだから」 「そうでもないって」 「頑張り屋さんだよ。読書をしないのに、わざわざ俺から本を借りて、無理して読んでいるクセに」  言いながら、陽太の鼻を摘まんでやった。イケメンの顔が崩れると思ったのに、「ふがっ!」と変な鼻声を出しただけで、まったく変化がなかった。 「ゆーまぁ、かじぇがきもちぃ」 「そうでしょ。二階だけど結構風が吹き抜けて気持ちがいいんだよ、ここ」  俺が陽太から手を放すと、クッションを背もたれにして、上着の内ポケットから文庫本を取り出した。 「じゃじゃーん! 読書家じゃない俺、10ページ読み進めることができました!」 「すごいよ、陽太。タクミが事故って、エルディアに転生するところまで読めたんだ」 「タクミが平凡すぎて、感情移入できなかったけどな……」  苦笑いして後頭部を掻く陽太に、俺は「君はアルファだから、しょうがないよ」と事実を告げた。 「陽太がこの作品を読んでくれること、俺は本当に嬉しいんだ。タクミは前世の剣術知識が残ってて、それを思い出しながら敵を薙ぎ払っていくんだけどね。絶え間なく努力する姿が、陽太と重なるんだよ」 「俺と?」 「うん。才能に胡坐をかくことなく、ひたすらがんばっているところが、ソックリだなって思う。陽太は俺の憧れだよ」  俺が言い切った瞬間、陽太の顔全部が真っ赤に染まった。しかもなんだか、俺の心までポカポカしてくる。 「やべぇ。気分が高揚して、フェロモンがたくさん出ちまった。この風にフェロモンが乗って、図書室に誰か入って来るかも……」 「ふふっ。じゃあ俺とここで、秘密の訓練を続けなきゃだよね」  カラカラ笑って、陽太の隣に並んで座る。 「悠真?」 「陽太とのお喋りの時間を邪魔されたくなかったから、図書室のカギをかけちゃった」  そしたら陽太の顔がゆでだこみたいに真っ赤になって、「悠真ってば策士」と呟き、背もたれにしてるクッションで顔を隠した。かわいらしいその様子に、俺の笑いがとまらない。  こうしてやっと話すことができたひとときは、本の感想よりも陽太のフェロモンの訓練が中心となり、楽しく過ごすことができたのだった。

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