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第四章 運命の番と一歩の距離13

*** (もう超絶無理! 俺、ここまでよくがんばった……)  誰にも邪魔されない場所になる、バスケ部の部室。ひとりきりになりたくて、昼休みになってからすぐに足を運んだ。  弁当を残したら医者である母さんを心配させるので、無理やりお茶で流し込み、現在は窓を開け放った部室のど真ん中の椅子の上に、大の字になって横たわっている。 「自分がアルファなのが、こんなにもどかしくなるなんて、思いもしなかった」  悠真の言ったセリフは、ごく当たり前のことに過ぎない。アルファである俺のためを考え、いいオメガに巡り逢えたらいいねって、素直な本音を口にしただけなのだが。 「なんでベタのヤツは、アルファはオメガとくっつくって固定観念があるんだよ! ベタはベタ同士でくっつくから? そんなんふざけんなっ!」  部室に響く俺の絶叫は、誰にも聞かれることなく、空気の中に溶け込んでいく。イライラし過ぎて、フェロモンが出ているかもしれない。 「はいはい、わかってますよ。深呼吸深呼吸、ふーっ、はーっ」  言いながら制服のポケットからスマホを取り出し、迷うことなく最近電話をかけた相手にリダイヤルした。 「もしもし西野! またラットか?」  すぐに出てくれた長谷川先生。昨日の今日だから、そう言われるのは仕方ない。 「そんなもん、立て続けになるかよ。長谷川っち、バスケ部の部室まで来れる?」  ベタについてはベタに聞くのが一番だと思い、長谷川先生に電話した。 「西野が長谷川先生と呼んでくれるのなら、今すぐ駆けつけてやろうかな」 「じゃあ長谷川先生、俺を助けてください」 「おまえ、らしくない沈んだ声だな。ちょっと待ってろ」  俺の返事を聞かずに、長谷川先生は通話を切った。  椅子から腕を投げ出し、手のひらの力を抜いて持っていたスマホを床に落として、ふたたび深呼吸を繰り返す。体の中に溜まってる負の感情を吐き出しつつ、新しい空気を取り込んでプラスの気力になればいいなと考え、それをおこなった。  数分後、鍵をかけてない部室の扉が大きく開かれた。中央のベンチに横たわる俺の姿に、長谷川先生は訝しそうな表情を浮かべる。 「西野、まるで失恋した顔になってる。俺の娘はまだ3歳だから、年齢的に紹介はできないぞ」  信じられないことを言った長谷川先生は俺の傍に近寄り、落としたままのスマホを拾って、自分が着てるジャージのポケットにしまい込む。 「ちょっ、それ俺のスマホ!」  慌てて起き上がったら「大事なものを床に放置するな」と言って、すぐに返してくれた。長谷川先生は俺から身を翻し、開けっぱなしにしてる扉をきちんと閉めてから向き合う。 「俺をわざわざ呼んだのは、ベタの月岡絡みだろう?」 「なんでわかるんだよ?」 「おまえよりも長く生きてるし、たくさんの生徒と関わってきた経験がものを言う」  得意げに言い放った長谷川先生は、いい風が吹き抜ける窓際に腰かけた。長谷川先生のジャージの襟が風に揺れ、窓際の陽射しが先生の影を長く伸ばす。 「西野のその顔。昨日ラットになったのをなんとかしたくて、今朝月岡に告って玉砕した感じか?」 「昨日は昨日で完結してるんだって。今朝、悠真に言われたんだ。『優秀なアルファなんだから、いいオメガと巡り逢えたらいいね』って」 「あー俺が言った、ベタはベタ同士みたいな感じな。しかもそれを本人に言われちゃあ、そりゃブロークンハートまっしぐら。ご愁傷さま」  俺に向かって両手を合わせて拝むとか、勘弁してほしい。 「長谷川先生、アイツの固定観念を崩すには、どうしたらいいと思う?」 「それは月岡に、アルファとオメガ以外の幸せそうなカップルを見せるのが、一番手っ取り早いんだけどな」  即答してくれた内容は、確かにそうだと頷けるものだったものの、身近にそんなカップルはいない。 「あ、西野の身近にいるじゃないか。理想のカップルが」 「え〜? 俺の周りにそんなのいないけど」  頭を抱えながら、クラスメイトや知り合いを思い浮かべてみたのに、該当する人物が見当たらない。 「一番身近にいるだろ。おまえのご両親だ」 「ウチの親ーっ!」  確かに、片方がオメガじゃないから該当する。でもしかし、父さんに好きな相手を暴露している手前、悠真を紹介するのが照れ臭くてしょうがない。 「長谷川先生、俺ハズカしい……」  頭を抱えていた手で顔を隠し、赤くなっているのを見せないようにした。 「でもよ、絶対に月岡の固定観念を崩すカップルになるのは、間違いないぞ」 「そうだけど」 「おまえよりも頭のいい月岡に、自宅で勉強を教えてくれって頼めばいいだろ」  俺の両親を悠真に披露する展開で、勝手に話が進められていく。しかも、意外な事実を知ってしまった。 「悠真って、そんなに頭がいいんだ」 「ベタの中で一番。試験があれば、必ず学年のトップ10入りするレベル」  ちなみに俺は、学年で20〜30番台を浮遊するレベルである。 「悠真ってどこ中出身なの?」 「確か、自宅の学区内にある公立だったはずだぞ」  もしや、レベルの高い公立中学だったのだろうか。 「西野、よく考えてみろ。学校外で月岡に逢えることを。アイツの私服、見たくないのか?」 「それは……すげぇ見たい」 「だよな、そうだよな。しかも自分の部屋でふたりきり。ラットになってしまったら、どうなるかなぁ?」 「長谷川っち!」  悠真の私服姿を考えてる傍から、変なことを言われたせいで、頭の中の悠真が危うく服を脱ぐとこだった。 「アルファとオメガの|番《つがい》じゃなくても、心でつながる絆が大事だ。バース性抜きで、月岡の心を掴め」  ふざけた発言から一転、いきなり真面目なセリフを告げられ、ポカンとするしかない。 「悠真の心とつながる?」 「そうそう。互いの心でつながることができたら、|番《つがい》以上の絆になること間違いなし!」  長谷川先生が告げた説得力のあるセリフと一緒に、外から風がふわりと吹き込んできた。前髪を乱す緩やか風が、傷だらけの俺の心を優しく撫でる。 「西野、とにかく挑戦してみないことには、話がはじまらない。月岡におまえの両親を見せて、固定観念を崩してやれ」 「わかった。打てる手があるなら、どんなことにもチャレンジしなきゃダメだもんな。長谷川先生サンキュー、やってみるよ」  まずは両親が週末在宅しているかどうかを確認してから、放課後図書室に行って悠真を誘ってみようと計画を立てたのだった。

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