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第五章 恋の鼓動と開く心6

「陽太、足でまといにならないようにがんばるから、よろしくね!」 「おう! 俺も一位を目指すことに必死になりすぎて、転ばないように気をつける」  俺たちは息を合わせて、スタートラインに位置する。目の前にいるクラスメイトの高順位を祈ってる間に、順番が回ってきた。 (やっぱりA組との接戦になったか――)  第2グループの走者2名が悔しそうな顔で、俺と悠真の肩を叩いて勝利を託した。 「陽太、がんばろうね!」 「スタートはゆっくりでいい。まずは息を揃えて足を動かす。左足からな!」  互いの肩を組んでる手のひらに力を込めて、いつでも走れるようにスタンバイする。そして――。 「位置について、よーい……」  パン!  ピストルの合図で、一斉に走り出した俺たち。両隣と比べて、ちょっとだけ出遅れた。なんとか俺がリードするが悠真の歩幅が小さく、すぐにフラつく。 「陽太ごめん、遅いよね」  焦って暗くなりかける悠真に、𠮟咤激励する。 「俺に合わせろ! 一緒に走るんだ!」  大きな声で言い放ち、右手で悠真の肩をぎゅっと掴んで、俺のヤル気を分ける。ふたりの足首を結ぶ赤いリボンがリズミカルに揺れると、次第に両隣に追いついてきた。待機席にいるB組の面々が「陽太、悠真、行け!」と叫び、ここぞとばかりに盛りあがる。  俺の歩幅よりも悠真の歩幅に合わせて歩くと、動きがピッタリなことがわかり、ゆっくりだが確実に進むことができた。そして、両隣と一瞬だけ並んで追い越しに成功!  問題は25m先に赤いコーンがあり、それを回って戻ってくるのだが、歩幅の小さい俺たちは、よそのクラスのよりも時間がかかる。なので、なるべく大差をつけたかった。 「悠真、コーンを右に曲がるぞ! 右足から!」と指示したが悠真がコーンを回る際に、足をリボンに引っかけて大きくよろける。 「陽太、ごめん!」  転びかけた悠真の腰を右腕でがっちり掴み、倒れないように両腕で体を抱きかかえた。 「大丈夫だ悠真! 俺がいる」  俺に支えられた悠真の頬が、なぜかぽっと赤らむ。 「陽太のポカポカが、今はなんかドキドキする」  俯いて呟く悠真のドキドキがうつっていまいそうで「今それを言うな!」と赤面しながら叫ぶしかなかった。  B組のクラスメイトが「陽太、悠真を守れ!」と応援し、長谷川先生が一眼レフでパシャパシャ撮影しまくる。 「西野、月岡、ナイスハグ! これぞ二人三脚!」  なぁんて放送委員が、わざわざマイクで盛りあげる始末。呆れながら息を揃えてコーンを回り終えたら、悠真が足の動きを止めて一点を見つめた。  悠真の視線の先を追うと、来賓席の真ん前に見慣れない制服姿の男子生徒が、鋭い視線でこちらを見ていた。今日は平日なのに学校を休んだか早退して、ウチの体育祭にわざわざ来たのだろう。 (たしかあの制服は、高槻じゃなかったっけ。もしかしたら――)  気づけば両隣によそのクラスが並んでいて、デッドヒートになりかけていた。迷うことなく、いつもより濃度の高いアルファのフェロモンを垂れ流して牽制する。最終グループは揃ってアルファのペアばかりだったので、奥の手を使わせてもらった。 「クソっ、西野ズルいぞ!」 「体育祭のルールに、フェロモンを使うなという項目はないんだ。悔しかったら俺よりも濃度の高い、大量のフェロモンで応戦してみせろよ!」  俺の垂らしたフェロモンで、足が止まりかける両隣を難なくやり過ごし、悠真を抱えてそのままゴールする。 「悠真お疲れ。ゴールしたぞ」 「へっ?」  顔色の悪い悠真の頭を、ガシガシ撫でてあげた。 「俺の動きに合わせて、よくがんばったな。もう大丈夫だ」 「陽太、俺……」  項垂れるように俯いて、Tシャツの裾を両手で握りしめる悠真。俺は足首のリボンを手早く解き、悠真の肩を抱いて控室の椅子に座らせた。 「少し休んでろ。最後のリレーまでには元気になってくれると、俺もがんばって走れるしさ」 「うん。わかった……」  無理に笑った悠真に見送られた俺は、まだ終わっていない競技の応援にいそしみ、その後リレーに出場。佐伯からスタートした俺たちのクラスは、よそのクラスが追いつけない速さでバトンを繋ぎ、アンカーの俺にバトンが手渡されたときには半周差がついていて、そのままゴールした。  放課後におこなった帰宅部のクラスメイトの体力増強や、体育祭に向けての作戦など、クラスが一致団結したことでB組は優勝することができた。その喜びを悠真とも分かち合いたかったのに、いつの間にか彼は保健室で休んでいたのである。

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