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番外編 初めての委員長会議

***  放課後の教室には、春先のやわらかな西日が差し込んでいた。  新しいクラスになってまだ数日。ざわついていた教室も、委員長会議の時間になる頃にはすっかり静かになっている。  俺は配られた議題プリントを机に広げながら、目の前の席に座った人物へ視線を向けた。  背筋がやけにまっすぐで、制服の着崩しもない。ノートはすでに開かれ、ペンまで用意されている。 (コイツ、見るからに真面目そうだな)  推薦で副委員長になったという、同じB組の佐伯涼。ほとんど話したことはない。 「よろしくな、佐伯」  声をかけると、彼は一瞬だけこちらを見た。 「……ああ。よろしく」  短いが、愛想がないわけじゃない。ただ、必要以上の言葉を使わないタイプだとすぐにわかった。  俺は、思わず少し笑ってしまう。 「そんなに、かしこまらなくてもいいって。委員会っていっても、最初は文化祭の係決めとか、クラス目標とか、そのへんだろ?」 「そういう曖昧な進め方は好きじゃない」 「え?」  思わず聞き返す。佐伯はプリントを指先で押さえながら、淡々と言った。 「最初に、役割分担を明確にした方が効率がいい。西野、おまえは人前で話すのが得意そうだ。俺は裏方をやる」  その言い方に、俺は少しだけ目を丸くした。 (……すごいな、コイツ)  初対面に近いのに、もう全体を見ている。 「じゃあ俺が前に立って、佐伯が支えてくれる感じ?」 「その方が合理的だろ」  合理的――その言葉が、妙に佐伯らしかった。  でも――。 「悪くないな」  俺が笑うと、佐伯はほんの少しだけ眉を動かした。たぶん、こんなふうにすぐ受け入れられるとは思っていなかったんだろう。  その瞬間だった。教室の窓の外、隣のクラスの廊下を榎本虎太郎が通りかかる。 「おーい、佐伯ー!」  廊下越しに大きく手を振る榎本に、佐伯の表情がほんの少しだけやわらいだ。  それを見て、俺は思う。 (……あ、今の顔の方がいいな)  真面目で堅いだけじゃない。この副委員長、案外おもしろいかもしれない。 ***  委員長会議が終わる頃には、教室の西日が机の角を長く照らしていた。配布資料を学年ごとに揃えながら、俺は小さく肩を回す。 「ふー……終わった」  新学期早々、委員長会議って意外とやることが多い。クラス目標の案、文化祭の準備日程、各係の仮配置。こういうのは嫌いじゃないけど、さすがに頭を使う。  隣で資料をまとめていた佐伯は、相変わらずきっちりした手つきで紙の端を揃えていた。ほんと、無駄がない。見てるだけで性格がわかる。  その時だった。 「佐伯」  廊下側の扉から、軽い声が飛び込んできた。顔を上げると、隣のクラスの扉にもたれるように榎本が立っている。去年の文化祭でロミオをやっていたアイツだ。  人懐こい笑い方や距離の詰め方は、あの時の舞台そのままみたいで、妙に印象に残っている。 「終わった?」 「ああ」 「じゃ、いつもの場所で待ってるから」  それだけ言って、ひらっと手を振る。返事を待つでもなく、そのまま背を向けて歩いていく。  自由だなと思う。でも、不思議と佐伯はそれを咎めない。むしろ、あれが“いつものやりとり”なんだと、自然にわかる空気があった。 (……いつもの場所? 中庭脇のベンチか)  最近、放課後になるとあそこに誰か座ってるのを、何度か見かけた気がする。  俺がそんなことを考えていると、資料を抱えた佐伯が颯爽と立ち上がった。 「榎本と、仲いいんだな」  なんとなく聞いてみる。すると佐伯は一瞬だけこちらを見た。 「……同じ委員会で関わることが多いだけだ」  その答えに、思わず笑いそうになる。いや、それだけじゃないだろ。 「そうか?」  つい口元が緩む。 「なんか、空気が違う気がした」  言った瞬間、佐伯の視線がほんの少しだけ鋭くなった。でも怒ってるわけじゃない。図星を突かれた時の、あの微妙な間みたいな感じ。 (あー……なるほど)  なんとなく見えてきた。そこで、ふと思い出す。 「そういえばさ、去年の文化祭」  佐伯の手がぴたりと止まった。 「……文化祭?」 「ロミオとジュリエット」  その一言で、空気が少しだけ変わった。  やっぱり、そうだ。去年の舞台。ロミオ役の榎本が真っ直ぐ手を差し伸べて、ジュリエット役の佐伯がそれを受ける。  配役を決めた時は、正直驚いた。でも幕が上がったら、不思議なくらいしっくりきていた。 「おまえ、ジュリエットだったよな」 「……そうだ」 「意外だった」  率直に言うと、佐伯が少し眉を寄せる。 「あ、悪い意味じゃなくてさ」  慌てて言い足す。 「もっと堅いイメージだったからさ。でも舞台の上じゃ全然違った」  あの時の佐伯は、今みたいな理詰めの空気じゃなかった。もっと静かで、でも感情がまっすぐ伝わってきた。 「榎本がロミオで、おまえがジュリエットって配役、最初は驚いたけど」  少しだけ笑って続ける。 「すごく、しっくりきてた」  その瞬間、佐伯の目がわずかに揺れた。たぶん、俺が思ってる以上に。そして小さく、ほとんど独り言みたいに呟く。 「……あれがきっかけだったのかもな」 「ん?」 「いや……なんでもない」  なんでもない顔をしてるけど、なんでもないわけない。ああ、やっぱり。去年のあの舞台から、何かが始まってたんだ。  そう思ったら、自然と口元が緩んだ。 「ふーん?」 「その顔をやめろ」 「榎本、待たせてるんだろ」  言うと、佐伯は小さく息をつく。 「……行ってくる」  資料を抱えたまま教室を出ていく背中。普段は無駄のない歩き方なのに、その足取りだけがほんの少しだけ速い。  廊下の先、中庭へ続く階段の向こうに、榎本が待っている。  それを思うだけで急いでしまうんだろう。  俺はその背中を見送りながら、ひとり小さく笑った。 (……なるほどな)  恋人、ってやつかもしれない。まだ俺には縁のないもの。でも――ああいうふうに自然と足が向く相手がいるのは、少しだけ羨ましいと思った。 ***  委員長会議の資料を職員室に届けて戻る途中、ふと窓の外に目が止まった。  中庭脇のベンチ。西日がちょうど差し込むその場所に、二人並んで座っている姿が見える。  佐伯と榎本だ。 「……あいつら、まだ話してたのか」  思わず足を止める。少し前に、榎本が「いつもの場所で待ってるから」と佐伯を呼びに来ていた。あの軽い口調からして、よくあることなのだろう。  でも窓越しに見える二人の空気は、ただの友達のそれとは少し違っていた。  榎本が何か言って、身振りを交えて笑う。佐伯は呆れたように息をつきながらも、その場を離れない。むしろ、視線がずっと榎本に向いている。それが妙に印象に残った。 (……ああ)  なんとなく、わかった気がした。会議中に榎本が顔を出したとき、佐伯の空気が一瞬で変わった理由。普段の堅い表情が、ほんの少しだけやわらいだ理由。  去年の文化祭でロミオを演じた榎本が、ジュリエット姿の佐伯へ手を差し伸べたときの、あの真に迫った目線。全部、ひとつに繋がる。 「そっか……」  小さく呟く。あいつら、付き合ってるんだ。確信に近いものが胸に落ちる。言葉にしなくてもわかる距離感がある。肩が少し触れるほど近く座っているのに、どちらも気にしていない。  沈黙すら自然で、同じ方向を見ている。あれはもう、ただのクラスメイトじゃない……いや。もしかしたら、本人たちはまだ“付き合ってる”と明言していないのかもしれない。  でも、もう始まっている。少なくとも、あの二人の間では。  窓辺に寄りかかりながら、思わず小さく笑った。 「なるほどなあ」  去年のロミジュリ、あえて逆転した配役。ロミオの榎本と、ジュリエットの佐伯。あの舞台がきっかけになったんだろう。  読めてしまう。人を見るのは、昔から少し得意だった。だからこそ、あのベンチに流れる空気があまりにもわかりやすい。 「……よかったな」  誰に向けた言葉かわからないまま、そう呟いた。堅物の佐伯が、あんな顔をする相手。自由奔放な榎本が、ああして待っていたい相手。きっと、お互いに特別なんだ。  窓の外では、榎本がまた何か言って笑っている。それに佐伯が、ほんの少しだけ口元を緩めた。その表情を見た瞬間、確信した。  ――ああ、もう完全に恋人の顔だ。  なんだか少しだけ胸があたたかくなって、俺はその場を離れた。知らないふりをしてやるのが、たぶん今は一番いい。  あいつらが自分たちの言葉で、それを口にするまでは。

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