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第16話 恋は一方通行(1)

 なぜ兄はわざと怒られるようなことばかりするのだろう。勉強すればいいのに。大人しくしていればいいのに。おばあちゃんのいうことを聞いていればいいのに。そしたらおばあちゃんは怒らないし、俺にも歌音にもとばっちりが来なくて済むのに。俺はいい子でいよう。褒められることをたくさんしよう。みんなが嫌なことも率先してやろう。そしたらおばあちゃんは機嫌よくいてくれるし。だってその方がいいじゃん。だって円滑が一番いいじゃん。誰も困ってないのが一番いいじゃん。俺はいい子なんかじゃないけれど、いい子でいよう。いい子でいよう。いい子で…。いい子で………。      光輝は目を覚ましてからメッセージアプリを開いてかれこれ30分は石像のように固まっていた。  一泊二日の山小屋合宿を終えた月曜日、晴れて奏汰と付き合うことになった。けれども、挨拶をしてもいいのだろうか?意味のないメッセージを送っても構わないだろうか?と悩んでいた。  彼氏と何気ないメッセージを送り合う。そんな他愛のないことに光輝は憧れていた。  奏汰には『これはお試しだからね。一ヵ月付き合ってみて大丈夫だったらちゃんと付き合おう。お互い好きになりすぎないように気をつけよう』と釘を刺されてしまった。  光輝は、またまた何をビビってるんだ、奏汰さんって案外小心者だよな、そこが可愛いけれど。などと思ったが、できれば嫌われるような行為は慎みたい。なんならもっと自分のことを好きになってもらいたい。向こうが離れられなくなるくらい。  光輝は愛されたいタイプなのだ。自分のことを誠実で好きでいてくれるなら容姿やスペックなんか割とどうでもいいと思っている。だから奏汰の性癖などたいしたことないと思っていた。  ともかく無意味に『おはようございます』なんて送ってウザがられないだろうか。奏汰はグイグイ行くと引いてしまう傾向にある。でもアピールをしないと、彼氏なんだからそれくらい普通だ!と思って指に力を込めて文字を打とうとした。  しかし。 『おはよ』  とたった3文字の文字が奏汰から送られてきて先手を打たれてしまった。 (うわーー即既読つけちゃった。俺キモい) 『おはようございます!俺も今挨拶しようと思ってたところです!』  と慌てて送ってしまったが、見返すと前のめりな文章に恥ずかしくなった。「!」マークを二回もつけてしまった。 なんだこれ。 人と接点なさすぎて会話の仕方忘れた。 コミュ障の文か。  光輝は高二の終わりに同性愛者だとバレて一線を置かれた経験から、友人付き合いを諦めてしまいほとんど誰かと連絡を交わすことがなかった。  世間話とかどうするんだっけ…。 「なんだこれ。コミュ障の文か」  奏汰は電車の中で光輝のメッセージを見て苦笑した。      放課後になって光輝は奏汰の家にやってきた。  大学では絶対に付き合っている素振りを見せるな、引き続き名字で呼べと命じられてしまい、同じ敷地内にいるのに見かけても挨拶くらいしかできない。  おまけに奏汰はほとんど一人で行動してることがないので、余計に接触できないのだ。今日一日だけでフラストレーションを募らせた光輝は、半ば無理矢理奏汰の家に押しかけるアポイントをもぎ取った。  奏汰はいつものベッドとローテーブルの隙間ではなくベッドに腰を下ろした。光輝が突っ立っていると 「ここ、座る?」  とぽんぽんと横を叩いた。 「うん…」  光輝は奏汰の隣に座る。床からベッドの上に座っていいことを許されて、光輝は嬉しくなる。 「………」  光輝は奏汰に聞きたいことがたくさんあった。奏汰のことをもっと知りたい。好きな食べ物とか趣味とか。  しかし突然「趣味は…?」などと切り出すのもなんだが会話のネタがない奴のようだ。そもそも恋人同士って何を話すんだ!?検索してくればよかった!と光輝はぐるぐる考え出して黙ってしまった。 「………」 「………」  一方奏汰は静かになってしまった光輝の様子を横目で窺う。何やら神妙な顔をしている。おおかた何を話していいものか考えあぐねているのだろう。さっき買ってきたお茶でも出してやるかと腰をあげようとした瞬間、光輝は奏汰の方にぐるんと顔を向けた。 「キスしてもいいですかっ」 「え!」  突然言われて奏汰は驚いた声を上げた。 「え!?」  驚かれたことに驚いて光輝も声を上げる。 「え、あ、いいよ」  そもそも奏汰も恋人がいないまま一年以上経過している。今まで歴代の恋人たちとどうやって過ごしてきたのかよく思い出せない。あまり記憶に留めておきたいほど素敵なお付き合いもしていない。  奏汰が一番好きなのはずっと昔からカイだけだった。妥協して恋人を作ることはあっても、結局破局してカイとの関係を続けてきてしまった。光輝のことは可愛らしいと思っているし、そばにいないと寂しさも感じるが、正直に言ってしまえば今この時もカイが一番好きだ。  ちゅ…と唇を触れ合わせながら、奏汰は罪悪感を募らせる。このまま光輝と付き合っていていいのだろうか。一方で、いつかカイよりも夢中にさせてくれる男が現れると思っていたが、そんなものは現れないのかもしれない。なら、自分のことを好いてくれる人ときちんと関係を築いていくべきだ、とも思う。どんなに頑張ってもカイは手に入らないのだから。 「!」  もやもや考えていると急に光輝は奏汰の二の腕を掴んで押し倒してきた。 「んんっ」  光輝は奏汰をベッドに押し付けながら、なおも唇を離さずに舌を差し入れてきた。 「ふっ、ぁ」 「奏汰さんっ」  光輝は息を荒くしながら奏汰の名を呼んで口を吸ってくる。キスの経験が浅いのか焦っているように感じる。強引なのは嫌いではないが、光輝の懸命さは犬にじゃれつかれてべろべろ舐められているような感覚だ。まぁ嫌ではない。可愛いなあとは思える。性的な刺激はあまり感じないが。  光輝はそのうち首筋や耳に口づけをし出し、手を奏汰のシャツの中に差し込んできた。 「ちょっと待って!ヤリたいの!?」 「あ、え、ヤリたいです…」  光輝は顔を上気させながら答える。 「……んじゃあ、俺が抱いてあげるよ」  と奏多は光輝の肩を掴むとぐるんと回って光輝を押し倒す。 「は!?いや抱かせませんよ」  と再びぐるんと押し倒し返された。 「いや、いいってば」 「いや、なんですか!?」 「だって君タチの経験ないんでしょ!」 「ないから練習させてくださいよ!」 「俺で練習する気!?」 「他に誰で練習するんですか!」 「ちょ、疲れた…」 「はぁはぁはぁ…」  二人はぐるぐる押し倒し合ってたが、やがて息が切れて二人で並んで倒れた。冷房はきかせているが七月に入ったばかりの今日は暑い。まるで抱き合ったあとのように汗だくになってしまった。   「不安なんだ」  ぽつりと奏汰が呟く。 「何がですか?」 「ここ一年くらいカイくん以外に抱かれてないから、」  と言いかけたところで、光輝はがばっと起きる。 「ちょ、ちょっとバカ!!」 「えっ!?」 「何、他の男の名前出してるんですか!?誰ですかカイくんって!!セフレの人!?」 「た、確かに…ごめん…」 「まさか、今後もそのセフレの人に会うつもりですか!?」 「でもカイくんはこっちから言わなきゃ連絡一つよこさないし…」 「そういう問題じゃないですよ!ちゃんと連絡先消してくださいね!」 「え、え~…」 「消さないつもりですか!?」 「消す消す、消すけどさぁ…」    カイくんは特別なんだもん…と心の中で奏汰は呟いたのだった。

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