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第21話 君とは付き合いたくない(1)*

 小さい自分が泣いている。  それを俺は冷めた目で見ている。 『ごめんなさい、ごめんなさい、男の子が好きでごめんなさい、いやらしい子でごめんなさい、良い子じゃなくてごめんなさい、おばあちゃんごめんなさい』  泣いたってどうしようもないのに。  ごめんね、助けられなくて。 「うおお!?」  奏汰がぼんやり目を覚ますと光輝がじっと奏汰を見つめていた。光輝がいることをすっかり忘れて素っ頓狂な声をあげてしまった。 「おはよう奏汰さん…」  光輝はまるで初夜が明けた新妻のような幸せいっぱいの顔をしている。昨夜は何もなかったのに。起き抜けから甘ったるい表情を見せられて、奏汰は若干胸やけがするような気がした。 「…起きてたなら起こして良かったのに。今何時…?」  奏汰はむくりと体を起こすと寝ぼけ眼で眼鏡を探した。奏汰のかけている眼鏡は伊達ではなく度が入っている。奏汰は近視なのだ。 「八時過ぎです」 「えーまだ早いじゃん。いつから起きてたの?」 「四時前から…」 「四時前!?」 「なんか目が冴えちゃって…」 「もう…もっとリラックスしてよ」  へへへと笑う光輝を奏汰は抱き枕のように抱きしめて再び横になった。 「!」  光輝は驚いたが、すぐにとろけてしまう。こんなふうに柔らかく抱きしめられたのは最初にホテルに行った時以来だ。奏汰の筋肉質な胸の中は安心する。もっと浸っていたくて光輝は目を閉じた。光輝が足先を絡めても奏汰は嫌がらなかった。  あぁ…これこれ…これが欲しかったんだ…と光輝が感動していると、 「今日は何かしたいことある?」  とまだ眠そうな声で問われた。 「え、えっとどっか行きたいです!」  光輝はやりたいことも行きたい場所もいっぱいある。普通の恋人同士がしているようなことに執着といえるほどの憧れがあった。 「え?でも雨じゃない?」  確かに耳を澄ますと雨音がパラパラ聞こえる。昨日は晴れていたのに。 「えー…デートしたかったのに!」 「別にいいじゃん。家でごろごろしてれば」  悔しがる光輝を宥めるように奏汰は言う。 「うーん…」  納得がいかない素振りで唸る光輝に 「……セックスする?」  奏汰は悪戯っぽく小声で問う。抱きすくめられながら頭上で囁かれ、それだけで光輝はくらくらしそうになった。 「する!」  光輝はぎゅっと奏汰を抱き返した。  朝ごはんを軽く食べてシャワーを浴び直すと、 「それじゃあ、優しくしてね」  と奏汰はゆっくりとベッドに横たわった。奏汰のゆるっとしたハーフパンツから伸びるしなやかな脚と腕の筋や血管を見ると光輝はまた頭が真っ白になってしまう。 「えっ、あ、優しくします」  と言ってから、ん?と思う。 「優しくした方がいいんですか?Mなのに?」 「うーん…俺、痛いのとか苦しいのは嫌なんだよ。まあ軽くだったら好きだけど…首絞めとかはやめてね」 「それマゾじゃなくない?」 「便宜上Mって言ってるけど、厳密には違うだろうね」 「俺、奏汰さんがして欲しいことするから何でも言って」  奏汰は食い気味の光輝に対して苦笑する。 「それなんだけど…いいよ気にしなくて」 「え!?」 「コウくんの好きにしていいよ」  と言って奏汰は両腕を光輝に伸ばした。その腕に誘われるように奏汰の胸に収まった。まだ湿っている奏汰の肌から石鹸の香りが立ち上っている。麻薬みたいだと思った。人肌は中毒性がある。せっかく手に入れたこの場所を逃してたまるか、と光輝は思う。 「コウくんと触り合ってるだけで幸せだから」 「ほんと…?」  光輝が奏汰の胸から目線だけあげて奏汰を見ると優しげに微笑む瞳と目が合った。奏汰の少しだけ垂れた柔和な目元は好きなパーツの一つだ。 「ほんとだよ」  奏汰が光輝の頬を撫でて唇を合わせようと顔を近づけた時、 「嘘!!」  と突然、光輝は叫んだ。 「えっ!?」 「嘘つかないでくださいよ。そうやって相手にとって都合いいことばっかり言わないで」 「…………」 「奏汰さんはいじめられるのが好きなんでしょ」  光輝はそう言いながらゆっくりと奏汰の体に手を這わせた。薄手のシャツとハーフパンツは、布越しでも体のラインがよく分かる。すり…と擦るように股間を触れられて、奏汰はゾクっと肌が粟立つ。 「う、うん…」  奏汰の瞳が媚びるように揺らぐのを光輝は感じ取った。 「奏汰さんこういうのが好きなの?硬くなってきてる」 「………っ」  奏汰は光輝の言葉と手つきに反応するように光輝のシャツをぎゅっと掴んだ。もっと、と強請られているようで光輝は少し手応えを感じる。 「直接触って欲しい?」  焦らすように服の上から触れながら尋ねると、奏汰は 「……触って欲しい…」  と胸を上下させながらねだってきた。興奮してくれているらしい。 「あっ…」  下着の中に手を突っ込んで奏汰自身に触れるとそこは熱く充血していた。しばらく指先でくすぐるように触れたり、軽く扱いて弱い刺激を与え続けた。そのたび奏汰はか細く鳴いて熱い息を吐き続けた。  自分を抱いてくれた最初の奏汰とは別人のようだった。ほんとに同じ人?とさえ思う。この奏汰も可愛いらしいが自分を優しくリードしてくれた王子様みたいな奏汰が恋しい。あの奏汰にはもう会えないのかな、と思うと少し寂しくなってくる。 (だめだめだめ、俺は自分のこと好きになってくれる人なら、なんだっていいんだ)  光輝は意識を目の前の奏汰に集中させると、指先をさらに奥に進めた。奏汰のつるりとした臀部を撫でて窄まりに指をあてがうと奏汰の体がびくっと震えた。 「ここは?」 「そこも…触って欲しい………」  すがるような瞳で言われて、光輝もゾクっと気持ちが昂る。 (大丈夫、ちゃんとこっちの奏汰さんにも興奮してる)  しばらく奏汰の後ろを指でほぐしてやる。前回もそうだったが奏汰のナカは最初こそキツイがすぐにすんなりと受け入れてくれる。いつも誰かを受け入れているように。 「……………」 (だめだ、こんな時にセフレの人のことを考えるな…せっかく感じてくれてそうなのに)  光輝は指の動きを速めて、奏汰の奥を指で突いた。ローションの力を借りて濡れているそこはぐちゅぐちゅと卑猥な音がした。 「すごい音してる…聞こえる?奏汰さん…」 「あっ、う…ん…」  光輝が言うと奏汰の体が反射のようにビクビクと揺れた。奏汰は体への刺激よりもその音や言葉に反応しているようだった。 「はぁ…、もう…挿れて……」 「もう我慢できない?」 「できない…」  と切ない顔を声で言われて光輝も堪らなくなってくる。 「挿れてあげる…」  光輝は奏汰の脚を持ち上げてそっと腰を押し進めると、 「あっ!!」  と奏汰は胸をのけぞらせて声を上げた。  ゆっくりと抽送を繰り返したが、快感と興奮で気をつけないと自分がイッてしまいそうになる。   光輝はだんだんと余裕がなくなって、奏汰を興奮させる言葉を言えなくなってしまう。 「はぁ、はっ、奏汰さんの、ナカ、気持ちい…!」  奏汰のそこが萎えてしまわないうちに、光輝は奏汰自身をそっと握って上下に動かす。ローションで濡れた掌に包まれて、くちゅくちゅと淫らな音を立てている。 「あっ、やだ、」  光輝は奏汰の手を取って自分で握らせる。 「ほら…自分で扱いてみて…俺に見せて…」 「んん、あっ、あ…っ」  奏汰は従順に光輝の言葉に従った。奏汰はだらしなく口を空けて蕩けたような瞳を見せた。その様子が可愛い。 「はぁ…奏汰さん…いい子だね」  と光輝が何気なく呟いたその直後だった。 「あ、はぁ…はぁ…イイコじゃない…」  奏汰は突然、低い声で言い放つ。 「え?」 「俺、良い子じゃないっ、良い子じゃない、良い子じゃないんです…っ!」  奏汰は錯乱したように喘ぎながら叫び出し光輝はぎょっとする。 (奏汰さん…!?) 「はぁ、はぁ、あっ、俺は悪い子…悪い子なんです…っ、はぁ、」  奏汰は泣きそうに顔を歪めて必死に訴えてくる。まるで高熱を出した病人のうわ言のようだった。 「待って…!そんな締められたら……」  そのまま強い力で食いちぎられそうなほど光輝自身を絞めつけられて、光輝は痛みと強い快感で思わず自身を引き抜きそうになった。しかし奏汰は光輝の背に腕を回して離さなかった。 「っ…あ、だめ…!」  そのまま光輝はイッてしまった。 「ごめんなさい俺の方が先にイッちゃった…」  奏汰は先ほどとは打って変わって四肢を投げ出して脱力していた。 「……いいよ、全然……」  見ると奏汰のそこは萎え切ってしまっていて、吐精した跡もなかった。 「ごめんなさい、奏汰さんイッてないですよね」  そろっと触れてみたが、奏汰のそこはすでに熱を失っていた。 「別にいいよ。俺はイカなくても…」  奏汰は今の今までセックスなどしていなかったような静かさで、服をさっさと着てしまった。 「奏汰さん大丈夫…?」 「大丈夫」  奏汰はそう答えたが、心配でなおも見つめていると 「大丈夫だよ、ごめんね」  と奏汰はやっといつも通り微笑んでくれた。光輝の頭をぽんぽんと撫でる。  さきほどの状態はなんだったのか聞いていいのか聞かない方がいいのか光輝には分からなかった。 「コウくんおいでよ」  奏汰は腕を広げて光輝を誘った。光輝はその誘いにあっさり負けて先ほどの奏汰のことはひとまず置いておくことにした。奏汰の腕枕に収まると途端に凄まじい眠気が襲ってくる。睡眠不足の光輝はあっという間に寝ついてしまった。  雨がパラパラと打つ音がする。7月上旬の土曜日。  奏汰は傍らで眠る恋人を見つめながら、 「俺は良い子じゃないんだよ…」  と呟いた。

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