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27.忙しい
あの日から、忙しい。
実習は多いし、課題も増えてるし。
もうほんと、医大生って忙しすぎると思う。
基本だけでも忙しいし、もっと特化して学びたいことがあれば、もうキリがない。病気ってキリがないし、人によって症状も違うし、学ぶことに終わりはない。
でも。
瑛士さんと会ったおかげで、働かなくて良くなったのは、ほんとに、ありがたい。
医大は六年だし、学費もめちゃくちゃ高いから、そもそもお金持ちが多くて、バイトとかしなくても居られる人達が多い。もちろん、そうでない人達も居るけど、やっぱり、働きながらで、勉強を完璧にするのはかなり辛い。だから、効率的に働けるなら、と、ふらふらっと話聞いてみようかと思ってしまったのだけど。
……あの店って、大体何の店だったんだろう。
即日払い、一日短時間から、高給。……何だったのかなあ??
まあオレ、判定不能なほどΩの要素が低くて、妊娠とかもしにくいだろうって言われてるから、最悪なんでもいいって思ったのは確かだけど。そういう、恋愛ぽい経験もないしこれからもなさそうだし、別に、綺麗でいたいとかもなかったんだけど……。でも、そこまで伝えてないのに、竜には怒られたしな。やっぱり、ダメなのかな。とは思った。
まあでも。気をつけなきゃいけないのは分かってるんだけど……。
Ωが性の対象にされやすいのは事実だし。ヒートなんてもののせいで、最悪なことになるΩも少なくない。何なら、被害者はΩじゃなくて、煽られたαだなんて、言い分もある位だ。……つか。それって。意志の力も、理性の力もいっさい働かず、Ωなんてどう扱ってもいいんだっていう、αの――欲望だけに支配されましたっていう。すごくみっともない言い分、だと思うんだけど。
――そこに言及する人は居ないんだよな……。
そんなに、Ωのヒート時って、我慢、出来なくなるものなんだろうか。
オレは、ヒートになる前に、大体ものすごく具合が悪くなるから、突然の事故、みたいなのにはあうことはなさそうだけど。
――ヒートがなければ、もうまんまβみたいなもんだし。
ヒートになっても、オレのフェロモンを感じる人は、もしかしたら居ないかも、なんて医者には聞いたから、竜がオレのヒートの残り香を少しでも感じるのは、特殊なんだろうなあって思ってるけど。
頭の端でとりとめもなく考えながら、学食の夕飯を食べる。
――みそ汁を口にして、ほ、と一息。
みそ汁なんて、ある程度は、どんな作り方でもおいしく飲めると思う。味噌っておいしいもんね。
でも、やっぱり――母さんが教えてくれた、みそ汁が、一番おいしくて。
それを――瑛士さんが、気に入ってくたれのは。嬉しかったなぁ、なんて、ふと思う。
そういえば、夜三人が家に来た日から何日か、瑛士さんと食事はしてない。朝も夜も。
というか、オレ自身も、家でほとんど料理らしいものはしてない。
朝とお昼のおにぎりだけ作って食べて、夜は学校の食堂で済ませちゃってるし。
食堂のご飯は、安いし、ボリュームもあるので、まあそこで野菜とればいいかな、という感じ。
朝早く出てきて、夜遅く帰るので、瑛士さんには会ってない。
あのマンション、多分防音がすごいのか、瑛士さん側からの物音とか、一切しないから。居るのか居ないのかも、良く分からない。
とりあえず、婚姻届けは書いたし。
引っ越しの書類とかも色々書いた。実際引っ越したら、大学とかの色々も、変更届出さないとだな。
結婚しても別姓で良いって言ってたから、名前は今のままにさせてもらうことにした。
三年後また呼び名が変わるのは決まってるし、それはめんどうだから、という理由。
契約結婚の条件みたいなのも、そうだ、読んでおかないと。
なんか忙しくて、帰って、SNSチェックして返信して――ってやってる内に寝ちゃうんだよな。
まあいいや。今日は金曜だし。
明日の朝は、すこしゆっくり起きよ。
ごはんを食べ終わったら、なんだかちょっと眠くなってきてしまったので、食器を片付けて、眠気覚ましのコーヒーを飲む。ブラック、苦いと思いながらも、ぼー、としていたら、頭をぽこ、と叩かれた。
「あれ、竜……」
「起きてるか?」
「うん……ちょっと寝そうだったから、ありがと」
んー、と背伸びをしたところで、「飯食った?」と聞かれる。
「ん? そうだけど」
「飲み会、飯うまいとこだって、教授言ってたのに」
「――飲み会?」
首を傾げたオレに、竜が眉を寄せた。
「やっぱ、お前、忘れてるよな」
「何だっけ、飲み会って。今日?」
「教授が論文で賞をとったお祝い会。十九時から。来いって言われたろ」
「あ!!―― うわー忘れてたー」
そうだったー。時計を見ると、十八時。
えーじゃあ、この後、やろうと思ってた全部、明日回しじゃんかー。
わーん……土曜は読みたいものいろいろあったのに……。
「竜は何しにきたの」
「お前、電話しても出ねーから」
「あ、探しに来てくれたの? よく食堂って分かったね」
「お前、忘れて飯食ってそうな気がしたんだよ」
「さすがだー……」
オレはコーヒーを一気飲みして、立ち上がった。
「あと三十分、とりあえず、ちょっと頑張ってから、行くことにする」
「――なんか手伝う?」
「竜は余裕なの?」
「急がなくてもいいから。お前は、Ωのことばっか調べてるからだろ」
「……まあ、確かに、そうだけど。あーじゃあ、手伝ってほしいこと、ある……」
「おっけ」
二人並んで、自習室に急いだ。
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