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45.ウインク
買い物をして一緒に家に帰ってきた。品物を冷蔵庫や棚に入れながら、「オレ、しまうので、お仕事行っていいですよ、瑛士さん」と言ったけれど、瑛士さんは一緒にやる、と言う。
「凛太の料理って、レシピノートがあるって言ってたよね? ここに持ってきてるの?」
「持ってきましたよ。母さんが教室に通ってた時の。プリントとか貼ってあります。今はオレ、ほとんど見ないですけど……たまに作る料理とかは見るので、持ってきてて。――あ、瑛士さん、ご飯作ってくれる人、いるって言ってましたよね?」
「あー、うん。掃除とか家事に入ってくれる人に頼めば、作って冷蔵庫に置いておいてくれるけど?」
「ノートのレシピ見せたら、作ってくれるんですか?」
「うん。作ってくれると思うよ」
「ノート、貸しましょうか?」
冷蔵庫を閉めながら、瑛士さんはオレを見て、数秒黙った後。
「んー、いいや――ありがとね?」
「いえ」
あ、いらないのか。そっか。
あの味が、すごく好きなのかと思ったけど。なんだか拍子抜けして、黙っていると。
「ほとんど見ないで、凛太が作ってるんでしょ?」
「……あ、はい。そうですね」
「じゃあレシピとは少し違うかもだし。凛太が作れる時だけでいいよ」
「あ。そういう意味、なんですね……オレが作ればいいってことですか?」
「ん? そうだけど?」
「レシピ借りるほどは、好きじゃないのかなって一瞬思って……」
勘違いしました、と言ったら、瑛士さんは、クスッと笑った。
「好きに決まってるし。だけど、凛太が作ってくれてるほうがいいなあと、なんか今、咄嗟に思ったんだよね。別の人が作るなら、別の人の料理でいい」
「……分かりました」
なんだか良く分からないけど、とにかく、オレが作るのを食べたいってことなら、嬉しいから、それでいいや。
「今日、瑛士さん、何時にここに来れますか? 合わせて作っておきますけど」
「ん? ああ。オレ、家で仕事しようかなと」
「あ、そうなんですか?」
「うん。会社でやることは終えてきた」
「じゃあ作り終わったら呼びますね。何時がイイですか?」
そうだなぁ、と考えていた瑛士さんが、ふ、とオレを見つめる。
「――?」
え、何だろう。
めちゃくちゃじーっと見つめられている。
明るい部屋で見る、瑛士さんの瞳は、めちゃくちゃ綺麗だけど。
「……? なんですか?」
全然分からないので、聞いてみると。
「隣に人が居ても、勉強できるタイプ?」
「――まあ。集中力だけはあると思いますけど」
またじーーーっと見つめられる。
「……もしかして、ここで仕事、したいとかですか?」
そう聞いたら、瑛士さん、瞳をちょっと大きくして、にっこり笑みを形作る。
「嫌なら向こう行くけど……」
「え。あ。べつに大丈夫ですけど……オレ、そのローテーブルで下に座りますよ?」
「オレもそこ座る。パソコンがあれば出来るから」
ふふ、と笑う瑛士さん。
「じゃあ持ってくるねー」
なんだか楽しそうな瑛士さん。早くも部屋の入口辺りまで歩いてる。なんだかウキウキして見えるのは気のせいかなぁ……。
「瑛士さん、何か飲み物入れときますけど、何がいいですか?」
「んー。コーヒー」
「分かりました」
「待っててね」
ぱちん、と綺麗にウインクすると、瑛士さんは出て行った。
――ウインクって。あんなに綺麗にできるもの??
そう思って、ちょっと真似してみて、右目を閉じてみる。一緒に顔が動く。全然綺麗じゃない。うーん。
「なんか違う……」
うーん。と思いながら、でもなんだか――楽しそうな瑛士さんの姿を思い出して、顔が綻ぶ。
あんな大人な人なのに。
さっきの和智さんのレストラン。
話が聞こえないようになのか、すごく奥まった席に座ってたから、食べる時は気にならなかったけど。食事を終えて、会計に向かう瑛士さんを、通り道のお客さんたちは、はっとしたように振り仰ぐ。そんな様を後ろから、ずっと見てた。女の人だけじゃなくて、男の人も見てた。
しかも、瑛士さんの後ろを歩く、オレのことも見てきて――特に興味無さそうに、瑛士さんに戻る。
多分オレが超美人の奥さんとかだったら、納得するのだろうけど。
まあ、興味を失うのも、すごく分かるよなぁ……。
とにかく本当に目立つ、カッコいい人なのだけど。
あんな笑顔で、ウインク飛ばしてくるのは、なんか――ちょっと子供っぽく見えて、可愛い。
オレといる時は、オレに合わせてくれてる気がするなぁ……。
うーん。疲れないかしら……。とちょっと心配になった。
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