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48.楠さんと。
「――あの……」
不意に後ろから聞こえた声に、二人そろって、びくっと震えて振り返ると――楠さんだった。あ。こんなすぐに来る感じだったんだ。
瑛士さんが腕を解いて、「京也さん、ありがと」と楠さんに向き直る。離されたら、なんだかすごく寒い気がして、オレはブランケットを巻きなおした。
「お取込み中なら、帰りますが」
「――寒そうだったから、あっためてたけど」
ふ、と微笑む瑛士さん。オレは「寒いので入りますね」と、ぷるぷる震えながら、中に入る。
コーヒーは出来ていたので、マグカップに入れて手を温めていると、窓を閉めてる瑛士さんを見て、楠さんがちょっと眉を寄せてる。
「瑛士さん……」
「?」
「――拓真さんに怒られますよ」
「ああ……内緒で」
苦笑してる瑛士さんに、ふー、と息をついて、楠さんがこっちにやってくる。
「凛太くん、ごめんね。今みたいの、嫌だったら、言ってくださいね?」
「あ、はい……」
瑛士さんが、むー、と眉を顰めているので、苦笑してしまう。
「あっためてくれてたので、嫌じゃなかったですけど……有村さんに怒られそうですよね」
「怒られるのは、瑛士さんですけどね」
抜け出す瑛士さんに注意する時も、大変そうではあるけど、いつも穏やかで優しいのに。今はなんだか、困った、みたいな顔をしてる。
「楠さん、コーヒーに砂糖とか入れますか?」
「……なんだかブラックの気分です。普段はカフェオレなんですけど。甘いものはいらない気分で」
……?? ちょっと良く分からないけど、とりあえず、ブラックのコーヒーを渡す。
「瑛士さんは?」
「ブラックでいいよ」
言われるまま渡そうとして、ふと手を止める。
「――あ、牛乳入れましょうか? ブラックで濃いの、あんまり飲むと、安眠に良くないかも……せっかくホットミルク、作るんですし」
「……じゃあ、カフェオレにして」
「はーい」
冷蔵庫から牛乳を持ってきて入れようとしていると。なんだか、ものすごく、楠さんがオレの顔を見てる。
ん?? なに?? 思わず二度見しちゃうと。
楠さんが瑛士さんに呼びかけた。
「瑛士さん。USB余ってるのあります?」
「んー? あっちの部屋にあるけど」
「持ってきてもらってもいいですか?」
「ん。ひとつ?」
「はい」
立ち上がった瑛士さんが、部屋を出て行った。出ていく後ろ姿だけでもかっこいいなぁと感心していると、楠さんがオレに向き直る。
「凛太くん」
「……は、はい??」
「瑛士さん、カフェオレなんて絶対飲まないとか言ってた人なんですけど。コーヒーはブラックに限る、みたいな。昔から」
「え。そう、なんですか? 今そんな感じじゃなかったですけど」
「…………ホットミルクってなんですか?」
「え、あの。眠れないっていうので……」
「――そういえば、今日、凛太くんの横で眠れたとか?」
「……眠れたって……いや、確かに寝てましたけど……」
「――寝かせに来て、離れようとしたら、凛太くんが瑛士さんの袖をつかんで離さなかったから、隣に横になったとか? そのまま、すぐ寝ちゃったって言ってましたけど」
「――んん?」
なんか今、知らない情報が……。
「何ですか? 離さなかったって」
「――聞いてないですか?」
「はい」
「服を脱がせて寝かせて、離れようとした時、握られてて可愛かったからとか、笑ってましたけど」
「――」
離さなかった? なんだか不意に、かぁっと赤くなって、口元を隠す。
「なんかすみません……ご迷惑かけて……」
「いや、凛太くんは寝てただけだから何の罪もないですけど。瑛士さんね。モテすぎるの分かってるから、特に今は、誰にでも普通に、優しいは優しいんですけど、特にそういう目で見られてる時は確実に一線は引いてるんですよ。まあそういうのに気づかないで迫ってくる人は後を立ちませんけど……初めて会った時から思ってたんですけど、凛太くんにはなんか……」
その時、瑛士さんが玄関から入ってくる音がした。
「この話はとりあえず内密に……続きはまた近いうちにしにきますね」
口元に指を立てて、言われて、一応頷くけれど。
オレは、赤くなってる顔が、収まってない。狼狽えてる間に、ドアが開いて、瑛士さんが入ってきた。
「はい、京也さん」
USBを渡しながら、何気なくこっちを見た瑛士さんは。首を傾げた。
「何、凛太、顔赤い?」
「――い、いえ」
ぷるぷるぷる。小刻みに振ってから、瑛士さんにカフェオレを、と思ったけれど。
受け取った瑛士さんに、ふ、と頬に触れられて、まっすぐ見下ろされる。
「何でそんな真っ赤? ――京也さん、セクハラだったら……」
「するわけないでしょう」
瑛士さんに眉を寄せられて、即座に嫌そうに答えてる楠さん。
「分かってるけど――つか、なんでこんな赤いの」
なんだかとっても不機嫌な感じの瑛士さん。
楠さんは、はー、とため息をつくと。
「昨夜、凛太くんが、瑛士さんの服を離さなかったから、一緒に寝たっていうの、知らないと思わなくて――言ったら、恥ずかしかったみたいで」
「――そうなの?」
じっと見つめられて、こくこくこくこくと、また小刻みに頷くと。
そんなことか、と、ふわ、と笑う。
「――可愛かったけど、なんか、凛太、すみません、とか言って困りそうだから、内緒にしてたのに」
「……確かにオレ、今すみませんって言ってました……」
「なんで京也さんに謝るんだよ――ていうか、オレにも謝んなくていいけど」
瑛士さんは、クスクス笑う。
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