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 幸樹には大好きな人がいる。   彼氏の玄太だ。     そして今日は玄太の誕生日だから、幸樹は予約していたケーキを取りに行った。お店の指定した時間が遅かったため、出かける前に飾りつけや料理の支度をした。    雨だった。  でも幸樹の心は晴れやかだった。  信号で止まると、左手に持ったケーキの箱を眺めた。肩にのせた傘がずれて、顔に雨が降りかかった。  マンションに戻ってきた。  その時だった。  女の子の悲鳴がし、振り向くと、トイプードルが彼のほうに疾走していた。 「捕まえて!」  転んだ女の子が叫んだ。  その声に突き動かされ、幸樹は飛び出した。雨に打たれながら、薄目で犬の動きを読んだ。伸ばした手が茶色の胴体に触れた。迫りくる地面におびえ、幸樹は体を丸めた。    案外、痛みはなかった。  濡れそぼった犬の匂いがした。腕の中で、トイプードルが尻尾を振っている。幸樹は頬を緩めた。  女の子が走ってきた。彼女は犬を抱きしめると、お礼を言って帰っていった。ズボンだ。怪我はなかったらしい。  幸樹はびしょ濡れだった。傘を探し、気づいた。足元にひしゃげた箱がある。犬を捕まえる時、体で潰したらしい。それで痛みを感じなかったのだ。 「そんな……」  幸樹は顔面蒼白になった。    それでも、とりあえずマンションに帰り、おそるおそる中身を取り出した。 「ダメだ……」  ケーキは斜めから押し潰されていた。生クリームとスポンジの波に押されて、プレートが端に寄っていた。プレート自体は無事だ。〝玄太 誕生日おめでとう〟と記されている。  ローストビーフやカルパッチョ、SNSを参考にした部屋の飾りつけ、それらに囲まれると、潰れたケーキはみすぼらしかった。   電話がかかった。  驚いて、幸樹は出た。玄太だ。 「いま駅に着いた」 「お、お疲れさま!」 「声なんか疲れてるな」改札を出ると、玄太は肩でスマホを支え、折畳み傘をひらく。「せっかくの休日なのに、まさか準備ばっかしてたんじゃないだろうな」 「そ、そんなわけないよ。ちゃんと休んだし、料理も好きだからへっちゃらだし。それに――」  焦る声を聞き、玄太はほほ笑んだ。  幸樹はまじめで見栄っ張りだと、玄太はよく知っていた。ムリしていないか、不安になる。でも、スマホと睨めっこして料理をつくる姿も、可愛い。バレてないと思っているのが、なおさら。  ――帰ったら、いっぱい褒めてやろう。 「ありがとう、幸樹」  まくし立てていた幸樹が息を止めた。そして小さく答えた。 「……こちらこそ」  幸樹は電話を切ると、必死で考えた。必ず成功させるのだ。玄太に喜んでもらうのだ。駅からマンションまで一五分だ。スーパーもコンビニも間に合わない。何か……何か……。  テーブルをぐるぐる回る。意味もなく、逆回りになる。いっそのこと、食事のあと二人で買いに行こうかと考え、それしかないのかと諦めかけた時、どうしようもない案が浮かんだ。  幸樹は拳を握り、潰れたケーキを注視した。誕生日なんだ……。完璧でないとダメなんだ……。  時計を睨んだ。 「やるしかない!」   ⁂      料理はどれもおいしかった。部屋の飾りつけもおしゃれだった。何より一生懸命準備してくれたのが嬉しくて、玄太は飲みすぎてしまった。    幸樹は、かいがいしく料理を運んだり、酒をついだりしてくれた。幸樹の肌は白い。それにモチモチしている。酔いが回り出すと、料理よりも酒よりも、目の前をかすめるその腕に噛みつきたかった。ムラムラする。  「ケーキの準備するよ」 「お、おう」  玄太は座り直した。あそこは固くなっていた。 「どんなケーキなんだ?」  気を取り直して聞くと、おもむろに幸樹が近づいてきた。玄太は慌てて椅子を前にずらした。勃っているのをバレたくない。幻滅されたくない。 「……少し待ってて」  羽のように薄い声だった。  真っ暗になる。  玄太は目隠しをされていた。よくわからないまま心臓は高鳴っていく。あそこは反り上がっていく。 「いいよ」  目隠しをむしり取った。常夜灯に切り替わっていた。  テーブルに、裸体が横たわっている。  陰影で、体の曲線が浮き上がっている。  星座のように配置された生クリームと苺が、艶めかしく光っている。  目の前に太腿があった。生クリームに、カットした苺が載っている。白い脚を撫でると、幸樹がびくついた。玄太はかぶりついた。歯が苺に沈み、そのまま太腿に当たった。酸味と甘さが広がっていく。唾液と一緒に、果汁と生クリームが垂れていく。  玄太は視線を上げた。立ち上がった幸樹の竿に、生クリームが伝い落ちていた。  ――召し上がれ。  幸樹は用意した台詞を言おうとした。決死の覚悟だった。けれどその前に唇を塞がれた。荒々しいキスだった。酒と肉の匂いが流れ込み、それを玄太の舌がかき回した。  玄太はこんなキスをしない。いつもはもっと丁寧だ。  玄太の頭が動くたび、常夜灯が消えたり現れたり、まるで蝋燭のように揺れる。夢を見ているようだ。ほどけた緊張の中から、甘いけだるさが溢れた。思考が鈍っていく。気づけば幸樹は、舌を絡めながら呟いていた。 「……気持ちいい」 「俺も」テーブルに寄りかかって、玄太は上着を脱ぐ。「最高のケーキだな」  玄太の腹筋がきれいに映る。幸樹の竿が熱くなった。生クリームが緩慢に股へもぐり込んでいく。 「これ、どうした?」  幸樹の摘まんでいたプレートを、玄太は手に取った。  「どこに飾っていいか、わからなくて」  玄太のぎらついた目が動いた。「ここだな」    プレートが唇に触れた。    幸樹はプレートを咥えた。玄太の舌が首筋に降りていく。舐められた皮膚の下が痺れて、食いしばりそうになる。でも、ダメだ。このプレートは玄太が食べるのだ。彼の誕生日だから。開いた口から、声が漏れる。  胸に辿り着いた玄太が苺を噛んだ。果汁が脇に垂れた。    玄太はわざと音をたてて呑み干すと、舌で生クリームをかき分けた。甘ったるい。だから早くたどり着きたくて、大きく舌で円を描いた。舌先が粒に触れた。玄太の竿が喜びで痛くなる。身をよじる幸樹を押さえて、乳首をはじき、噛み、なぞった。幸樹の声が乱れていく。初めて聞く声だ。体が裂けそうなほど、嬉しい。ズボンを脱ぎ捨てた。 「乗れよ」  幸樹はぼんやりと頷き、起き上がった。玄太の先端に、雫がふくれている。幸樹は手を伸ばし、塗り広げた。玄太が熱い溜息を漏らす。足が大きくひらいた。幸樹は指を舐めた。 「旨いか」 「ケーキよりも」 「大人の味だからな」  玄太がオジサンみたいなことを言った。  生クリームを皮膚に垂らしながら、幸樹はまたがった。玄太の顎を両手で持ち上げて、咥えたままのプレートを差し出した。強く腰を抱き、玄太がかじった。幸樹は思う。何年も、何十年も、そばにいたい。そばにいて、生まれたことを祝いたい。  キスをしながら、幸樹は腰を落とした。熱く硬いものが宿っていく。身を裂く痛みが瞼の裏にまで突き上がった。玄太がなだめるように頭を抱き、何度も唇を重ねてくれる。じんわりとなじんでいく。 「動かすぞ」  唇を離して、玄太が言った  幸樹はしっかり頷いた。    椅子の上だ。玄太の動きはじれったい。彼の動きに合わせて、幸樹も腰を滑らせた。両腕は首に回した。生クリームが下へ下へ流れていく。  玄太があばき出した秘奥がある。二人で探し、かすめるたびに、肉の壁は収縮した。玄太のものを締めつけ、それでも暴れようとするそれに、幸樹の竿が跳ねた。玄太の腹筋は幸樹の雫でかすかに濡れていた。    血管が破裂しそうなほど、固くなっていく。 「もっと激しく」  幸樹は腕で引き寄せて言った。    玄太の息があらぶった。彼が太腿の下に手を入れ、持ち上げた。慌てて幸樹はテーブルに両手をついた。    玄太は奥を突き上げた。幸樹が胸を反らした。玄太の全長の届く場所に、幸樹の秘奥がある。そこを突き上げると、肉体の躍動が返ってくる。その快感に、玄太は腰が砕けそうになる。俺も幸樹も生きている。そう感じる。頭が真っ白になっていく。    二人の声が重なった。  闇を裂いた白光が奥を貫いた。そして巡るように、幸樹も白いものを散らした。    ⁂  幸樹はソファから起き上がった。シャワーを浴びたあと、寝てしまったのだ。玄太がかけてくれたブランケットを置き、ダイニングに向かった。  玄太はあのケーキを食べていた。スマホを見ながら、スプーンですくっている。潰れた理由はシャワーの時、説明した。 「太るよ」 「今日はチートデイ」  玄太はスマホを見たままだ。  幸樹は新しいスプーンを取って、前に座った。玄太は遊園地のサイトをスクロールしていた。幸樹はケーキをひと口食べる。張り切ってホールケーキにしたけど、けっこう量が多い。    ケーキはところどころ生クリームが剥げている。苺もなくなっている。幸樹が使ったからだ。でも、二人は思う。――おいしい。 「誰と行くの?」  幸樹は平静を装って聞いた。  玄太はほほ笑んだ。     「大好きな人と」  了

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