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第2章 (1)

 祖父母とともに過ごした時間は、長いようであっという間だった。  上京する当初、祖父母は法要を済ませたらすぐに帰る意向を示していた。滞在先がホテルではなく、ヴィンセントの自宅であったこともあり、遠慮したのだろう。せっかく来てもらうのに、それでは申し訳ないとヴィンセントが説得し、滞在期間を延ばしてもらったのである。  そんなわけで、法要を終えた翌日から、莉音ははりきって祖父母に東京を案内した。  浅草、スカイツリー、明治神宮、上野動物園にアメ横商店街、豊洲市場、東京タワー。祖父が野球好きであることを知ったヴィンセントが、仕事関係の伝手(つて)を通じてチケットを入手してくれ、東京ドームに試合観戦にも行った。そして週末にはヴィンセントも交え、鎌倉での小旅行を楽しんだ。  あっという間の一週間。ずっと連れまわしてばかりでさすがに疲れたのではないかと心配になったが、祖父も祖母も、自分と一緒に過ごす時間を満喫してくれた。こんなに長い時間、佐倉の祖父母と過ごしたのははじめてのことだった。  明日にはいよいよ、ふたりとも大分に帰ってしまう。空港までは、来たとき同様、また会社の車を出してもらうことになっていた。上京すると聞いたときには驚いたが、過ぎてしまえば明日、見送るのが少し寂しい。これからは、自分もできるかぎり会いに行こうと思った。  いろいろ考えていたら頭が妙に冴えてしまって眠れなくなり、莉音はベッドから抜け出して部屋を出た。この家に住むようになってからは、ずっとヴィンセントと一緒に寝ていたが、さすがに祖父母が来てからは私室として使わせてもらっている部屋で寝起きしている。  水を飲んでひと息つこうとキッチンに向かった莉音は、薄暗い部屋の奥に(とも)る、間接照明に気づいて動きを止めた。目を凝らすと、キッチンに併設しているバーカウンターのスツールに、ヴィンセントが座っていた。 「アルフさん」  莉音が声をかけると、ヴィンセントが振り返った。寝酒でも飲んでいるのかと近づけば、カウンターにはなにもない。 「どうしたんですか? こんな時間に」  時刻は、午前一時をまわっていた。 「ああ、少し目が冴えてしまってね。莉音こそ、どうした?」 「僕もです。なんとなく眠れなくて。ちょっとお水でも飲もうかなって」  ヴィンセントは、そうかと目もとをなごませた。 「明日は、昼前の便でよかったかな?」  問われて、莉音は頷く。 「はい。十一時二十分発だそうです」 「そうか。早めに車をまわすから、私のぶんまでお見送りしてきてくれ」 「はい、ありがとうございます。アルフさんのおかげで、おじいちゃんおばあちゃん孝行ができました」  莉音の心からの感謝の言葉に、ヴィンセントはとんでもないと微笑を深くした。 「私こそ、とても楽しい一週間だった。明日から武造さんと晩酌できないのが残念だ」 「おじいちゃん、アルフさんが帰ってくるとグラスと氷、自分で用意してましたもんね」  莉音はクスクスと笑った。 「そんなことを考えていたら、ソファーに座るつもりが、うっかりこっちに座ってしまった」  ヴィンセントが苦笑交じりに言うので、莉音は声をあげて笑ってしまった。  この一週間で、ヴィンセントもかなり祖父母の方言が聞き取れるようになっていた。わからなかったときは、聞き流したりわかったふりをせず、いまのはどういう意味かと必ず尋ねた。きちんと相手の言ったことを理解しようとする真摯(しんし)で誠実な姿勢に、祖父も祖母も、とても感銘を受けたようだった。だからなおのこと、祖父はヴィンセントと酒を酌み交わしながら話すことが嬉しかったのだろう。 「寝るまえに、なにか作りましょうか?」  莉音がカウンターの内側に入ろうとすると、ヴィンセントは「いや」とそれを制止した。 「さすがにもう、やめておこう」  最後の夜だからと、今夜はふたりで十二時近くまで飲んでいた。逆にそのせいで眠れないのかもしれないと、莉音はグラスをふたつ用意して、ウォーターサーバーの水をそれぞれに汲むと、ひとつをヴィンセントのまえに置いた。

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