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第10話

 そう言えば、自分の書いた日誌のページなんって読み返しこと一度もない。  回されてきた日誌を、手に取り何気に自分が、書いたページを捲る。  そこに書かれていたのは、土屋の文字で、“ いつも、丁寧に書かれています。ご苦労様 ”  「らしくねぇ~こと書かれてる感じ?」  「別に…」  ホームルームが、終わり。  閑散とした放課後に続くこの時間。  この高校は、必ず部活動に参加しなければならない決まりはなくボランティアや地域おこし等の野外活動に力を入れている生徒も少なくない。  大半が、進学や就職に向けての点数稼ぎだと言われるが、周囲からは割と好評らしい。  だからなのか、他の学校よりも余計に時間が、ゆっくり動いているように見えるのかもしれない。  それこそ3年生にでもなれば、進学や就職で放課後は、別々になるだろうけど…  「この学校は、ユルいからね。大学とか目指してる子は、それなりの塾に通ってるらしいし」  「朝陽は、どうすんの? 今更な時期で何だけど…」  まだ何も、決めていない。  正直言って面倒くさい。  「藍田?」  「…帰るね…」  「そっ…じゃ、明日!」  なんか…  気が抜けた。  同じクラスメートなのに僕の方は、何も知らなくて…  日誌だって取り敢えず真面目に書いとけって、思ってたいたら…  皆、結構…  普通に相談したり冗談書いたり。  それに対して土屋も、普通に返してくれていたとか…  僕も、もう少し何か書けば?  なんって、思ったけど…  それこそ…  「今更か…」  もしかしたら僕の方が、淡々としていたのかも知れない。  職員室って少し前までは、異質な感じがしてた。  嫌いな大人が、うようよ居て…  近くを通るのでさえ、ためらう場所だった。  三の字に建ち並ぶ。  真ん中の校舎の2階の中央にある職員室。  意外に日当たりがよくて、左右の階段から見渡せる場所でもある。  元々、大人に対して苦手意識が強めな僕は、小中学校の頃からその場所には、用のない限り寄り付く事はしなかった。  高校に進学してからは、その傾向がより一層強くなっていってた。  何となく。  通り掛かったふうに、廊下を通り過ぎながら視線を向ける。  土屋の席は、中央よりの真ん中。  入り口から見て、背を向けるように座っているはず。  ほら。  座ってる。  今日は仕事してるって訳じゃなくて、楽しげに談笑してた。  1人は白衣の保健の先生だけど…  もう1人の人は、カジュアルな私服の先生だ。  「あの人は、スクールカウンセラーの先生よ。おそらくあの3人って、歳的に近いから話しが合うんじゃないの?、って…スクールカウンセラーの先生は、藍田くんの方が、詳しいんじゃない?」  振り返るとそこに居たのは、さっきまで日誌を、書いていたクラスメートの女子だった。  そう言えば、僕が問題を起こす度に面談室に通されて向かい合う人が、居たけど…  「へぇ~…あの人が…」  「えっ…そう言う認識? まぁ…いいけど、何でまだここに居るの? 帰ったんじゃなかったの?」  まさか…土屋を見にきたとも言えず。  階段の方まで、笑い声が響いていたからだと我ながら、アホみたいな言い訳をしていた。  「土屋のこと気になるの? ここの所…土屋、土屋って言ってるし…」  「別に…そこまでいってない…」  「そう…でも、アンタって頭は良いんだしさぁ…進学とか、考えてるなら先生方は、敵に回さない方が、良いんじゃない?」  進学…  「今は何も、考えてないよ」  「お得意の面倒くさい系?」  「さぁ…」  「まぁいいや。暇なら職員室に付き合ってよ」  強引とは、この事だ。  職員室の前をうろうろしてた僕は、何も言い返せないまま腕を引き摺られ土屋の席に行く羽目になってしまった。  「…日誌ご苦労様って、何で…藍田も?」  「帰るって、言ってたけど…暇そうだったから。職員室まで付き合ってもらったの」  「頼まれても、寄り付かなそうなヤツが?」  そう土屋は、笑いながらチェックしていた書類から目線を上げると、水色のボールペンを机に置いた。  そう言えば、この水色のボールペン。  サボってた部屋でも、使ってた。  「そう言えば、藍田くんだっけ? 調子は、どう?」  声を掛けてきたのは、スクールカウンセラーの男だった。  喋り口調が、優しげで…  立場的に、何考えているか分からない僕が、一番苦手とする大人に見えた。  「何かあったら。相談でも愚痴に付き合うよ。気軽に相談室に来てよ」  その笑顔でさえも、気に食わない。  大人達から距離を、詰められるのになれていないせいか、気持ち悪い。  物心付いたときから、大人が嫌いと自覚しながら今になっていた。  いわゆる普通に大人だと言われる年齢に自分が近付きつつあっての今は、学校って枠にはまっている分、敢えて気にしないようにしているけど…  自分自身、大人だと自覚した時に僕は自分を、受け入れられるのか…  それとも、大人になった自分を否定するのか…  「藍田…大丈夫か?」  土屋の声で、我に返る。  「えっ…大丈夫です…それじゃ…」  「そっか、また明日な」  挨拶の相手が、土屋でも…    まだ大人と話すって、やっぱり苦手だ。  そう…無理することなんってない。  強がる必要もないって、分かってるけど…  強がっていないと、たまらなく不安になるから。  僕は、そのまま職員室を後にした。  いくら土屋に興味を持っても、あの時みたいに眠っている状態じゃないしこの間の事で、近付きすぎも懲りたから。  同じ曜日の同じ時間を、狙ってみよう。  歩く度に上履きの靴音が、キュッと鳴り響く渡り廊下。  そこから見下ろす中庭は、ブラスバンドやダンスやチアの練習場となっている。  そう言う光景を見ると、放課後なのだと思えて少し切なくなる。  守られている場所が、一つなくなるからだ。  家には、帰りたくない。  だからって、切れ掛かったセフレの部屋も落ち着かない。  駅のコインロッカーに、私服を預けているから。  トイレで着替えるのは、いつものことだとして…  制服はどうしよう? 下は良いとしてシャツは、シワになるかな?   あぁ…でも、襟さえシワにならなければ、セーターで誤魔化しきく?  でも替えのシャツ無いから。  家に戻らないとマズイ?  家か…  どうするかなぁ…  仕方がない。  今日は、コインロッカーに預けてある荷物を取りに行って、家に戻って洗濯して、部屋に閉じこもろう。  朝になったら早々に家を出ればいい。  それが、一番の選択肢だから。

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