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02. 恋の予感は禁断魔法 3

正悟は昨日出会った男について考えていた。 突然目の前に現れ自分に勝負を挑んで来たこと、そして理事長の孫だということ、他にも色々と考えて授業を受けていた。 本来の正悟であればそんなことを考える訳も無いのだが、何故かあの男の事を考えてしまう。 天ヶ瀬千草──そう名乗った時の男の表情が忘れられない。 悲壮感にも似た寂しげな表情。 どんなに努力をしてもそれをねじ伏せてくる現実。 あの男はどれほどまでに周りからの重圧に耐えているのかと、憶測でしかないが正悟はそういったことを授業の合間に考えてしまうものだから、正直に言えば集中出来ずにいて頭を抱えていた。 おそらく授業中、教師に名指しで問いに答えろと言われても無理だったのではないかと思いながら、それ程までに天ヶ瀬千草という存在が気になっている自分自身への驚きが隠せない。 その日の授業を何とか終えた正悟は、急ぎ足で店へと向かった。 理由は簡単で校内に居るであろう、あの男に会わないようにする為だ。 それだけではない。 その男を慕っているという不良達にも出来れば会いたくはない。 これはそれ故の避難であると自分に言い聞かせてただ黙々と足を動かし歩いていく。 そのお陰か正悟は無事に店へと辿り着き、何食わぬ顔で仕事に励んでいた。 日が沈みかけた夕方、正悟は大きな溜め息を吐きたくなるような人物が店へとやって来る。 「──いらっしゃいま……お前かよ」 「出会って開口それかよ」 「用件は?」 「昨日来いって言ったのはアンタだろ」 「別に来なくても良かったんだけど……というか、来るなよ。懲りない奴だな」 「とにかく──」 男が言葉を繋げようとしたその時、少し席を外していた禅が店の奥から戻ってきた。 狭い店内だ、何か異変があればすぐに気付く。 いつもの飄々とした雰囲気で出てきたは良いものの男の存在が気になったのか、禅は戸惑いながらも正悟に尋ねることにする。 「おや?お客さんかい?」 「オレは──」 「禅さん……ちょっと店空けるから」 「正悟?」 禅は疑問そうに表情を曇らせたが、会話の内容を聞かれたくなかった正悟は素早く男を外へと連れ出し、裏路地に行くことにした。 裏口から出ても良かったのだが男を連れて出る訳にもいかなかったため、仕方なく表の入口から出て裏へと回ることにする。 男もそれについては大人しく従い狭い裏路地へと二人は入っていく。 「今日勝てなかったら明日から来るなよ」 「来るか来ないかはオレの勝手だろ!」 「面倒なやつ……」 正悟は大きな溜め息を吐いて嫌々ながら男と対峙する。 距離を詰めようとする男に正悟はうんざりとしながら相手をしてやることにして、昨日と同じく避けながら男の腕を払っていた。 男も学習能力が無いわけでもなかったのか、正悟が本気ではないのが分かったようで苛立ちが募りつつも一直線で正悟に向かっていく。 単純な攻撃を正悟がいつも通り見切り避けようとしていたところだ。 不意に男が何かに躓き体制を崩す。 それこそ正悟が予想もしていない動きでそのまま二人とも地面へと倒れ込むことになる。 不本意でも押し倒された正悟と押し倒した男、二人の距離は近いを通り越して密着していた。 男は痛みを感じつつも組み敷いた正悟を見下ろすと自分の中に有り得ない感情が芽生えたのに気付く。 正悟の顔を見ると、倒れた拍子に前髪が横へ流れ、隠していた素顔が晒される。 男はその顔を見て綺麗だ──そう思ってしまった。 それだけではない。 正悟の体付き、流れるような髪に、何より近付いた時に感じた正悟のに男は魅了されていた。 「なぁ、アンタ……」 「痛っ……お前、急に倒れるなよ……」 正悟の声が耳に入ると男は我に返り、そのままの勢いで正悟の上から退き立ち上がろうとした。 その時のことだ──男は何かを押し潰す音が聞こえてそれを確認する。 視線の先には壊れた眼鏡が落ちていた。 正悟と崩れ落ちた時に引っ掛かり落ちたのか、何にせよ音の正体はそれである。 流石の男もそれには驚いたのか少しばかり動揺して謝りたくもない相手に謝り、居心地の悪い空気を作り出してしまう。 「わ、わりぃ……」 「……いいよ、伊達だし」 「は?」 「伊達メガネだから大丈夫って意味だけど」 「なんでそんなもん掛けてるんだよ」 「別にいいだろ」 「でもよ……壊しちまったし……」 「っ……フフ……お前面白い奴だな」 「どこがだよ!」 「だって、敵対心持ってる相手に、普通そんなこと気にしないだろ」 「いや、だって……!」 「まぁ、とにかく大丈夫だから気にすんなよ」 「…………」 「天ヶ瀬?」 「え?あ……いや……」 「変なやつ」 正悟が微笑むと男は複雑な気持ちになり、その場に居られる気分でなくなる。 正悟の言った通り敵対心を持ってる相手に対して普通であれば気にしないのかもしれない。 しかし男はその辺が律儀なのか心根は優しいのか、正悟には理解出来ない何かを秘めているのは確かなようであった。 正悟は自然な笑みを浮かべて男に接している。 普段であればそのようなことは有り得ない。 人間関係を構築しない正悟にしたら、そういった感情は不必要なものだったからだ。 それが今は出来ている。 それもまだ知り合って少ししか経っておらず、更に言うと相手はこちらを敵対視している。 そんな相手に正悟は感情をさらけ出し過ぎたと気付くのに数十秒の時間を要した。 「っ……俺、仕事戻るから」 「あ、おい……!」 正悟はそういうといつもの雰囲気に戻して素っ気ない態度で店まで踵を返す。 その場に残された男は昨日と同じ気持ちでいっぱいになっていた。 結局その日も正悟を連れて行くことは叶わず、それが二、三日続いていたのだが男は一向に諦める事はなく自分の想いを正悟へとぶつけに来る。 男と初めて会った日から正悟は複雑な思いで満たされ、それは禅にも容易に伝わる程であった。 「そういえば最近、あの子毎日来るね」 「勝手に来るんだよ……」 「お友達かい?」 「まさか……そんなの、いないよ」 「けど、正悟。なんだか嬉しそうだよ?」 「いや、嬉しい訳ない……と思うんだけど──」 そんな会話を店でした次の日、正悟は学校でその男と会話をする羽目になる。 昼休みになり人目を避けるように屋上へ向かった正悟は、いつも通り入口の裏手に回ってそこで昼食を取ることにしていた。 その正悟を追いかけるように男が静かに近付いていくのだが、初日の下手な尾行と同じように正悟にとっては手に取るように分かりやすかったため、驚きはしなかったのだが呆れて会話などしたくもなかった。 「おいおい、屋上でぼっち飯とか定番かよ」 「……別にいいだろ、気楽だし」 「根暗な奴……っていうか驚けよ!」 「何に?」 「オレが来たことにだよ!」 「別に……足音聞こえてたし」 「あれだけ忍び足で来たのに、アンタ耳良すぎだろ……!」 「普通だろ」 男の存在を気にせず正悟は食べていた弁当を片手間に食べ続けていると、男の方が会話を繋げてくるので相手を無視出来ない性分なのか正悟はつい返事をしてしまう。 それに気を許し男は正悟に聞きたいことがあったのか、それについて聞いていくと正悟が嫌でも会話として成立してしまっていた。 男としては何故ここまで正悟に執着するのか、本人すらその謎を抱えている状態である。 それでも男は一直線に正悟へ思っていることを投げ掛けた。 「アンタさ、怖くねぇの?」 「怖い?なにを?」 「オレの事」 「別に」 「普通アンタみたいなやつって不良苦手じゃん」 「苦手と言うより嫌いなんだけど」 「……オレを前によく言うよな」 「事実だし」 「なんでオレはこんな奴に負けたんだ……」 男が項垂れている傍ら正悟は食べていた弁当が終わったので、静かに教室へ戻ることにする。 その際に一応男へ言葉をかけてから去ろうとするのだが、いい機会なので忠告にも似た言葉を残して歩き出す。 突然居なくなる正悟に男は多少なりとも慌て、その上嫌味な言葉を遺されたのでは少しばかり表情が険しくなる。 「用は済んだのか?」 「は?」 「用がないなら俺は行くから。あとお前さ、あんまり俺に関わるな」 「なんで」 「不良に絡まれた優等生は教師からも生徒からも話題にされるから迷惑」 「ハッキリ言うよな、そんな見た目で 」 「見た目は関係ないだろ……」 男に対して正悟があまりにもはっきりと言うものだから、それを受け取る側としてはあまり良い気持ちになるものではない。 不良になどなりたい訳では無かった──自分で選んだ道とはいえ男は普通の生活を送りたかった。 周りからの期待と重圧に耐えかねて、そのことから逃げ出したのを多少なりとも気にしている。 男は心のどこかでは救われたい、誰でもいいから自分と言う存在を認めて欲しい──そんな風に考えている。 そんな感情故の呟き。 「不良か……」 「──お前は、違う気がするけどな」 「え……」 「じゃあな」 男が寂しげに呟くのを聞いて、正悟は小声で思ったことを口にする。 聞き取れたような聞き取れなかったような、男はそんな顔をして正悟の背中を見送ることになった。 男が正悟に執着するのと同時に正悟もまたその男に興味を持ち始めており、二人は互いに意識することのないまま互いを無自覚に意識している。 その無自覚な意識を認識するに至るのは、そう長くはかからなかった。 正悟はどこか名残惜しい気持ちを胸に抱き、教室への道を歩いていく。 午後の授業が早く終わる事を願いながら──。

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