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第40話

 身体の痛みで目が覚めた。  シーツの上に寝かされた身体はあちこちが痛む。乾いた精液と体液と汗で、ひどく気持ちが悪かった。  俺を抱きしめて眠っている須田は、それはそれは幸せそうな顔をしている。あれから、いつまでセックスをしたのか。途中から覚えていない。ただひたすらに揺すぶられ、突かれ、声を漏らしていた。  床にあるリュックサックをたぐり寄せ、クロッキー帳と鉛筆を取り出す。クロッキー帳を抱きしめるようにして須田をデッサンした。丸めた背中も掴まれていた手首も痛い。  アーモンド型の瞳はまぶたの奥にある。みえていなくても、まぶたの奥にちゃんとある。まぶらの奥にあるグレイの瞳を感じるように鉛筆を走らせた。すっと通った鼻筋で、左右の顔のバランスをとっていく。  ひとは左右対称なモノを美しいと感じる。けれど、人間の顔は左右対称ではない。つくりものを描きたいんじゃない。須田を描きたい。瞳をとじた須田の顔をじっくりとみながらクロッキー帳に描いた。  唇の輪郭を鉛筆でなぞる。柔らかさを知った。ぬくもりを知った。味を知った。ふっくらとした唇はどのくらい柔らかくて、どのくらい温かくて、どんな味がするのか。  唾液を飲みこんだ。  描いた唇をみつめる。前までとは比べものにならない。前よりも、ずっといい。  デッサンに唇を寄せる。紙と鉛筆のにおいがした。  唇に触れる寸前でクロッキー帳を奪われる。優しく触れた唇は温かい。柔らかくて、温かい。  とじていた瞳をあける。グレイの瞳とみつめあった。角度を変えて口付ける。舌は入れずに、唇だけを重ねた。  ゆっくりと唇がはなれる。須田は、クロッキー帳に描かれた自分の絵を眺めた。 「俺さ。智也が俺以外のヤツといると、ムカついてた。ずっと、ムカついてた」  須田はクロッキー帳を閉じた。シーツの上に優しく置いてくれる。 「智也が俺だけにこころをひらいてくれるのが嬉しかった。友達を智也に紹介しなかったのは、智也をひとりじめしたかったんだと思う。  自覚してなかったけど、最低だよな。友達がクラスで寂しそうにしているのに、助けようと思わなかった。友達失格だろ」 「そんなことない」  須田と友達になった日は昨日のように思い出せる。あの日から、俺の人生に色が生まれた。モノクロだった日々に色が塗られた。  須田がいなければ、俺は今頃、ひとりきりで生きていた。自分の殻に閉じこもり、ひとを好きになる気持ちも知らなかった。 「智也はずっと特別だった。俺から離れていかないと思ってた。智也の友達は俺だけで、智也が笑いかけるのも俺だけだと思ってた」  須田は眉をさげた。情けなく笑う。 「好きだった。智也のこと、ずっと好きだった。ひとりじめしたかった」  泣きそうな顔をした須田を抱きしめた。 「俺も須田のこと、ひとりじめしたかった」  友達に囲まれる須田が好きだ。みんなに好かれる須田が好き。人望の厚い須田が自慢だった。でも、寂しかった。俺だけの須田になってほしかった。 「好き。須田が好き」  抱きしめた身体が震える。俺の抱きしめるちからよりも強く抱きしめ返してくれた。 「これからは、絵の俺じゃなくて、本物の俺にキスして」  グレイの瞳をみつめた。指の腹で唇に触れる。何度も、何度も、何度もなぞった。何度なぞっても指の腹は黒くならない。  指の腹でなぞった唇にキスをする。須田の唇は温かくて、柔らかかった。             ~描かれるは恋(終)~

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