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俺たちは久しぶりに向かい合い、二人で夕食をとった。
……というのも、普段ならユンファさんは十九時から二十時くらいまで間男とセックスを楽しみ、それから俺に全身をマッサージをさせて、そのまま……という流れになる。
また俺に関してもこの日十八時ごろに仕事を切り上げたのは早いほうで、(だから俺は「久しぶりに外食でもしますか?」と彼に聞いたのだが)、俺は普段ならば十九時か、遅いと二十一時ごろまで執筆に集中しているようなときもある。
では普段、俺たちは夕食をどうしているのか?
……ユンファさんは朝や昼のうちに俺と自分の夕飯を作り置きにしていることが多く、俺たちはそれぞれ別に夕食を取るパターンのほうが多かった。なおそれは昼食においても同様である。
またほとんどの場合、俺は寝室の扉の隣に置かれているダイニングテーブルで一人食事を取った。――それだから俺が、寝室で繰り広げられている会話を耳にする機会も多かったのである。
日ごろから俺は、これでは全く砂を噛むような食事だと思えてはいたが、ユンファさんの「自由なセックス」の邪魔はしないという「約束」である。
ましてや彼は食事は手を抜かずきちんと用意してくれていたので、その件で俺が文句を言うということは結果、彼のその「自由」に異を唱えるようでしかなかった。
ちなみに俺はこの日の昼食も一人でとった。
……もちろんユンファさんは間男とも会わず家にいたのだが、何分この日は俺の仕事が非常によく捗ったので、たかが昼飯の十から二十分でも執筆の手を止めてしまうのが惜しまれた。それで俺はユンファさんが作り置きにしてくれていた食事をキッチンで温めなおし、それを自分の書斎に持っていったのだった。
なお、その昼飯時にユンファさんはリビングにはいなかった。というよりか、彼は寝室の床に掃除機をかけていたようである。
そうしてこの日は久しぶりに、俺とユンファさんはダイニングテーブルをはさみ、彼と向かい合って夕食をとったのだが、俺は、今日はやけにユンファさんの機嫌が良いことに気がついた。
先ほどは俺がぼんやりとしていたばかりに彼を落ち込ませてしまった、ともすれば彼が怒っているのではないかと俺は思っていたが、しかし彼が食事を温めなおそうとキッチンに立った頃には、彼は早くももうすっかり機嫌を直していた。
……いつものユンファさんならば、一度機嫌を損ねてしまうと、しばらくはへそ曲がり状態がつづくのだ――少なくともその日のうちに和解が遂げられなかった場合は、翌日になるまではうっすらと不機嫌のままだった――が、やはりこの日の彼は何かが違った。
俺が「何か手伝いましょうか」となかば機嫌取りにキッチンへ行っても、彼はシンク横の台の前に立って作業をしていたところを俺へ振り返り、俺を見てにこっと笑った。普段はとてもじゃないが俺に対して愛想がよいとは言えない彼が俺へ微笑みかけ、「大丈夫だよ、温め直すだけだから。君は座っていて」と明るい声で言うのである。
――今日のユンファさんはなお綺麗だった。
もはやユンファさんの美貌が綺麗であるのは言うまでもないことだが、それ以上に何か、この日に彼がまとっていた雰囲気それ自体も俺の花粉を求めている月下美人の芳香のような、
その華の在 り処 の捜索を駆り立てるほのかに漂う甘やかな薫 りのような、白い華の艶姿もおぼろげな距離があればなお強まる興味関心のままその匂いに誘 われてゆくような、俺とともに彷徨 う甘いにおいの濃霧 にしっとりとまんべんなく濡れた白い花びらのような、俺の唇が濡れたのは霧の仕業 かその華の蜜の仕業か、あるいは自分で舌なめずりをしただけなのか――そうした夢のように遠くも強力な、現実的な彼の色香がなお「綺麗」だったのである。
そしてそう時間はかからず、大人しくダイニングテーブルに着いていた俺の前、そしてユンファさんが今に着くのだろう俺の対面にはそれぞれ彼の手料理が並んだ。
この日の夕飯は照り焼きチキンと味噌汁、サラダ、ほうれん草の煮びたしときんぴらごぼう、それと香物 (たくあん)だった。もちろん茶碗によそわれた白米も共に並べられた。
ちなみにこうした充実したメニューは、別段この日が特別であったということはない。
確かにこの日のユンファさんは何か気合が入っていたし、何か浮かれているようなところはあったが、夕飯に用意される彼の手料理はいつもこれくらいの品数である。――なお昼食ならば例えばオムライス一品に付けあわせの肉炒めだとか、パスタとスープだとか、大体二品か三品といったところだ。それだって有り難い。
ユンファさんは普段から夫の俺にすげない態度を取るわりに、家事炊事というところで手を抜くことはしない人だった。
彼は俺との結婚を機に、いわゆる俗に「ウリ専」と呼ばれるゲイ専門の風俗店を辞めた。俺はもとより彼を養えるだけの財力は十二分にあったが、とはいえ交際中の彼は「結婚をすることになっても仕事は続けたい」と言っていた。
そしてユンファさんを過剰なほど尊重しがちな俺が彼に「結婚するのだから仕事は辞めて」と言わなかったのはもちろん、むしろ仕事を続けたいのならば続けて構わない、と俺は彼にそう言い続けてきた。
しかしユンファさんは俺と婚約をした直後、俺に「僕を養ってくれるか」と聞いてきたので、俺は「もちろん」と答えた。――すると彼は案外あっさりとその仕事を辞めてしまったのである。
いわく「仕事」としてのセックスだと、どうしても客である相手の下の立場となっていちいち細かく気を遣わねばならないことと、また自分が相手を選べないのが煩 わしいので、専業主夫となってセフレを作ったほうが自分の「理想の自由」なのだ、とのことである。
しかしユンファさんは性生活はともかくとしても、家事炊事に関しては全く堕落的ではなかった。
かえって不器用なほど何もかもを完璧に、潔癖にやってのけるので、俺は彼が心配になるくらいだ。
彼は自分は専業主夫なんだからそれくらい当然だ、というが、子どものいない家庭の専業主夫であろうとも、むしろ専業主夫だからこそ定休日というのがないのだから、たまには手抜きをしてくれてもよい。
しかし俺がそう言っても、ユンファさんは「単なる暇潰しだから」といって、新婚早々から今までほとんど毎日、こうして完璧な家事炊事をこなしてくれていた。
……たまには休んでほしいのだけれど――とは思いつつ、悪いがこれは単なる俺の夫自慢である。
ただその日のメニューに関してはある意味でいつも通り、栄養バランスの考えられた充実した品数であったとはいえ、俺はこの日実に上膳据膳 というようであった。
普段は俺が自分で夕飯を温めなおし、一人でもそもそと夕食をとるからという以前に、何かこの日のユンファさんはやけに俺に対して甲斐甲斐 しかったのである。
例えば俺のコップに注がれた麦茶が俺に飲み干されるなり、彼は無言で手にもつ箸と茶碗とを置いて、すぐさま俺のコップに麦茶を注 いだ。…テーブルの上に置かれている麦茶のボトルは、どちらかといえば俺のほうが近い位置にあったが、俺が手を伸ばすまでもなく彼はそれの取っ手をとったのだ。
それから、俺の茶碗から白米がほとんど無くなったと見るなり「おかわりは?」と彼は聞いてきて、「あぁ、頂こうかな」と立ち上がろうとした俺より先に立ち上がると、彼は俺の茶碗を俺から取り上げてキッチンへ行った。…もちろんその茶碗にはほかほかの粒立った美しい白米がよそわれて、俺の手元に戻ってきた。
なお、もちろんこの日の俺がそういった亭主関白的な扱いを彼に求めたわけではない。むしろ俺はこれまでにもそのような扱いを彼に求めたことはなかった。
だからこそこの日はやけにユンファさんに尽くされているようで、当然悪い気はしないにせよ、俺には何かしら漠然とした違和感があったのである。
まさか、毒なんて盛られていやしないよな――。
…俺はついそのような悪い想像をしてしまった。
しかし当然そんなことはなかった。
俺はこの通り今もなお元気に生きている。
……そうしてユンファさんの作ってくれた美味しい夕飯を食べながら、彼に甲斐甲斐しく世話を焼かれながらも、俺は彼とひさびさに何でもない話をして楽しんだ。
その何でもない話というのは例えば、我が家のリビングはダイニングテーブルの位置からでもそちらへ顔を向ければテレビが観られるので、テレビでやっているバラエティー番組に出ている芸能人がどうだとか、この番組の企画は何かや ら せ っぽいよなだとか、この芸能人久しぶりに見たよなだとか、そういったような話から――最近俺の仕事がどうだとか、最近物価高でなんでもかんでも値上げされただとか、本当に何でもない日常会話である。
しかし、近ごろの俺は一人でもそもそと食事を取っていたせいもあるだろうが、そういった夫々 間の何でもない日常会話こそ楽しい幸福の時間だとしみじみ感じられていた。
「…このお笑い芸人、なんか最近太ったよな」
と言うユンファさんの笑顔は左側、ソファとローテーブルとテレビのある方向、もっといえばテレビのほうを向いている。要するに俺には彼の横顔が向けられている。
「この間結婚もしたし幸せ太りか? はは、いや、あるいは逆に嫁さんが鬼嫁すぎて、ストレスで太ったのかもな」
「…………」
さて一方の俺だが、このときの俺は、ユンファさんのそのパーカの黒でなお映りが良く見える露 わな長めの白い首筋、痩せた綺麗な鎖骨、なめらかな胸板をまでぼんやりと眺めていた。
ましてやユンファさんはいつも姿勢が良く、今も腰から背中、首の裏までをまっすぐに伸ばしているので、胸元でV字に割れた黒い襟 からのぞく白い胸板から鎖骨、その筋や骨の形がうすい白い皮膚のしたに浮いた鎖骨や、横へ逸れて浮きぼりになる首筋、そしてうなじ下にたっぷりと溜まったパーカの黒いフードの前、その凛と立った白い首元の美しい長さが一そう際だって艶 めかしかった。
「あはは……でも、この人と結婚したのって誰だっけ? 確か有名な女優だったよな」
「……、…」
俺は口内のものを飲み込んだあと、すぐに舌の先を口内で丸めて宥 め賺 す。彼の美しい白い首筋に、そこの匂いと味を知っている俺の舌が欲情したのである。
舌先で舌の腹を舐めながら――もしかして、…と俺は考えていた。
もしかしてユンファさんは、俺を誘うためにこのようなセクシーな具合でこの黒いパーカを着ているんじゃないか。――先ほどは俺のうっかりのせいで、寝室への同伴 の機を逸 したが、彼らしくなく直接的な誘い方でないにしても、あのときの彼は欲情していたような気がする。
きっとあのときの俺の直感は当たっていて、要するにユンファさんはあのとき、やはり本当に俺を誘っていたのではないか。
俺が頬張った夕飯の照り焼きチキンを咀嚼 しながら、ついその白い艶めかしい襟元を訝しげに眺めていると、俺のそのなかば欲情した眼差しに気がついたユンファさんが「ソンジュ、どこ見てんの」と色っぽく俺をからかってきた。
「…あっ、いやごめん、…」
俺は慌てて目を上げた。内に秘めたる俺のやましさを見抜かれ、彼にそれを咎められた気分になったのである。
……するとユンファさんは少し顎を引いて、やや上目遣いの蠱惑 的な目で俺を見たなり、ふと目を伏せながら妖艶に微笑んだ。
「…ふふ…いやらしい目で見てただろ」
「ごめん、な、何だか今日は、やけにセクシーだなと思って……綺麗だな、本当に今日も……」
少なくとも俺の前では珍しかったのである。
先ほどにも疑問だったことだが、間男たちと会うときにならユンファさんは、もちろん部屋着からこうした普段着に着替えていた(それもこのパーカのような色っぽい服装ばかりである)。
もちろん結婚する前までは俺の前でもきちんと身なりを整えていた彼も、近ごろ俺の前ではほとんど部屋着のTシャツにハーフパンツかジャージ、というような色気よりリラックスを優先した服装ばかりであった。
とはいえ俺は、そのような服装の彼でももちろん色っぽいなと思ってはいた。彼が美貌かつスタイルも抜群であるからなのか、彼はそのような格好をしても「だらしない」とまでは見えなかったし、何より俺の好みの体つきというか、何を着ていたって隠しきれないその人の肉体の美しさが、奥深い官能的な魅力を湛 えているからというのもあろう。
とはいえ元より色っぽい美貌のユンファさんが、かなり久しく、俺の前でこのような色気の漂う服装をしているのには、何か訳があるのだろうか?
あるいはその「訳」とは――まさか、まさか、まさか、…俺を誘っている……?
と、そう俺が訝るというか期待をするほどに、近ごろにおいてこの彼の服装は本当に珍しいことだったのである。
ユンファさんは目を伏せたまま箸の先でつまんだほうれん草を口元まで持っていったが、それをその赤い唇のなかへ入れる直前、チラリと上目遣いに、俺を挑発的な目で見てきた。
「実はこの下、何も着ていないんだよね」
「……え、――ぁ…はは……」
俺は困ったように笑い、夕飯の盛られた皿へと目を伏せた。茶褐色の照りのある鶏もも肉は縦に切り分けられているが、もう三切ればかりしか残っていない。
……もちろん俺は、ユンファさんのこの着ているパーカの下はおよそ素肌ではないかと、なかば確信的にそう推測していた。――しかしその推測が当たっていたというばかりか、彼に直接的に「下には何も着ていない」と言われた俺は、とたんにやましい考えが浮かんだ。
ユンファさんは、そのパーカのジッパーを下げれば「すぐにできる」という意図をもってそうした着方をしているのではないか。
それだから今俺に「下には何も着ていないんだよ」と教えてきたのではないか。――要するにユンファさんは、俺 に そ の ジ ッ パ ー を 下 げ て ほ し い のではないか?
やはり彼は俺を誘っているのではないか――この俺の推察はしかし、どうしてもどことなく男の期待の熱気を帯びて匂っていたのだろう。
俺はユンファさんを見ないようにと目を伏せていたが、少なくとも俺の顔はニヤけていた。
「いや、これふわふわで肌触りがいいから、別にそのほうが気持ちいいかと思っただけ。…」
とユンファさんは俺の「推察」を見抜いたかのように、俺をからかうようなニヤついた声でそう言うと、
「はは、ねえソンジュ…もしかして今、いやらしいこと考えた?」
「……、…、…」
……彼に図星を突かれた俺の目は泳ぎ、安住の地をもとめてさまよった末、ひとまずは向こうのテレビ画面に落ち着いた。画面の中で脚の長い美女がその細長い白い脛 にカミソリを這わせている。女性用カミソリのCMだった。明らかに男の俺に関心のあるCMではなかったが、俺はそれを眺めている。
「……え、いや…、ぃ、いやらしいこと、って…?」
と俺は何のことやらわからないふりをした。
しかしユンファさんは「おい、とぼけるなよ」と楽しそうに言う。
「…ふふ…じゃあまあはっきり言ってやるけど――例えば…僕が君を誘ってる、だとか。…今君、そういうこと考えたんじゃないのか?」
「……、…」
それは全くその通りである。
しかし俺はこのとき、いや。と冷静になってまた皿のほうへ目を伏せた。――まさかユンファさんがこれで俺を誘っているとは、あり得ないか。
ユンファさんは元来俺に媚びるような人ではない。
……むしろ俺のほうが餌 をくれる人に懐いてしまった捨て犬のように、彼に媚びて媚びて尻尾を振って、それでやっと彼は「折れた」形で俺と付き合ってくれた。――交際中もそうである。結婚をした今もなおそうである。
ましてや俺とセックスがしたいにしろ、彼はもっと直接的な「セックスしよう」に近しい誘い方をする人である。――このときの俺はまだ、ユンファさんが間男に抱かれたあと必ず俺にマッサージをさせるその理由を、「罪滅ぼし」あるいは「サービス」だと考えていた。
つまりマッサージの流れで必ず至るあのセックスは、それでも「金の成る木」である俺のご機嫌とりにユンファさんがしてくれる、愛しているのは君だけだよ、一応お前ともセックスはしてやるから、だからこれからも自分に貢いでね、という意図の行為かと俺は酷い勘違いをしていたのである。
であるからこのときの俺はこう考えた。
……まるであり得ない。まるで月下美人のように美しい花びらを満開にして魅惑的な芳香を漂わせ、匂わせるだけ匂わせて誘っておきながら、しかし自分からは指一本動かさない。
俺のほうから蜜を啜 りに来るのをただじっと待っているだけの華、俺がその華の雄しべの花粉まみれになりながら蜜を舐めとることもじっと許し、やがて分泌が甚だしくなった俺の雄しべの花粉を、その受粉をただ待っているだけの慎ましい華、…なぜその美しい白い無垢な花びらを満開にさせた? なぜその魅惑的な甘い芳香を遠くまで香らせた?
君のことをずっと待っていたから。
これが望みだったから――来てくれて嬉しい。
いや、ユンファさんはそうしたタイプの人ではない。
要するにこうしてわざと色香を漂わせ、俺の食指を誘い、俺のほうから触れてくることを待っているだけというような、今さら夫の俺と恋愛的な駆け引きを楽しむといったような、ユンファさんはそうしたま ど ろ っ こ し い こ と をするような人ではない。
――と…このときの俺はそう思い込んでいたので、こうして自分の期待を否定してかかった。
だが、
「…そうだよ、誘ってるよ」
「……えっ」
俺は驚いてハッと目を上げた。
ユンファさんは俺と目が合うなりはにかんで笑った。彼の白い頬にはほんのりと薄桃がにじんでいる。
「……はは、なんてね。…でも、僕が君を誘ってるって言ったら…どうする、ソンジュは」
「…えぇ、いや、どうって……」
ユンファさんにそう言われただけで、俺の雄しべが息衝 いた。むく、と微動したのである。
……しかし彼は、俺が本気で困惑していると思ったのだろう。実際人は欲情をするとどこか厳しいような、少し怖いような表情となってしまうものである。
「……ははは、…」
彼は可笑 しそう肩を揺らして笑った。
「馬鹿だなぁ君は。嘘に決まってるじゃないか、まさか。…」
ユンファさんは目を伏せながら「別に誘ってなんかないよ」と言ったあと、箸でつまんだ縦長の照り焼きチキンを一口で頬張った。その大口は気取っていない。
しかし、もちろん俺だってそこまでの馬鹿ではない。先ほどは自分の期待を否定はしたものの、どうも頬を紅潮させたユンファさんの「誘っているとしたら?」という甘い質問が、単に俺をからかっているだけとは思えなかった。
と、さすがの俺でも、ユンファさんのその「誘ってなんかない」というのを額面通りに受けとりはしなかったのである。
「じゃあどうして今日は、そんなにセクシーな格好をしているんですか…」
「…別に、こんなのいつも通りじゃらいか」
もぐもぐとしながら彼は伏し目でそう言う。
チラと上目遣いに俺を見たユンファさんのその薄紫色の瞳は、よっぽど俺が馬鹿に疑いすぎている、考えすぎているとでも言いたげな、平然としたものであった。
「…そうかな…? 最近は俺の前だとそうでもないような気がするけれど…あぁ、お風呂まだなの…?」
「いや、もう入ったよ。馬鹿、これパジャマだ」
……言い終えてゴクン、と口の中のものを飲み込んだユンファさんは、はは、と白い歯列を見せながらやけに機嫌よく笑う。
「…何だよ、ちょっと僕の胸が見えているくらいで騒ぎすぎだ。…」
「……そうですか。…だけれど…――はは、セクシーすぎて目のやり場に困るな…。どうも誘われているような気がするんだが、…本当に違うの…?」
俺はニヤけながらそう聞いてみた。
これはかなり遠回りをした末の結論であったが、…ユンファさんは「いやまさか」と破顔する。
「…そんなわけないだろ? 今更ソンジュなんか誘わないよ。たまたまこれしか乾いていなかっただけだ」
「……本当に…?」
再びたっぷりと期待をのせて確かめた俺に、ユンファさんは「はは、もう」と笑いながらその顔を傾ける。
「しつこいなぁソンジュ。…別に君がムラムラするのは勝手だが、今更ソンジュにセクシーだとか思われても全然嬉しくないから。それに、君のいやらしい目だって何を思うわけでもない。むしろちょっとキモいかも。」
俺はこれを冗談っぽく言われたのだ。
だが、「キモい」というのはさすがにショックだった。いや、いやらしい目というのは確かに「キモい」と言われて仕方がない目といえるだろう。
……とはいえ、愛する夫に許されるべき欲情の目を「キモい」とまで言われては、――俺はなかば落胆していたが、それも無理やりに納得した。
「……いや…そうだよね、それもそうか…。はは、うっかり勘違いしそうでした、すみません……あんまり見ないように気をつけますね」
「……、…」
するとユンファさんは一瞬だけ、ふと狼狽えたような顔をした。だが次には目を伏せ、彼はまた微笑していたのである。
「……うん…、……」
「……あ、そういえばこの間、編集の……――。」
こうして俺は自然と話題を変えたが、このあともユンファさんはいつもより機嫌が良さげであった。
……いや、むしろ話題が変わったからこそ、彼は機嫌よく振る舞えたのかもしれない。
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