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02 身代わりのお礼

 僕の中では、たっぷり時計の秒針が一周回るくらいの時間が流れたと思う。何を言ってるのか、意味がわからない。何度考えてみても、答えなんて出てきやしない。どういう意味? ってすぐにでも問いただせばいいのに、こういう時は何故か妙に冷静になってしまう。 「僕と、しおは、双子だよね?」 「……ん? そうだけど」 「僕の半身だよね? じゃあなんで、僕のことをわかってないのかな?」  ひとつも表情を変えずに言う僕に、(うしお)は腕を掴んだままで大きなため息をついた。 「わかってるって。なぎのことは、誰よりもわかってる。……わかった上で、頼んでんだ」 「分かったうえで頼むとか、わけわかんない」 「マネージャーがスケジュール管理ミスって、ダブルブッキングしちゃったんだよ」 「それなら今までみたく、学校の方で調整してもらえばいいじゃないか」 「それがさ、卒業前に一度集まらなきゃいけないらしくて。今って自主登校期間だろ? そのうちの登校日に合わせて、なにか準備があるらしいんだ」 「……は? 僕、クラスメイトの前に顔出すとか無理だよ?」 「それは大丈夫。特別教室で対応してくれるらしいから。全員揃うのは、その日しかないみたいで。頼む! 俺の代わりは、双子のなぎにしか頼めないんだよ」  僕に対して拝み倒すかのように、何度も手を合わせる。ほんと、潮の言うことは僕が断れないのを知っていて、こうやって頼み事をしてくるんだ。それでも今回は話は別。いくら潮の頼みでも、こればかりは何度拝まれても無理! もし万が一にもバレたらどうする? 有名アイドルが病弱な陰キャを演じて在学していたとわかったら、大騒ぎになるに違いない。  絶対無理だと、はっきりと断ろうとしたその時、目の前の潮の口角が僅かに上がった。 「……なぎが欲しがっていた、葛城結斗(かつらぎゆうと)のライブDVD、スペシャルエディション!」 「え!? しおは買えたの? なんで教えてくれなかったの!?」  目の前に出されたのは、あっという間に予約が終了してしまった、数量限定のライブDVD。僕だってもちろんネット予約も電話予約もチャレンジしたけど、見事に撃沈したやつだ。おのれ、転売ヤー! と、葛城結斗ファンの推し活仲間といっしょに悔しがったものだ。  仲間内で、ファンクラブ会員限定で、受注生産をすればいいんじゃないかって話もした。独占禁止法とかに問われるなら、一般向けと有料会員限定に分ければよかったんだ。 「生写真と、最近発売されたばかりの写真集に、なぎの名前を入れたサインを頼んでやろう。……これでどうだ!」 「な……! 写真集に、サイン!? ……うそだろ?」 「ふふふ。嘘じゃない。確実にサインを貰ってきてやる」 「ひ、卑怯だぞ! しお!」 「こういう時に、職権乱用しないで、いつするんだ?」  僕は、一気に反撃に転じた潮のカウンターパンチをモロに食らってしまった。くっ……と小さな息が漏れる。僕のHPは一気に減り、残り僅かになってしまった。ガクッと膝をつく。それと同時に、完敗の白旗……右手を上げて、ひらひらとなびかせた。  さっきから潮が名前を出している葛城結斗は、人気急上昇中の僕のイチオシ俳優だ。でも僕が彼を推すようになったのは、僕が中学校でいじめに合い、誰にも相談できずに心が折れそうになっていた時だった。何気なく見たネット配信ドラマの、名もつかないような脇役の『大丈夫』というたった一言のセリフに、僕は一気に心奪われた。大丈夫なんて皆が良く使う言葉なのに、なぜかその時の僕の心は、魔法にかかったようにすっと軽くなったんだ。  当時の葛城くんは中性的で、あの可愛らしい少女に雰囲気が似ているからか、僕はまるで初恋の子に再会したような気持ちになった。けれど成長期を迎えどんどん大人びていった葛城くんは、初めて見た時の面影はすっかりなくなり、僕の甘酸っぱい気持ちはいつしか記憶の彼方に消え去ってしまった。   「本当に、特別教室に行くだけでいいんだね?」  潮のお願いを断れずに、観念して首を縦に振ったあと、当日の動きについて確認した。人と会うのは最小限で済ませたいし、極力会話もしたくない。……いや、できない。口を開いたらバレるリスクが格段にあがるんだ。  潮は普段はオンライン授業だけど、時々学校まで行く必要がある時は、敷地内の目立たない場所にある特別教室に滞在しているらしい。今回クラスで卒業についての準備があるけど、クラスメイトのいる教室には行かずに、特別教室で対応してくれる予定になってると潮は言った。  僕はそれが本当なのか半信半疑で、何度目かの確認をした。 「うん、そうそう。あとは先生の指示に従ってくれたら良いから。大丈夫大丈夫、少しの時間だけだから。用事が済んだら、すぐ帰れる」  どことなくそわそわしているような気がするのは、気のせいだろうか。何か隠していることがあるのではないかと勘ぐってしまう。ちらりと潮の顔を見ても、ん? っと首を傾げた。うーん、気のせいなのかなぁ……? 僕はもう一度じーっと潮の顔を見つめたけど、潮は何かを思い出したように、ポンっと手を打った。 「あ! お風呂って先に入れる? やっぱり入ってから、ゆっくりご飯にしたい。着替え取ってくる」  お風呂を理由に無理やり会話を終了させて、潮は自室へと足早に去っていった。うーん、やっぱりなにか怪しいなぁ。  僕はスッキリしない気持ちを抱えたまま、潮がお風呂から出るタイミングに合わせて、食事を温め直すことにした。 「しおは、卒業後どうするの?」  夕飯の片付けも済ませたテーブルの上には、帰りが遅い両親のための軽めの食事が置かれている。『温め直して食べてね』とメモを残し、僕たちは部屋に戻った。  部屋に戻り、二人で新作ゲームをしながら、僕はふと思って聞いてみた。  僕は高校で学んだことを活かし、初心者向けのプログラミングのサイト運営と、ゲーム好きが講じて始めた攻略サイトの運営などをやっている。そこそこ収入も入るようになってきたから、できればこのまま仕事にしたいと思っている。今やっているこの新作ゲームも、攻略のために発売からずっとやり込んでいるものだ。  潮はどうするのだろう。せっかくこんなに人気が出てきたのだから、そのままアイドルを続けるのだろうか。僕らはそんな話をしていなかったなと思って、卒業も近いし何気なく聞いてみたんだけど……。 「んー、まだはっきり決めてないんだよな。アイドルは楽しいし、俺にも合っていると思うんだ。でも、スカウトされたきっかけのモデルにも力入れたいし、俳優業ももっといろいろな役にチャレンジしてみたい。歌手活動にも興味がある」 「ふふふ。しお、らしいなぁ。キラキラ輝いてるよ」 「でも、あれもこれもなんて言うと、遊びじゃないんだって言われちゃうんだよな」 「え? そんなこと言われるの?」 「アイドルはアイドルらしくしとけ。とかね」 「うわー。完全に妬みじゃん」  僕たちは、笑いながらそんな話をした。悩んでいる風で、実は悩んでなんかいないのが潮なんだ。今できることを全部全力でやる、それで良いんだって、いつも前をまっすぐ見て言うんだ。我が弟ながらかっこいいよ。  前向きな話をしていたら、引きこもりな僕が身代わりでちょっとだけ学校に行くのも、悪くないかな……そう思った。

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