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第4話

「全隊、停止!」  すぐそこで号令が響いた。ぼくは目だけを動かしてその方向を見る。 「若君っ、汚うございます」  下馬した音が聞こえた。軽い足音はぼくの方へただ真っ直ぐ近づいてくる。ぼくの吐く息が白く空に消えていった。 「かわいそうだね。じいさま」  声が鈴の音のようだった。 「若君、そろそろ陽が暮れます。お戯れは別の日に」  じいさまと呼ばれたしわがれた、けれど深い声の主が恭しく呟いた。その声を聞きながらぼくは「いいな」と思った。そうやって心配してくれる人がいるなんて、いいな。僕にはもう誰もいないや。亡くなった両親が最後にぼくと一緒に食卓を囲んだのは何年前だったかな。母さんの作る野菜スープにはミニトマトを少し入れて贅沢したなあ。父さんの腕の力こぶはおっきくて、ぼくを軽々抱き上げてくれたなあ。炭鉱に勤めていると洞窟の中で仕事をするから、年月の流れが歪んでわからなくなる。数年前だったっけ。ううん。まるでその思い出は昨日のことのよう。 「こんなところにいたら、風邪をひいて死んでしまうよ」 「若君っ」  鋭い叱責の声が届く前に、その手がぼくの頬を持ち上げた。  目の前には尾根の川底で見た翡翠色の石のような色の瞳をした少年が、ぼくに膝を折って目線を合わせていた。 「もう大丈夫」  汚れを知らないような白蛇のような細い手が、それには劣る灰色の雪をかき分ける。ぼくの体から雪が取れていき、その代わりに少年の指が赤く染まっていった。 「若君、あとは我々が。ですからおやめください」  まわりの騎士がざくざくと剣の穂先で雪を払うと、少年は観念したように手を引っ込めた。ぼくの体は少年を守るように囲っていた鎧の男に抱き上げられ、馬車の中に連れ込まれた。ぼくの入った後で、少年が隣に座り寝転んだぼくの頭を撫でてきた。 「怖かっただろう。今は安心してゆっくり休むんだ。いいね?」  翡翠色の瞳はぼくをただ、優しく見下ろすだけだった。髪を撫でられたとき、夢の中で聞いた男の低くて心地いい声音が少年と似ているように思った。

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