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第1話 Day X(配信の始まり)

赤いランプが、カチ、と点いた。 ベッドの足元に据えられた無機質なカメラが、小さく駆動音を鳴らす。 その瞬間、脊髄の奥が、ぞくっとした。 「……始めるよ、晃。今日は、みんなに君を見せてあげよう」 出雲隼人の声はいつも通り、穏やかで、揺れない。 けれどそれが、怖い。 いや──怖いんじゃない。 今となっては、『気持ちよくなる前兆』として脳が覚えてしまってる。 枕が手際よく背中の下に差し込まれた。 少しだけ腰が浮き上がる。 足元からのカメラと、ちょうど目が合う角度。 「足、もう少しだけ。外に」 「……っ、まじで、これ、配信してんの……?」 「うん、してる。リアルタイムで、視聴数も上がってるよ」 出雲はベッド脇の小さな台に手を伸ばし、薄型のタブレットを晃の視界に差し出した。 そこには、映像とともに流れるコメント群が表示されている。 「ほら、ね。君が今、映ってる。視聴者数、今……2800人だって」 冷たい声。 でも、もう『言葉だけ』じゃなかった。 タブレットに映る自分の顔、コメントの波、そのすべてが、現実を狂わせる。 心拍が、ぶわっと跳ね上がるのがわかる。 《コメント:#すげぇ体勢》《コメント:#表情かわいすぎ》 《コメント:#声出していいよ晃くん》 (……なんで、こんなの……見られて……っ) (バカにされてる……っ、笑われてるのに……) (身体の奥が……熱くなって……) コメントが、視界の端に流れていく。 腰の角度がさらに整えられる。 恥ずかしいほど開いた足の間を、カメラがじっと見てる。 「やめろって……っ、こんなの、誰に見せてんだ……っ」 「みんな、って言っただろう?  晃。 君が隠したいものを、みんなが見たいって言ってる。  だから、今日はそれに応える日」 その言い方が、一番嫌だ。 『みんな』なんて言葉で、俺を言いくるめようとするな ── そう思うのに、下半身がずくずくしてきて、腹の奥がうずいてきて── 興奮してるのが、カメラにも、全部映ってる。 息が漏れる。 「……っ、ちが……、見られてるからじゃ……ない、から……っ」 「じゃあ、カメラを止めようか」 「──っ、バカ……そんなの、言わせんな……っ」 言葉を飲み込もうとしたのに、出てきたのは拒絶でも怒りでもない。 抗う声のはずが、縋るみたいな響きになってしまっていた。 口が勝手に動いた。 自分でも、言った瞬間、背筋が凍る。 言いたかったことじゃない。 止めてほしかったのに、言葉が出なかった。 出雲が、静かに笑った。 「わかった。じゃあ、続けよう。君の『顔』も、『中』も、ぜんぶ」 「見せてあげるから──晃」 出雲の指が、ゆっくりと俺の太ももを撫でてくる。 本当に触れているのかどうかも曖昧なほど、やさしく。 でも、それがいちばん……気持ち悪いぐらいに、火をつける。 「……っ、やめ……て、配信中だろ……」 出雲がふと、マイクの位置を調整しながら言う。 「じゃあ──まずは、君のこと話してもらおうか。  レジスタンス『灰翼』の山﨑晃、だよね?」 「っ……な、んで……」 「でも今、監視官の僕に、こんなふうにされて、気持ちよくなってる」 《#灰翼なのに堕ちてて草》《#国家反逆者がこんな顔》 《#監視官の愛重すぎ》《#晒しプレイ最高》 「『裏切り者』かな。それとも、最初から演技だったのか──晃?」 ぞわ、と背中をなぞられるような声色。 羞恥と屈辱が、怒りにも変わらず、ただ身体の内側を焼いていく。 言い返せない。 動けない。 「……っ、ちが……っ」 晃は、タブレットから目を背けるように頭を振った。 (違う、違う……こんなの、違うのに……っ) (なんで……見られて、こんな……っ、熱く……っ) それが、いちばん悔しいのに──それ以上に、昂ぶってしまう。 《#いい声きた》《#もっと聞かせて晃くん》 《#泣き顔アップ頼む》《#抵抗してるの最高》 《#出雲神か?》《#晃、限界見たい》 ぞくっとした。 自分の喉の奥から漏れた声が、『他人の文字』に変換されている。 俺の反応が、咀嚼され、味わわれてる。 「やだ……」 出雲の手が、熱いところを避けて、でも意地悪くなぞる。 「ここ、映ってるよ。もっと、よく見せてあげて」 手で広げられた脚の付け根。 自分でも、どうなってるか直視できない。 それなのに、出雲は指先でほんの少し触れて── 「……っ、く、ぁ……や、やめ……っ!!」 《#今の顔やばい》《#堕ちてる》《#あ、これ終わったな》《#晃かわいすぎて抜いた》 言葉が、追い詰めてくる。 誰が、誰に、何を見せてるんだよ。 ──ちがう、のに。 また、腰が揺れてしまった。 出雲が触れた場所に反応して、声が勝手に出て、 唇が濡れて、視線が泳いで。 俺の全部が、「見せる側」に堕ちていく。 「……っ……いや、あ……っ、ちが……出雲……っ、も、やだ……っ」 呼吸がもう、できない。 腹の奥が、痙攣してる。 視界の端でコメントが爆速で流れる── 《#イった?》《#本番まだでしょ》《#顔映ってるって》《#泣いちゃった》 《#でもちゃんとカメラ見てる》《#もっと》《#もっと見せて晃くん》 「……っあ、あっ、ああっ……ッ……や……っ……ッッ!!」 (いやだ、やだ……止まれ、止まれって……っ) (映ってる、全部……俺の、こんな……) (見せたくなんか、ないのに……っ) (でも……声が、止まんない……身体が、勝手に……っ) (笑われてる……晒されてる……それなのに、奥が……) (──気持ちよくなってるなんて、ありえないのに……っ) 突き上げる感覚。 身体の奥が、びくん、と跳ねるように震えた。 一度果てたはずなのに、その余韻が長く尾を引いて、下腹部が痙攣して止まらない。 腰が何度も小さく浮いては落ちて、呼吸すらまともにできない。 (あ……ああ、やだ……止まって、もう……っ) (でも、まだ……出雲が見てる、カメラも……見てる……っ) (こんな……こんな姿まで、全部……映ってる……っ) 喉がひくひくと震えて、吐息が嗚咽に変わりかける。 脳が快感の残滓に囚われたまま、うずく奥が次を欲しがっているのが、はっきりとわかる。 《#白目むいてる》《#余韻がエロすぎる》《#抜け殻晃》《#放心顔も最高》 《#まだ終わらないの?》《#もう一回お願い出雲さん》 コメントが止まらない。 カメラの赤いランプがまだ灯っていることに気づいた瞬間、 崩れ落ちた身体に、さらに羞恥の波が押し寄せた。 (まだ……見られてる……こんな姿、まだ……) ゆっくりと、でも迷いなく、 出雲の指が、俺の後ろに滑り込んでくる。 「視聴者のリクエストに応えてあげないとね。晃、今日は──最後まで、見せてあげよう」 《#マジで入れるの?》《#ガチ本番きた》《#晃、表情最高》《#愛されてるのわかる》 《#がんばれ晃くん》《#泣くの待機》《#でも気持ちいい顔になってるよ》 コメントが流れる音すら、頭に響く。 言葉ひとつひとつが、俺の心臓を乱暴に撫で回してくる。 「っ……くるな……や、め……やだ、そこ……カメラ……見て、んだろ……っ」 「うん。君の中に入る瞬間も、顔も、全部」 「今、3千人くらいかな。みんな、君の『反応』を楽しみにしてる」 《#くわえ込んだ顔やば》《#挿れる瞬間エロすぎ》 《#入口ひくついてるの見えた》《#晃くん素直すぎ》《#まだ反抗してるの可愛い》 唇を噛んだ。 でも、腰がもう、力を入れられない。 片膝を曲げられ、脚が開かされる。 自分の下半身が、晒されてる。 出雲のものが──俺の中に、少しずつ、沈んでくる。 「っ……あ、や……っ、ああ……ッ!」 《#やば…締まってる》《#声きもちよすぎ》《#もっと開いて見せて晃くん》 《#これ配信規制入らないの?》《#出雲ってどんだけ愛重いの》 《#晃が応えてるのが一番えろい》 いやだ……見られたくない…… のに、身体が、知ってる。 知ってる、出雲の動きを。 どうすれば、どこが、どうなるか── それが映ってる。 しかも、誰かに見られて。 「あっ、やっ……や、ば……やだ、もう、ぅ……っ!」 出雲が深く突き上げてくるたび、 視界の端にコメントがばらばらと流れ、 それが俺の喉を押し上げてくる。 「こえ……っ、も、声……でる……っ、出雲……っ、あ……ああああ……っ♡」 絶頂の瞬間。 カメラのすぐ前で、腰を跳ねさせながら、 目を見開いたまま、俺は── 出雲の中で、配信されたまま、 全身をぶちまけていた。 意識が白く、熱く、崩れていくなか── 最後に見えたコメントは、 《#これが愛》《#見届けた》《#最高だった晃》《#またね》 だった。 *** 「──晃。お疲れさま。配信、終了するね」 言葉とともに、カメラのランプが、カチ、と消える。 ようやく、終わった── その事実が、胸の奥にずしりと落ちた。 全部、晒した。全部、見せてしまった。 声も、顔も、反応も、恥も、悦びさえも。 自分が何者かなんて、もう関係なかった。 ただ『見せるもの』として、壊されて、映された。 (……やっと、終わった……) (何も、考えたくない……) 意識が沈んでいく感覚に身を任せるように、 崩れた身体を、ぐしゃりとシーツへ沈めようとした。 ──そのとき。 出雲が、背後から囁いた。 「……配信なんて、してないよ。  画面に流してたのは、再現用に組んだAIログ。  君しかいない部屋で、君が堕ちていくのを、僕だけが見てたんだよ。  ──最初から、ずっと」 その瞬間。 背中から何かが崩れたように、震えた。 「うそ、だ……っ」 「じゃあ、誰にも……見られてなかったのに、俺は……っ」 「……っ、お前だけに……全部、見せてたってことか……?」 返事はない。 でも、頬に手が添えられて── 空気を読まずに口元に落とされた小さなキスの音。 (……キスしてる場合じゃねぇだろ!!) その瞬間、晃は勢いよく枕を掴み、出雲の顔に全力で投げつけた。 「……ふざけんなっ……!」 怒りが、胸の奥から突き上げる。 それは羞恥でも、混乱でもない。紛れもない怒りだった。 「全部、嘘だったって……っ、じゃあ、俺は……っ」 涙が込み上げてくるのに、顔をそらす暇もない。 でも、こみ上げてくる感情を止められなかった。 「……バカみたいに、必死になって……全部、見せて……っ、全部、壊されて……っ」 「めちゃくちゃ辛かったのに…」 「なのに、嘘だった? そんなの……そんなの、最低だろ……っ」 拳を握りしめたまま、震える晃の肩を、出雲が静かに見つめていた。 「……ごめん」 低く、素直な声だった。 「怒るって、わかってた。傷つくのも、苦しむのも、わかってたよ」 「でも……どうしても、君が、絶望して壊れていく姿が、見たかったんだ」 あまりに静かなその告白に、晃の怒りが一瞬、行き場を失う。 「……な…それ……最低だろ……っ」 「うん、最低だと思ってる。でも、君の全部をちゃんと見届けたかった。  壊れそうな君も、記録したかった」 「……バカ、ほんと……」 晃は唇を震わせながら吐き捨てた。 出雲はそっと、近くに落ちていた枕を拾い上げ、晃の頭の後ろに差し込む。 「怒ってる君も、最高に綺麗だよ」 その声に、晃は頭を抱えた。 *** 国家の治安を揺るがす秘密地下組織(レジスタンス)『灰翼』のリーダーの山﨑晃。 国家の治安を守るため、彼を監視する情報省分析官の出雲隼人。 なぜ2人がこういう関係に至ったのか。 すべての始まりは、たったひとつの視線だった。 話は──数ヶ月前、ある交差点の監視カメラから始まる。

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