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第3-3話

「じゃあ、つまりあの場所はセレたちエルフの夢の中ってことか……」  リビングのテーブルに「エルフ文化学入門」を広げて、俺は溜息を吐いた。冷蔵庫にマナゾンからの荷物をしまいながら、セレは「そう理解してくれて構わないよ」と頷いている。  結局、あの後混乱している俺の前に、起きぬけみたいな顔をしたセレが現れ無事を確認してきた。やっぱり距離感が間違ってるほど近付いて、「頭は大丈夫か」と若干失礼なことを聞いてきたけど、たぶん悪気は無いし本当に心配してくれてたんだとは思う。  その後、改めて俺は本で調べつつ、セレから事の次第を聞いたのだった。 「我々エルフは下等な君たちと違って、肉体と精神を分離することがある程度可能だからね。あそこは夢の中の世界にある、エルフの郷に似た場所、と考えればいい。遠方の同胞と会うことができる。我々のようにマナの力が高く、精霊ともやりとりができるならね」  つまり、エルフは俺たちマナや精霊と縁遠い種族が使うのとは別に、独自のネットワークを使っているらしい。これをエルフたちは「夢の園」と呼んでいるようだ。  そして俺はそこに迷い込んでしまった。よせばいいのにセレの部屋の扉を開けてしまったせいで、彼の夢の中へと誘われてしまったと言うわけだ。事情を知らない俺はたださまよっていたけど、本当は周りに精霊がたくさんいたらしい。  そう言われてみれば、色んな気配や声がしたような気もする。あれが精霊だったんだろう。彼らは遊びたいだけらしいが、人間には言葉も伝わらず、目にも見えない。  全く異なる生物の精霊たちの戯れは、時に人間の命を脅かしてしまう。泉の中に誘い込もうとしていたのも、ただ遊ぼうとしていただけなのだ。俺たち人間が普通は水の中では溺れてしまうことも知らずに。 「そもそも君は何故あそこにいたのかね。矮小な君の耳では、私が部屋に入るなと言ったのは聞こえなかったのだろうか」 「……さっきも言ったけど、マナゾンからの荷物が届いたってのに、声をかけても返事しないからさぁ。ナマモノだから冷蔵庫に入れなきゃいけないだろ。お前の荷物を勝手に開けるわけにもいかないし。だいたい、ちゃんと宅配の時間にセレが起きてれば、こんなことにはならなかったんだぞ」  セレが俺を責めるようなことを言うもんだから、言い返した。  すると、どうだろう。意外なことに、セレはしおらしく俯く。 「……確かにそうだね。私の不注意で君を命の危険にさらしてしまった。これは重大な私のミスだよ」  それはそれは深刻そうな表情でそう呟いている。俺は少し面食らった。  確かに怖い思いもしたし、あのままどうなっていたかわからないところはある。が、そんなにめちゃくちゃ反省されてもなんだか申し訳ない。言われるまでもなく、彼の言いつけを破ったのは俺でもあるのだから。 「いや、えと、そんなに反省しなくても。俺にも悪いところあったし……」 「だが、私は君と共に暮らしている。君は下等で愚かな人間だ。私には君を守る義務がある」  そう言うセレに、俺は眉をひそめた。  確かに俺はセレと違って、エルフのいろんなことを知らないかもしれない。だけどそれはセレのほうも一緒だろう。セレは俺たち人間のことを、まだまだ知らない。  そして俺たちがしているのはあくまでルームシェアだ。一緒に暮らすという事は、対等の立場だってこと。お互いに話し合い、遠慮と妥協をしあってどうにか一緒に暮らしていくのを探していく関係だろう。セレはそれをまだわかってないんだろうか。 「あのさぁ、セレ。確かにお前の方がいろいろ知ってるのかもしれないけどさ。俺だってちゃんと言葉はわかる。お前と同じ、知性ある生き物だぜ。人類なんだ。先にセレの部屋へ入ることがどれぐらい危険なのかちゃんと教えてもらってたら、むやみにドアを開けなかったよ」 「……」 「だからその、……もっと俺と、ちゃんと話してくれよ。俺もお前と同じ位ものがわかる人間だってことを、意識してさ。俺はお前のペットじゃない。一緒に暮らす、同居人なんだって考えてくれないか?」 「アズマ……」 「それに、その。えっと、普通は……ただの同居人に対して、ハグとか、キ、キスとか、寝顔覗いたりとかしないから。その辺も、あらためてもらえると俺も助かるか、な……。その、なんていうか……ど、ドキドキしちゃうし……」 「…………」  その時のセレの表情を、なんて言ったらいいんだか。俺が考えていたよりも、数倍はショックを受けてそうな顔をしていた。 「せ、セレ? あの……いやでも、そんな深刻に受け止めなくても、これから考えてくれたらいいから……」  そう言ってみたものの、セレは「ああ……」とふんわりした返事をしただけで、また自室へと帰ってしまった。残された俺はというと、困惑しつつもセレを追いかけて彼の部屋へ入ろうという気にもならない。  夢の園へ迷い込んだことやら、セレの様子やらでどっと疲れた気持ちだ。その日は俺もそれ以上セレと関わらず、主に自室で過ごしていたと思う。  結局、その日のセレは言葉数も少なく、俺によそよそしくしていたような気がする。反省している、にしてはどうも深刻すぎないかとは思いながらも、俺はそのまま一日を終えたのだった。  

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